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     ブラジル漂流記 (Draft in Br...  (最終更新日 : 2021/01/13)
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亀を探して In search of a tortoise (2008/10/23)
亀を探して



亀を探して498里、初めての女連れの旅。やっと亀を見つけて手にしたが・・・・

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サルバドール市の上の町と下の町を結ぶ巨大なエレベーター
「これからいったい僕はどうなるのだろうか」
 ハンモックに揺られながら、ふと妙な不安がよぎった。そんなことを考えさすほどこの島は人が少なくあまりにものんびりとしていた。

いつものごとく、キップを買う寸前までどこに行くのか決まっていなかった。ただ漠然とノルデステの青い海と強烈な日差し、そして、そこにすむ素朴な人々に引かれた。ただし、今回の旅は女連れといであるということが今までとは大きく違っていた。
 さて、どこに行こうかとぼんやりとチケット売り場の前で考えていると、横にいた彼女が鼻にかかった高い声で、
「えっ。まだ決めてなかったの! バイアに行くっていっていたじゃないの。サルバドールにしましょうよ、私は亀がほしいの」
 その一言で行き先は決まった。

 雨のサルバドール

33時間の超ハードなバス旅行になんとか耐え抜き、サルバドールに着いたのは午前6時半。外は小雨がしとしとと降っている。
「ずいぶん大きなターミナルね」
 と、やっとバスの狭苦しい座席から解放され、ほっとした声で彼女は言った。
 彼女はみかけは完全なドイツ人であるが、ドイツ系の父親とインディオ系の母親を持つメスチッサである。少し釣った目と黒い瞳がインディオの面影を残している他はまったくの白人である。彼女は職場に1週間の休みをもらって、やっと父親の了解をとりつけ、初めての長期旅行である。それも黒人系の多いバイアということで、当初彼女はかなり不安だったようである。
「私はハッシスタ(人種差別主義者)なの。だから黒人は嫌い」
 と彼女はここに来てから何かにつけて口にするので、
「君だってメスチッサだろう」
とからかうと、
「私はドイツの血の方が強いの! だって肌もこんなに真っ白でしょ」
 と懸命に自分がドイツ人だということを主張する。これだけ人種が交じり合いありとあらゆる人種がいるブラジルでも根底では差別があるのだ。
 サルバドールの泊まりの場所はすでに決めているホテルがあった。安宿の集まるセッチ・デ・セッテンブロ通りにあるひとつ星のホテルである。以前使ったときに、何も問題もなく、値段もそこそこで、快適に過ごすことができたので、それ以来サルバドールにきたときはこのホテルに泊まることにしていた。
 日曜日のせいか人通りが少なく寂しい。やはりこの町には強い日差しに、黒人系の人々エネルギッシュな動きが似合う。海岸沿いの下の地区と、丘の上の町を結ぶ巨大なエレベーターの前でバスを降りる。
 バスの前の席に座っていたおじさんに、この時間(朝7時)に動いているのかと聞くと、あれは24時間動いているよ、と言って笑ったが本当だろうか? もし動いていなかったら、この町でも危ないといわれている、上の地区と下の地区を結ぶ道を、重たい荷物を持って20分は歩かなければならないだろう。彼女は1週間毎日着替えができるほどの服をたんまりと持ってきているのである。考えただけでもぞっとする。彼女は心配そうに目の前の巨大なエレベーターを見上げた。この辺も治安が悪いので、たくさんの荷物をもって長いはしたくない。エレベーターは無事動いていた。やっと乗り込みほっとしながらも周囲に気をつける。スリが多いことで有名な場所なのである。
 セッチ・デ・セッテンブロ通りに入ると、人通りが急に途切れる。この辺は商店街なので、店が閉まるとシャッターの閉まった店の軒先にいる路上生活者以外人通りはぴたりと途絶えてしまう。ましてや早朝、小雨ときては人が少ないのは当然である。商店の軒下では、2,30人の路上生活者が固まって寝ている。さすがにその横を通るのはあまり気持ちのよいものではない。
「この町は最低ね。貧乏人ばかり。サンパウロよりひどいわ」
 彼女はぶつぶつと文句を漏らし始めた。そしてやっと目的のホテルにたどり着いたのは8時を回っていた。

 ルアの旅人

「さー、亀を探しにいきましょう」
 睡眠らしい睡眠はほとんどとっていないのに彼女は慌しく起きだし、用意を始めた。初めての長期旅行で体がまだ緊張しているのだろう。
 彼女の住んでいるアパートの親子が陸亀を飼っており、それがうらやましくてしょうがないらしい。ブラジルでは、妊娠すると子供の安産と成長を祈って亀を飼うということを聞いたことがある。飼っている亀も子供が生まれるときにバイアからもって来られたとのことである。彼女は心ひそかにサルバドールに行ったら亀を買おうと思っていたのである。フロントの大柄なチョコレート色の肌の青年にどこで売っているのか尋ねると、週末に開くフェイラ(青空市場)に売っているのではないかという。
 サルバドールはブラジルでも有名な観光地のせいか泥棒が多い。僕自身は街中で一人で写真を撮っていても怖い思いになったことは一度もないが、旅行社できくとかなりたくさんの人が被害にあっているらしい。特に、エレベーターを降りたところにある、メルカード・モデルノ(民芸品市場)の前の広場あたりが一番危険らしい。
 汚い、怖い、を連発していた彼女も次第にサルバドールのあっけぴろげの自由な雰囲気に慣れ始め笑顔が戻ってきた。セ広場に面したバールでコーヒーを飲んでいると、一人の老人がふらりとやってきた。一瞬、またか、という少しうっとうしい気分になる。とにかくこの町には、お金をくれ、という人が多いのだ。
「オイ、セニョール、旅行者かい。俺もいつもルア(通り)を旅しているよ。同じ旅人にいっぱいカフェをおごってくれよ」
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ペロリーニョの町並み。治安はよくなり、どんどん綺麗になっていく。
あまりに綺麗になりすぎ、昔をしっている身としては寂しい

 ルアの旅人とはうまいことをいうものである。そんな貧しいだろう生活の割には顔がすさんでいない。目も澄んでいる。すっかりこのおじさんが気に入ってしまいカフェをご馳走させてもらった。
歴史の街として、サルバドールでもっとも有名なペロリーニョは改修工事が行われ、昔の佇まいの建物はすっかりなくなってしまった。古い壁は塗り替えられ、新しくピンクや淡いブルーのパステルカラーのペンキが塗られている。僕は以前の壊れかけた、中に入るとなかなか出てくるのが難しそうな迷路的な汚い建物が密集したこの町が好きだった。それだけに、変わり果てたこの町にくるたびに寂しいモノを感じる。通りでドミノをしているおじさんに話しをすると、
「きれいになった方がいいよ。住みやすいしね」
確かに住んでいる人間にとってはきれいな方がいいにきまっている。彼らにとっては、ここは観光地ではなく生活をする場所なのだから。以前、この町は危ない場所とされていたが、今は通りの角々に警官が立って危ない雰囲気はぜんぜんない。観光客も以前のように、オズオズ、という感じはなく平気でカメラやビデオを持ち歩いている。安全なこともいいことであるが、昔の味のある古い町並みを人間にとっては寂しい。

亀は何処に

 探せど探せど亀はいない。
 ホテルの近くのフェイラに行き椰子のみジュースを売っているおばさんから始まり、知っていそうな人間に聞いてみたが、たいてい答えは同じ。
「いつもは、この辺で売っているんだけどね。もうすぐ来るんじゃないの」
 この言葉を信じて何度このフェイラを端から端まで往復したことだろう。ブラジルで確実な情報を得る難しさを改めて思い知らされる。2、3の別のフェイラを渡り歩いたが亀売りはみつからない。いつもは不平ダラダラの彼女もこときばかりは文句ひとついわない。自分で率先して人に尋ねる。やっとエレベーターの前の広場で売っているかもしれないという話を聞きつけ行ったが誰も持っていない。
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カポエイラで使うビリンバウを売る男。売りつけるでもなく、金をせびるでもなく、気軽に写真を撮らせてくれた。
 疲れてベンチで休んでいると2人の、10歳ほどの黒人の男の子がやってきて、小首をかしげ自分の一番かわいいと思っているポーズを作り、フィッタ・デ・レンブランサ(教会の名が入ったミサンガ)を売りつけようとする。中には、買った瞬間に表情ががらりと変わる子もいる。このミサンガは幸福を呼ぶモノらしい。ということは、この二人は幸福を運ぶ天使といわけである。そう考えると彼らも可愛くみえてくる。目のクリッとした愛嬌のある方が僕の手首にまきつけ、解くのもやっかいなほどきつく結んでしまった。見るに見かねた彼女が1レアル差し出した。
「ちゃんと学校いかなきゃダメよ。ハイ」
「この辺で誰か亀を売っていないかな」
 物は試しと聞いてみた。ちょっと待っててと言い残して二人は姿を消した。すれから数分もたたない間に胡散臭そうな連中を数人連れてきた。いかにもずるそうな青年たちである。
「亀が欲しいんだって」
「いくら?」
「2匹で50レアル」
 これは僕にとってかなり高い値段である。
「20レアルなら買うわ」
 ボス格らしいチョビヒゲ男がアホなといった感じで人差し指を2,3度横に振った。残念であるがあきらめることにする。フェイラにいけばもしかしたら亀売りがきているかもしれない。エレベーターの方に歩いて行こうとすると後ろから声がかかった。
「30レアルでいいよ。今とってくるからここで待っててくれ」
 亀を持ってくる間、話を聞いていると、どうやら亀は売買が禁止されているらしい。しかし、買うと言った以上後にひけないし、ここまで来たのだから、という気持ちが強かった。20分待っても来ない。もう帰ろうかと思い始めたころ、「今日は亀売りおじさんがいなかったから・・・・」と申し訳なさそうにとりに行った青年が言った。ちょうどそんなとき、別の男が亀を持っていると、先ほどの子供が教えてくれた。男は小さな紙の小箱に入った10センチほどの亀を見せてくれた。亀はまるでプラスチックでできたおもちゃのようでいかにもかわいい。彼女も目を輝かせながらみている。1匹30レアル。僕自身は買ってもいい気になっていた。ここまできたら少々の金は仕方がない。しかし、彼女は15レアルから引き下がらなかった。
「じゃあ、いらないわ」
と言ってささっと歩いて行く。あんなに欲しそうな顔をしていたのに! 再び後ろから声がかかった。
「15レアルでいいよ」
ほら、ネ、というように彼女が僕の方をちらっと見てニコッと笑った。彼女のうまさに関心しながら、お金を払って亀を受け取り、付近の人々の目を避けるように大急ぎでその場を離れた。

 モーロ・デ・サンパウロ

 バレンサはサルバドールからバスで4時間、活気のある小さな漁師町であった。
 昨日仲良くなったココナッツジュース売りのおじさんにモーロ・デ・サンパウロがきれいな島だと聞き、行くことに決めたのだ。バレンサの町からこの島行きの船が出る。
 町の人々は陽気でくったくがなく、素朴そのものである。カメラを向けても笑顔を作ってくれるほどの気安さだ。向けただけでお金を要求するサルバドールとはえらい違いだ。
 バレンサからモーロ・デ・サンパウロまで船で約1時間半。乗客は観光客と地元の住民が半々ほど。ドイツ人らしきバックパッカーがモレーナと濁音の強ポルトガル語で話しながらニタリ笑いを浮かべている。 
 バレンサの船着場から、島でのホテルの勧誘が激しい。とにかくうんざりするほどしつこくいいよってくる。僕は言葉がわからない振りをしていたので勧誘の若者たちはすべて彼女に話しかける。
 相手が若い女性ということで始めはニヤニヤ冷やかし気味に勧誘していた彼らも、あまりにしつこい勧誘攻勢にヒステリックになっていた彼女のキンキンとした高飛車な応答にタジタジとなり離れて行ってしまった。
 やっとモーロ・デ・サンパウロに到着。この頃にはどんよりと曇っていた空もすっかり晴れ渡り、島の緑と船着場にある白い門の色との取り合わせが美しい。
 やはりホテルは自分で見つけるに限る。今まで勧誘に乗って良かった試しがない。聞いた話では島には車が一台もないとのことであるから、歩いたところで大したことはないはずである。小さなプラサ(広場)に面した数軒のポウザーダ(民宿)に当たってみた。
 2人部屋で60レアル(30ドル)と結構高い。予算は40レアルに決めていたのですべてパス。4軒目にやっと40レアルの部屋を見つけた。部屋は狭くてあまりよくないが、値段と肝っ玉かーさん風のオーナーが気に入ったのでここに決めた。
「早く、プライアに行きましょうよ!」
彼女は今回のために買った黄色に青のストライプが入った水着にぱっと着替え、サンオイルを塗り始めた。このサンオイルは値段の割りに、容器がいかにもちゃちでどうせ効果はないだろうと思っていた。そう言って彼女をさんざんバカにしたのだが、使ってみると思った以上に効き目があり、反対になじられてしまった。まったくブラジルの製品は何が聞くのかよく分からない。
 旅行者になれているはずの島民も東洋人にロイラ(金髪)という組み合わせが物珍しいのかジロジロと視線を向けてくる。まだ、ここの視線には遠慮というものが感じられたが、サルバドールでの彼女を見る、ねっちりとした食いついてきそうな男の視線は僕でもぞっとしてしまった。以前、黒人系の青年が子供に冗談で「ジェットスキーとロイラとどっちがいい?」と尋ねているのを聞いたことがある。冗談にしろ、ジェットスキーに対してロイラが出てくるのが興味深かったのでずっと印象に残っていた。今はそれほどではないが、以前は、ブラジレイロにとって白い肌にロイラは憧れの的だったのである。もちろんそれを知っている女性もこぞって金髪に染めるわけである。
 数百メートル歩くと、椰子の葉の間に真っ青なブルーが見えてきた。予想したほどではないが、綺麗なプライアである。何よりも人が少ないのがいい。もっとも彼女にはそれが気に入らないようではあるが。
 この島には4つのプライアがあり、Ⅱには洒落たショッペリア(ビールを飲める店)が数軒かたまっている。その中の1軒はアルゼンチン人? の姉妹が経営しており、スペイン語訛りの巻き舌のポルトガル語で島の説明をしてくれた。
「1年前からこの島で店を開いているんだけど、静かでいいよ。観光っていうほど大したものはないけど、4つのプライア巡りと島巡りのツアーとカショエラ(滝)かな。あ、それと毎晩Ⅲにあるボアッチではディスコが開かれているよ」
 と、言って前歯のないヌハッとした笑顔を見せた。この後、姉さんの方と話をするとスペインからやってきたという。いったいどちらの言うことが本当なのだろう。弟の笑顔といい何か信用できそうにない。彼らのように外からやってきて住みついた人間もずいぶんとおおいようである。島の静かな生活と観光地としての可能性に引かれてやってきたのだろう。この島にいるとそんな気持ちがよくわかる。
4つあるプライアの中でもプライアⅣが最も大きくてきれいである。ここは潮が引く午前中には、黄色やコバルトブルーの海水魚を見ることができる。馬糞ウニはいないが、ムラサキウニ? がいたので割って食べてみた。卵巣があるにはあるのだが、小さすぎて食べるほどではない。
 サルバドールで買った亀はニンジャと名づけられ、彼女は何処にいくにも小さな箱に入れて連れて歩いている。しかし、プライアに連れていったときにはさすがに亀も応えたのかその日はぐったりとしていた。
 島の魚影は濃いようで岩場では住民が釣りをしたり投網をうったりしている。見ていると2,3時間もあれば大きなビクにいっぱいくらいは捕れるようである。小さなポウザーダを経営し、朝夕釣をしながら暮らす、まさに最高の生活である。いつかそんな生活を送りたい。
 さすがに4日目にもなるとやることがなくなってくる。サンパウロの喧騒が懐かしくなってきた。彼女も同様のようで、初めての長期旅行の疲れもあり、イラツキ始めたのが分かる。言葉のはしばしに、剣が感じられる。そろそろ帰り時か。明日は土曜日なので今日中に両替をしないと月曜日まで帰ることができなくなる。3つレストランでドルの換金率を聞いてみるが驚くほど低い。しかし、両替しなければここから出ることさえも難しい。何とか粘って、少し上乗せしてもらって両替した。
 ホテルのおばさんがニンジャを見て、
「亀はね、家に幸福をもたらしてくれるから大事にしなきゃダメよ。それと噛まれないようにしなきゃ。噛まれると幸福が逃げていってしまうからね」
 それを聞いて彼女はすっかり喜び、プライアに行って以来しばらく忘れてしまっていたニンジャのことを思い出したようだ。この陸亀は水生の亀とは異なり、暗いところを好むようだ。そのまま放っておくと、いつもベッドの下に隠れている。最初は僕もかわいいと思っていたのだが、この妙に陰気な亀が不気味になってきた。夜、ビールをしこたま飲んで、ベッドの下の暗がりで見つけたときのゾクッと背中に走った感覚がいまだに忘れられない。
 次の日、島を出ることを決め、最後のムケッカ(魚のトマト煮)を食べ、その日は早めに床に着いた。
 翌朝、9時半の船に間に合うように、慌しカフェ・ダ・マニャン(朝食)を食べ、今までの宿泊費を払い船着場に向かった。
 バレンサのターミナルでニンジャを入れている箱の中を見ると、ニンジャがいない。船から下りたときはいたはずなのに。すでにイリウスまでのキップを買っており、出発までの時間もほとんどない。あきらめるしかなかった。彼女はしばらく空っぽになった箱を見たまま動かなかった。スーッと涙が彼女の頬を伝う。一瞬、僕もポコンと何かが抜けたような感じがした。
「仕方がないよ。今度きたときまた買おう」
 そういうしかなかった。


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