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     ブラジル漂流記 (Draft in Br...  (最終更新日 : 2017/07/20)
パラナグアの女 woman of Paranagua [画像を表示]

パラナグアの女 woman of Paranagua (2006/07/08)  
パラナグアの女



強情張りで、怖がりで、ガキで、男勝りで・・・、そんなクリスチーナが僕は好きだった。


paranagua.gif
パラナグアの港に面した古い町並み
 クリチバでバスを乗り継ぎパラナグアに着いたのは夜の11時を回っていた。ホワンとした青草の匂いが、あたり一面を覆っている。懐かしい夏の匂い。
 3ヶ月前にも一度パラナグアを訪れた。
 同じような港町、イタジャイに住む人に言わせると「古くて、汚くて、何もない街」それがパラナグアであった。しかし、パラナグアの古くて何もないところ、そんなところが僕は気にいっていた。
 この町はブラジル最大の輸出港。16世紀に造られ、パラナ州で最も古い町のひとつである。今でもその頃に造られた教会や建物が海辺付近に見られる。昔から港町として栄えてきたせいかこの町の人々の目は余所者に対しても、あの興味津々といった貼りつくような視線は田舎町の割りには意外に少ない。そんな点が気に入って、もう一度この町に来る気になった。
 バスターミナルには前回きたとき知り合った女性クリスチーナが迎えにきてくれていた。
「ツヅ・ベン(元気)!」まぶしそうな目で僕を見る。そしてブラジル式挨拶の軽いキッスを両頬に交わした。

はねっかえり娘、クリスチーナ
 強情張りで、怖がりで、ガキで、男勝りで・・・、そんなクリスチーナが僕は好きだった。
 彼女はバイアの田舎出身の21歳。イタリア系の血を強く引き、顔や肌はヨーロッパ的な感じがするのだが、髪はチリチリとまではいかなくても、かなりクリクリと巻いた天然パーマである。彼女はいたくこの髪を気にしており、髪のまっすぐな女性を見る度に「彼女の髪はきれいね」と言ったものである。確かに彼女の髪は大変な代物でマルチーズ犬のように多く、その上剛毛である。貧弱な櫛では歯の部分が折れてしまうほどである。彼女はいかにも丈夫そうな櫛で毎朝これでもかという感じでバリバリ音をたてながら力まかせに髪をとかしている。そんな様子を見ていると真っ直ぐな髪に憧れる彼女の気持ちが良くわかった。
 彼女の性格はそれこそ瞬間湯沸かし器のようで、かーっとすると、自分が悪かろうが、正しかろうが、お構いなしにくってかかってくる。友達からも「エラ・エ・ムイント・ロカ(彼女は気違いそのものよ)」といわれているほどであるから半端なものではない。
 一度スーパーに一緒に買い物に行ったことがあった。値段を見て「まー高いわね!」と一言つぶやき、箱を開けるや、卵を一個掴みグッシャと潰してしまった。スーパーで売値のシールを張り替えたり、ゴムで縛ってある野菜を増やしたりするのは、ブラジルでは日常茶飯事に行われているようであるが、彼女のようなことをするのは見たことがなかった。
 しかし、その後にイヒッと笑ってわんぱく坊主のように目をクリックリッと動かされると、もう怒る気もうせてしまう。これも彼女の人徳というものか?? そんな反面、彼女は非常に怖がりなのである。恐怖映画など、昼間でも決して独りで見ることができなかった。こんな極端な女、それがクリスチーナであった。何でこんな女が好きになったの未だによくわからない。

 いざ、イーリャ・ダ・メルへ
 パラナグアの町から渡し舟で約1時間半のところにイーリャ・ダ・メルがある。
「イーリャ・ダ・メルは本当にきれいな島よ。最近テレビでもやってたわ。明日は土曜日だし、行きましょうよ。絶対に好きになるから。明日は8時に家を出て・・・・」
 翌日朝8時、起こしても彼女はなかなか起きない。9時、彼女は突然起きると、
「あっ、水着がない。マルシアのところに借りに行かなくちゃ」
彼女はいつもこの調子なのである。1度として時間通りに行動したためしがない。マルシアのところに行くが残念ながら彼女も持っていなかった。
「ハッピド、ハッピド(急いで、急いで)」
 自分のせいで遅くなっているのに、人に急げとは全くどういう神経をしているのだろうか。まずいことが起きると、自分のことは棚にあげ、人のせいにする、ブラジル人の悪い癖である。彼女の場合はそれが極端に顕著なのだ。
 彼女はまだ水着を諦めていなかった。彼女に合わせて行動すると僕の細い神経はいつもきれそうになる。結局僕はバスターミナルで待つことにした。
 彼女がやってきたのはそれから30分が過ぎていた。どうやってこのイライラを彼女に爆発させようかと彼女が来るまでずっとポルトガル語で、怒りの言葉を考えていた。
「走ってお店に水着を買いに行ったんだけど、いいのがなかなか無くて・・・・ディスクーパ」
 周りに人がいないか左右を確かめるや、突然ぱっと彼女はTシャツを捲り上げた。目の前に小さな布で乳首の部分だけなんとか隠したという感じの形の良いおっぱいがぷるりんと現れた。そしてニーッと笑う。思わず噴出してしまった。
「20レアル(9ドル)よ。ちょっと高い?」
 この町は何故かしらないが、アラブ系ブラジル人が経営する医療雑貨店が多い。値段は全体的に安く、サンパウロに比べると1割から2割ほど安い。
 あたふたとイーリャ・ド・メル行きの船のでるポンタール・ド・スル行きのバスに乗り込む。
 バスの中はTシャツの下にパステルカラーの水着を着た海水浴客で一杯である。終点のポンタール・ド・スルまでにイパネマ、プライア・ド・レスチ等の海岸があり、他の客はそこに行くようである。隣の上半身裸の男に渡し舟のことを聞くと
「えっ、あんたたちは、今からイーリャ・ド・メルに行くの? 今はシーズン中だから船は5時ごろまで1時間ごとに出ているよ」
 停留所から500mほど先の船着場に行くと、7,8人の学生風のバックパッカーが、船が出るのを待っていた
 見たくはないのだが、クリスチーナとこれらの学生たちの雰囲気は嫌でも感じられる。おいしいものを食べ、何不自由なく育ってきた雰囲気が彼らのふくよかな彼らの顔から余裕となって感じられる。一方、家計を助ける」ために小さな時から働いてきたというクリスチーナは彼らと比べるとどうみても貧相である。どこがどう違うとははっきりとはいえないが、哀しいかなやはり違うのである。育ちの差? クリスチーナもなんとなくいつもの元気がない。では僕はどんな風に見られているのだろう。最近になって初めて自分の家が貧乏だったと分かったほどであるから、自分でもよくわからない。今まで、自分が貧乏だとわからないように育ててくれた両親に感謝するべきか、日本社会に感謝するべきか・・・・・。
 約1時間、2レアルの船旅であった。

 洞窟目指して3時間のトレッキング
 イーリャ・ド・メルは面積約32・5平方キロメートル。その形が鯨に似ていることからイーリャ・ダ・バレイア(鯨の島)とも呼ばれている。この島は本当に何もない。まともな」桟橋さえないから、当然のごとく、島には車はない。一時期島の観光開発の話があったらしいが、島民の反対で」開発は立ち消えになったとのことである。それでも今は船着場の近くに小さなロッジやキャンプ場があり、宿泊はできるようである。
 大陸側の内海と大西洋側の外海では、波の荒さ、温度も随分違う。大西洋側はかなり風邪が強いようで、海岸に沿って7、8メートルの木が海に向かって根こそぎ倒れている。そんな海岸にポツンポツンと人々が海水浴をしている。リオの海岸では色とりどりの水着を着た人々が、浜を侵している感じがするほどたくさんいるのだが、さすがにこの島では、少なくむしろカラフルな水着が目立ち過ぎて奇異な感じさえ受ける。
 突然クリスチーナが
「ものすごく綺麗な洞窟があるのよ。滝もあるのよ。そこにいきましょう」
 といい始めた。
 2つ目の丘を越えたところでぼーっと海を眺めている、日に焼けた赤銅色の肌をしたおじさんに尋ねると、
「ほら、この浜を越えた丘の向こうだよ」
 といって遥か遠くの丘を指差した。
「ペリゴーゾ(危険)」と書かれたたて看板のあるその海岸では10人ほどの若者がサーフィンを楽しんでいた。もう僕はどうでもよくなっていたそんな僕を見透かしたように彼女は
「まだ時間はあるわ。行きましょうよ」
“綺麗な洞窟と滝”彼女のこの言葉だけを信じて、吹きさらしの丘を越え、岩だらけの海岸を通り抜け、4つの砂浜を歩く。普通の女性だったら、もう、音を上げているだろう。さすが自然児クリスチーナは、ますます元気になり顔が輝いている。どんなごつごつの岩場も一度として手を貸してくれと頼まなかった。
 そしてやっと待望のポンタ・エンカンターダの浜に到着。ここまで来るのに約4時間。その間にあった人数は20人にも満たない。ある浜辺では黒人系のグラマーな女性と口ひげを生やしたスペイン系らしい男性が誰もいないことをいいことにいちゃいちゃしていた。まるで無人島のような環境とこのカップルに刺激され、僕の本能はムクムクと顔を出しクリスチーナに言い寄ったが、あっさり拒否されてしまった。
 今までの経験からブラジル人の「綺麗」というのは、日本人の感じる「綺麗」とは随分異なることが分かっていたからそれほど期待していなかったのだが、岩山に穴がほんの数メートル開いているだけの洞窟を見て
「これが、き・れ・い・な洞窟なの」
 と思わずがっかりした声を出してしまった。
「この前来たときには上から滝のように水が流れ落ちていたんだけど・・・・」
 さすがに彼女もがっかりしたように言った。
 4時間に及ぶトレッキングで身体はクタクタであった。しかし、その疲れに反し、身体の芯はフツフツとパワーがみなぎっていた。自然の中でのみ味わえる疲れである。

 魔の滝
 昼のトレッキングで疲れて熟睡しているときに、マリコン(おかま)のクラウジオが自転車に乗ってやってきた。
「ハ~イ、アキ元気! 明日カスカータ(滝)に行きましょうよ。リンド、リンド、ムイント・リンド(綺麗、綺麗、本当に綺麗)」
 といいながら顔を左右に軽く振りながら強調した。
 彼のプリンとしたヒップ、歩き方、しぐさなどはかなり色っぽい。顔は唇が厚く堀が深い。映画「ベンハー」に出てくる色黒の奴隷のような顔立ちである。
「クラウジオはね、この前彼氏にふられちゃっての。それでもあきらめられずに会い行ったら殴られちゃって、目は腫れ上がってもう大変。その後、彼、薬局に行って睡眠薬買って自殺しようとしたんだけど、飲んだ量が少なくて死ねなかったの」
 と言ってケタケタ笑いながらクリスチーナは話してくれた。
 クラウジオと彼女のノリは小学生のワンパク坊主のそれで、2人で僕のパンツを脱がそうとしたり、服を隠したり、一緒にいると大変であるがそのクラウジオの僕を見る目が妙におかしい。気をつけなければ。
 滝に行くことになったはいいが、行く手段がない。彼らの話によると乗り合いバスで行くと、それからかなり歩かなければならないようなのであるなんとか知り合いのタクシーのシルビオに話をつけて30レアルで送ってもらうことになった。
 国道から林道に入ると、まったくどこを走っているのか分からなくなってしまった。道が悪いので揺れるたびに隣に座ったクラウジオの丸まった毛に覆われた足に触れてしまう。妙に気にかかる。クラウジオも身体を硬くしているのが分かる。そんな僕の気もしらず、なかなか道が分からない。
「クラウジオ、お前知っているんだろ」
「ウ~ン、この前来たのは自転車できて、まだちっちゃな頃だったから・・・・」
 と言いだしっぺのクラウジオがバツの悪そうな顔をする。言いだしっぺの本人がこれだからもう呆れてものがいえない。運転手のシルビオも来たのは小さな頃だったから記憶は定かではないという。行きかう人々に道を聞きやっと到着。
 確かにゆうに35メートルはある大きな滝だった。そこに蜜に集まる蟻のように人々がいた。家族連れ、アベック、友達同士、人が集まっているから来たという何をするでもない人々がたくさんいる。
 10数メートルほどの高さから数人の若者たちが滝つぼに次々と飛び込んでいる。早速クリスチーナも3メートルほどの高さから挑戦。そんなところから飛び込む女性は彼女だけである。僕はといえば、口先をねじ込むようにして肉に食い込ましてくる吸血虫、ボラシュードの総攻撃を受け、叩き殺すのに精一杯である。やはり日本人の体臭は違うのか、僕の方に集まってくる感じがする。こちらの気持ちもしらずに写真を撮れと彼女は手をあげている。しかしこちらはそれどころではない。
「アキ、上に行かないか」
 シルビオが誘ってきたので滝の横にある小道を上がっていくことにした。
この滝は巨大な岩からできているようで、3つの段を形成している。シルビオに誘われるままに頂上に上ると、森林に囲まれたパラナグアの町が一望できた。
 2段目には、岩に藻が生えていて滑りやすくなっている。2段目とはいえ、25メートルはあるだろう。落ちれば確実に命を落とすことは間違いなさそうである。
 17、18歳の女の子3人とその父親らしき男と友人がピンガ酒を飲みながらわいわいと騒いでいる。しきり男たちは娘たちにも酒を飲めと勧めている。そろそろ帰ろうかと、声を掛けようとしたとき突然、女の子の叫び声があがった。
「ソコーロ・メッド・ソコーロ(助けて、怖いわ。助けて)」
 その声の方を向くと、赤い水着の女の子が藻に足を滑らして足から落ちていくのが見えた。それを見た父親が大声を上げながら追いかけて行く。あっという間に2人は視界から消えていった。周囲にいた女の子たちの顔が恐怖で歪む。一瞬のうちにその段にいる人々の脳と脳との間に、恐怖の「折れ線」が走る。僕も何をしたら良いのかわからない。どうやらこれがパニックというものらしい。誰かれなく大声で叫んでいる。男が酒瓶を落とし、中の白い酒が流れていく。他の娘も足を滑らし危うく落ちかける。
 そんな中でクリスチーナは落ちた女がどうなったのか見に、突端まで行ってしまった。
「クリスチーナ、クリスチーナ」叫ぶがまるで僕の声なんか聞こえないかのようにじっと下を見ている。クリスチーナを安全な場所まで連れ戻そうと近づいていくと、
「アキ、アキ、何しているの! こっち来ちゃダメ」
 とヒステリックに叫ぶ。それでもなお近づこうとすると、慌てて僕の所にやってきて僕を安全な場所に導こうとする。これではどちらが助けようとしているのか分からない。
 女の子が落ちたのを上で見ていた若者達が脱兎のごとく降りてきた。落ちた女の子は運よく途中で岩にひっかかりなんとか助かったようだ。若者たちのすばやい行動に感心すると同時に何をしていいのやら分からなくなってウロウロしていた自分が情けなくなってしまった。
 一命を拾った女の子は病院にでも運ばれたのかと思いきや、周囲の心配をよそに、まるで何もなかったかのように滝つぼで仲間たちとキャキャッと水浴びをしている。日本人だったら、死んでもおかしくないような事故にあったら、まず精神的なダメージでぐったりするだろう。あらためてブラジル人のタフさには驚いてしまった。
「あの滝ではね、もぅ何人も死んでいるの。日本人の夫婦も死んでいるのよ。奥さんが滑っちゃって、その後を追った夫も死んじゃったんだって
 私と一緒に住んでいるマリアの夫も滝つぼで飛び込みやっていて死んじゃったの。飛び込んだ後ぜんぜん浮いてこないから最初はふざけているんだと思っていたらしんだけど、結局、警察が来て探しても見つからなくて、やっと3時間後に彼の死体が浮いて見つかったらしいわ。マリアは彼が死んだ毎年11月20日には思い出してないているわ。
 きっと彼女(滝)は人に上がられるのが嫌いなのよ。今日は滝の上でお酒を飲んだから彼女は怒っちゃったのよ」
 タクシーの中で彼女はしんみりと言った。
「もし僕が滑って落ちたらどうする?」
 とからかうように尋ねると
「勿論私は追いかけるわ!」
 と彼女は真顔で答えた。 


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