「花の碑」 第二部 主要登場人物

(安東守子の日記と口述を下敷きにして創った小説だが、安東守子やその他の登場人物のモデルは、公的に知名度の高いもの以外はいない。すべての登場人物は、作者リカルド・オサム・ウエキが生んだこの小説世界だけの人物だが、当時の移民社会のなかを蠢いた人たちの普遍的な在り方を想定して、個々の性格を持たせたものである。)
 
内藤龍一        一八九二年(明治二五年)長野生れ
富農の長男として生れ、典型的な総領の甚六で、見栄っ張りで、のんきで、遊び上手で、女色に溺れた挙句、片岡製糸の養蚕技師としてブラジル派遣が決定したのを幸いに、妻と娘を伴って渡伯、移民船のなかで、派遣中止の電報を受け取ったが、日本男児の面目にかけて、帰国せず、急遽一般契約移民としてスイス人耕地に入植。みずからの行動が、娘に苦労させることを苦に病みながら、家族は一蓮托生だ、と男社会の家長という後ろ盾をもって、押し通す。彼は、天皇教の狂信者で、天皇が統帥する日本の軍隊を信じて止まない。一農年が終わる前に分譲農地を購入して、自作農になるために転出することで、彼自身の転機にもなる。
 
内藤チヨ        一八九〇年(明治二三年)長野生れ
実家が小作農から自作農にしてもらえるのを条件にして、龍一の後妻になる。ブラジル移民になったことで、旧家の仕来りにうるさい姑や小姑から解放されて、陰湿で内向的な性質が救われる。貧農の子としてうまれたことが幸いして、忍耐力があり、養蚕農家の体験を活かして、ブラジルでの家族繁栄をひとりで背負うようになる。
 
内藤柳子        一九二〇年(大正九年)長野生れ
龍一、チヨ夫婦の一粒種。甘やかされて育ったから、わがままで、向こう見ずで、突飛な言動を駆使するお転婆娘の典型。陽気で積極的な性質が、ブラジルの空気と馴染んで、自由奔放にわが道を行く。何事にも白紙の状態で観察する性癖が、性にも無頓着な言動を取らせ、人の眼を惹く。
 
稲村敬一        一九一五年(大正四年)長野生れ
内藤家の遠縁に当たる青年。単独で渡伯。のち龍一と再会し、養子縁組をする。
 
小森 茂        一八八九年(明治二二年)大阪生れ
経営していた縫製工場が倒産して、契約移民としてブラジルに移住。内心に虚無感を持っているが、それを表に出さず、流れのままに流される無手勝流。楽天的て口の軽い、憎めない性質。内藤柳子と馬が合う。
 
小森タツ        一八九二年(明治二五年)大阪生れ
茂の妻。絶世の美人で見識高く、夫を阿呆呼ばわりする。苦境を脱するためには、娘を貢いでも、それを当然のこことして羞じない。一家の采配を振っているが、思慮は浅い。
 
小森秋子        一九一八年(大正七年)大阪生れ
長女。瓜実顔の美人で、やや内気。家族のために犠牲になることを悔いないけれど、男に遊ばれることに恨みを持ちながら、みずからの情念に勝てなくて、内面夜叉となる。生来は楽天的なのだが、憂いを含んでいることが、いっそう男を誘惑するような美貌になっている。浪花女のど根性で、苦境を切り抜けてゆく。
 
小森夏子        一九二二年(大正一一年)大阪生れ
次女。姉よりは勝気で、母に似た狐顔の美人。自我が勁く。家族の苦境にも意を介さない。
 
小森春雄        一九二五年(大正一四年)大阪生れ
長男。父に似て楽天家でひょうきん。実質的に労働の中心を担っている。年上の柳子を慕っている。 ほかに、冬二(一九二八年生れ次男)如月(一九三〇年生れ三女)季夫(一九三四年生れ三男)がいる大所帯。
 
滝川ミネ        
花つくりをしていて、小森 茂の後妻になる。
 
田澤甚平        一八七三年(明治八年)長野生れ
アリアンサ植民地に四〇アルケーレスの土地を持ち、家族一丸となって富を築いて、いまは隠居の身。篤実温厚で、世話好き。小森一家の窮状を救う。友人の遺児横井泰造と小森秋子を結婚させる。
 
田澤富子        一八八三年(明治一六年)長野生れ
甚平の妻。夫と好一対の好人物。
 
田澤一平        一九〇三年(明治三六年)長野生れ
甚平の長男。
 
田澤澄子        一九〇八年(明治四一年)長野生れ
一平の妻。
 
田澤次平        一九〇七年(明治四〇年)長野生れ
甚平の次男。
 
田澤たづ        一九一二年((明治四五年)長野生れ
次平の妻。
 
田澤三平        一八八五年(明治一八年)長野生れ
甚平の弟。
 
田澤美恵子        一八八九年(明治二二年)長野生れ
三平の妻。
 
田澤耕平        一九一〇年(明治四三年)移民船のなかで生まれる
三平の長男。
 
田澤泰平        一九一三年(大正二年)サントス生れ
三平の次男。
 
横井泰造        一九〇九年(明治四二年)長野生れ
田澤甚平の友人の遺児。
 
横井貞二        一九一三年(大正二年)サントス生れ
泰造の弟。
 
横井艶子        一九一九年(大正八年)アリアンサ生れ
泰造の妹。
 
横井清二        
泰造の叔父。登場したとき五〇歳。パラナ州マンダグァリーで靴屋を開業。
 
鈴木一誠        一九一三年(大正二年)アラモ生れ
アラモ青年会会長。クリスチャン。早稲田講義録で学ぶ。
 
佐藤肇        一九一五年(大正四年)博多生れ
アラモ青年会副会長。軍国主義者に育てられる。
 
佐藤剛三        鹿児島生れ
肇の父。剣道師範。志操堅固な軍国主義者。
 
井上清次        
アラモ青年会員。小柄なひょうきん者。
 
大野良雄        
アラモ青年会員。大柄でゆったりしているが、繊細な神経をしている。
 
花城球子        
アラモ青年会員。小柄で褐色の肌をした女性。大野の婚約者。
 
田所圭介        
アラモ青年会員。中肉中背。無口な男。
 
林典子        
アラモ青年会員。大柄な女性。田所の婚約者。
 
山口五郎        
山口旅館の主人。
 
山口節子        
山口の妻。旅館を一人で切り回している女将。
 
アドルフ        
牧場主。ドイツ人と黒人の混血児。
 
アントニオ        
牧場主の息子。弁護士志望の大学生。
 
永田稠        
アリアンサ移住地創設者。
 
輪胡俊午郎        
アリアンサ移住地創設者。
 
山地清        
退役陸軍大尉の予備役軍人。日本精神育成会を創設、のち吉田淳三と図って「興道社」を設立。
 
脇坂甚助        
退役陸軍大佐。「興道社」設立発起人に名を連ねている。
 
吉田淳三        
陸軍中佐。「謡の会」を自宅につくり、そのなかで軍人勅諭の精神も教育していた。
 
根木良太郎        
「臣道連盟」幹部。
 
渡会伸一        
「臣道連盟」幹部。
 
溝口幾太郎        
バストス産業組合専務理事。
 
そのほか
岡田医院院長。円堂商店(蚕の種販売・繭の買い付け)。谷村(繭の仲買人)。
 
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