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     ブラジル漂流記 (Draft in Br...  (最終更新日 : 2017/07/20)
ブラジル病院体験記 A description of Brazilian hospital experience

ブラジル病院体験記 A description of Brazilian hospital experience (2009/05/19)
ブラジル病院体験記







ブラジルの市営病院のひどさは、昔から聞き知っていた。まさか自分が使わなければならない状態になるとは・・・・。日本でもほとんど病院体験がないだけに、そのショックは精神的にも大きく、無事治療を受け出てきたときには、危険地帯からの生還にも近い感激があった。

 午前中は軽い二日酔いだと思っていたが、4時ごろから急に吐き気をもようし、具合が悪くなった。血圧を計って見ると、なんと190、130、さすがにびびった。何回か計りなおしたが、185、125くらいの数字しかでない。これはやばいかも・・・・・。以前、血圧が高い友人に、もし急に血圧が高くなったらこの薬を飲んだらいいと渡されていた薬を半分飲む。いったい僕の身体はどうしたのだろう。
 そう言えば、学生時代には二日酔いが午後から来ることがあったことを思い出す。でも、今日のは二日酔いとはちょっとちがうような感じがする。この、ぐらんぐらんするめまいはなんなのだ! 次第に怖くなる。もし、脳の血管がきれたり、詰まったりしたら、もうお終いである。少なくとも後遺症は避けられない。
 心配になり、ネットで、「脳血栓」「脳溢血」を検索する。いろいろ症状が出ている。でも、とりあずは当てはまるのがなさそうである。そうしている間にもめまいが強く押し寄せてきた。これはやばい。頭の血管がきれたか? と不安にかられる。
 何とか、「脳溢血」を探し出して見ると
「最初に具合が悪くなってから時間が経てば経つほど症状が悪化します。
症状としては頭痛、吐きけ、嘔吐、意識障害と同時に、出血部位によって異なりますが、病巣と反対側の顔面、手足の運動麻痺、言語障害などの神経症状がみられます。
 血管奇形がある場合には若年者にも発症しますが、通常40歳代以後に、とくに高血圧をもっている人に発症しやすいです」とある。
 頭痛はないが吐き気、嘔吐に襲われる。独りで喋ってみる。とりあえずは喋れる、言語障害はないようだ。
 めまいには2種類あり、回転するめまいと、ふわふわする感じのめまい、動揺性のめまいがあるらしい(後でよく調べると正確にはクラッとするめまいの3種類)。僕のは動揺性のようだが、なんとなく回転も入ってきたようでだんだん訳が分からなくなる。吐き気を堪えながら更に検索を重ねると「椎骨脳底動脈循環不全」という病気が、目に入る。
「回転性めまいが多く、浮動性めまい、目の前が暗くなるめまいがそれに続きます。視界がボヤーッとする、気が遠くなる、嘔吐、上肢のしびれ感を伴うことが多くあります。難聴や耳鳴りを伴うことはほとんどありません。また、首を回したり伸ばしたり、からだを動かしたりすると、めまいが起こることがあります」なんとなくこれが近いような気がする。
 でも、クビを延ばしたり身体動かしたりするが、それによってめまいが増大することはないので、ちょっとちがうような気もするが・・・。めまいを起こすと眼球が激しく揺れ動くらしいので眼振検査というのをするらしい。また瞳孔にもでるらしい。洗面所に入って目を見るがよくわからない。
 そうしているうちに何故か彼女から電話があった。「今度、台所を片付けてあげるわ」何故、今こんな電話をかけてくるのか不思議であった。このとき病院に連れて行ってくれ、と頼もうか、と迷ったが、「今、気分が悪いんだ」と言って電話を切ってしまった。そうするうちに益々めまいが激しくなり、吐き気も増大してきた。「もう、いかん!」携帯を探すが、動転しているようで、さっき掛けたばかりの携帯を何処においたか分からない。やっと見つけるが、スムースに掛けることができない。
 なんとか電話をし「病院に連れて行ってくれ・・・!」と言うのがやっとだった。「今、そっちに向っている途中よ」という言葉がすぐに返ってきた。最初の電話で僕の調子がおかしいことに気づいたのだろう。それから数十秒後に彼女と息子が入ってきた。僕の様子を見て、彼女は動転して抱えるようにして僕を連れて行こうとする。
 僕は身体の痛みなど、よっぽどのことがない限り弱みを見せないので、いかに大変な状態なのか、を彼女は察したらしい。さらに彼女のお姉さんも高血圧で脳卒中で倒れ、しばらく車椅子にのってリハビリをしたので、高血圧の恐ろしさは十分よく知っている。
 今、思うと鏡でみた僕の顔は真っ青だったので、まさに椎骨脳底動脈循環不全だったのかもしれない??
 アパートの前でタクシーを拾う。僕は、健康保険(ブラジルの場合すべて私立)に入っていなかったので、市の病院に行くしかなかった。私立の病院に行った場合、法外なお金を請求されるので、とても行く余裕はなかった。しかし、市の病院のひどさはいろんな人からも聞いていたし、テレビや新聞でも見て知っていた。ただ、南米最大の病院で「クリニカ病院」は最新の施設を持ち、医者も良いという噂を聞いていた。だから、僕はひたすら「クリニカへ行ってくれ」とうわ言のように言い続けた。
 タクシーの運転手はまったく人の状態は意に関せずという感じで「いったいどこにいくんだい? もっと優しくドアを閉めてくれないと困るね」とのんびりと、ちょっといじわるい感じで言う。彼女は動転しているので、「クリニカに行って! デハミ(脳溢血)かもしれないの! 血圧が高いのよ」とそんな運転手の様子は気にもせず、まくし立てる。
「デハミはちゃんとしゃべれないはずだが・・・」少しはこの運ちゃんは知識があるようである。
僕が青白い顔をして、「オエッ、オエッ」と発するのを聞いて、汚されると困ると思ったのか、これは本当に危ないと思ったのか、運ちゃんも顔が真剣になりはじめた。息子は横で、心配で泣きそうな顔をしている。
「この時間だとラッシュでクリニカまでは時間がかかるから、ちかくのS病院の方がいいんじゃないか!」本当はクリニカに行きたかったが、この状態ではとても、吐くのを我慢できそうにない。仕方なくSに行ってもらうことにした。
 病院につくと飛び出すようにしてタクシーから出て吐いた。身体はもう、ふらふらで今にも倒れこみそうだった。その様子を見た彼女が大きな声で、「誰か手伝って」とヒステリックに叫ぶ。しかし誰も助けてくれない。見るに見かねて、警備をしていた婦人警官が手を貸してくれた。
 救急の入り口を入るとテニスコートほどの待合室があり、びっしりと人が座って待っていた。警官に支えられてヨロヨロと入ってきた僕の方を、皆一斉に振り返った。警官と一緒にいたおかげか、待つことも無くすぐに診療を受けることができた。救急で行ってもヘタをすると数時間も待たされ、手遅れになることもあるらしいから、これは非常にラッキーだった。
 病院のマークの入ったブレザーを着た、大柄な黒人の警備員の横を通り抜け診察室に入ると、患者で溢れていた。包帯をして寝ている人、点滴をしている人、診察を受けている人・・・・。外の警備員よりはちょっと小柄な、中の警備員に支えられ、簡易ベッドに横たわる患者の隣にあるベンチのような椅子にすわらされた。どうやら、ここは患者の待合室兼点滴室兼診察室らしい。若い金髪の女医がやってきて、診察しはじめた。鼻がちょっと曲がっていて、なんとなく気位が高そうである。
「こんにちわ」
「・・・・・・」そんな挨拶などできる状態ではない。
「具合はどう?」
「気分が悪くて吐きそう」
「誰ときたの?」
「・・・(どうしてそんなことをきくんだ?)」
「どんな感じ?」
「だから、気分が悪くて吐きそう。めまいがしている」
「どんなめまい。ぐるぐる廻っている感じ?」
「いやそれはない」瞳孔を診察するかと思ったが何もせず。
 そのまま血圧計のあるところにつれていかれ、血圧を計ってもらう。2度計ったところに、彼女がきた。僕に対する対応と違って、この女医の態度は随分にこやかである。僕の態度がよっぽどふてぶてしく見えたのだろうか。
「血圧はどれくらい?」
「160の110よ」少し下がっている。たぶん出る前に飲んだ降下剤が効いているのであろう。
「出る前に降下剤を飲んだよ」
「名前は?」
「分からない」
 その女医は看護士に薬と水をいいつけた。
「何か聞きたいことがある?」
「どうしてめまいがするんだ?」
「・・・・・・」
 目の検査もまったくしないので、聞いた。自分では笑っているつもりはなかったが、バカにした笑いを浮かべたようだ。
「どうして笑っているの!」
バカにされたと思った女医はヒステリックな声をあげる。
こんな何も分かっていないような医者にこれ以上何かをされると余計に怖い、そう思って黙ってうなだれていた。
「点滴をして」介護士に言いつけ、彼女はその場を去った。ブラジルでは何かあるとすぐ点滴、点滴だが、それで本当に効くのであろうか? そう思いながら点滴の液体バックをかけることができる金具が壁にある部屋の片隅に連れていかれた。そこには十数人の人が点滴を行っていた。
「ちょっと場所を空けてくれないか。もう少しそっちに行って」看護士は点滴をしている人にそう言って、僕のために場所を作ってくれ、点滴の準備をする。新しい針のモノを使うだろうか? よく使い回された針が使われていて、エイズや肝炎などの病気が移ったという話をきく。袋から開けて取り出しているのを見てやっと安心した。
 気持ちが悪く、ずっとうつ伏せていたが、次第に気分が良くなり、診察室を観察する余裕ができてきた。医者はたくさんいるようであるが、僕が見た医者はすべて学生風のまだ若い人々であった。多分、ここは見習い用の病院なのだろう。彼らは、妙に生き生きとしており、あっちにいったりこっちにいったり、忙しく動いていた。僕がうがった見方をしているのか、どうも、「私は医者なのよ!」という威張った感じがして、そのくせ仕事はあまりしていないように見える。仲間同士でぺちゃぺちゃ話したり、本当に真剣に医療をしているという感じは、僕には程遠く見えた。皆、ほとんど白人系で、顔の線が柔らかい。多分、ここにいる医者の多くは、中流以上の息子娘なのだろう。そうでないと、とてもでないが、高価な医学本など買うことはできない。私立ならましてや、である。そんなことを思いながら、点滴をしていた。
 この点滴は僕にとって生まれて初めてである。人工の液体を身体の中に入れられるのは抵抗があるが仕方ない。人によって、溶液は違うのだろうか。見たところ、すべて同じように見える。大きさも中に入っている溶液の色も同じだから、違うものだったら間違う可能性が高そうだが、実際はどうなのだろう。ちょっと心配になる。
 周囲の人を見ていると、もう袋の中の液体が終わって、血が逆流し始めている人が何人かいる。ひとりのおばさんがそんな状態が耐えられなくなり、針を介護士にとってくれと頼んだが「先生がはずす許可を出さなければ、取れないよ」との返事であった。点滴が終わって、血が逆流し、針をさしている箇所から血が滲みはじめている。そんな状態なのにどうしてはずちゃダメなのか僕には理解不能であった。あっちいったり、こっちいったりてんてこ舞いの先生がいるかと思えば、ニコニコしながらくっちゃべっている男女の先生までいる。ひとつおいた隣に座っていた若い女性は、「もう耐え切れない!」と言って、液体が終わりカラになった袋を持って、針を腕にさしたまま、どこかに行ってしまった。しばらくして見てみると、待合室の中を、やはり針を刺した腕のまま、カラの袋を持ってうろうろと歩き回っていた。もしかしたら、薬を飲んでいる人などが大丈夫かどうか分からないうちに彼女のように点滴が終わると帰ろうとするのを防ぐために待たせているのかもしれない、と思うようになってきた。しかし、何の説明もなしにこんな状態でまたすのはひどすぎる。僕の点滴も終わり、血が逆流しはじめ、針の刺し口がジクジクと痛くなってきた。
 ちょうど夕ご飯の時間なのか、女性がゴロゴロと車を押してきてコンビニのお弁当のような容器に入ったモノを数人の人に渡しはじめた。どういう人がもらっているのか分からなかったが、すぐ隣のおじいちゃんももらって点滴をしながらモソモソと食べ始めた。点滴をするところで飯を食べさせる病院なんて聞いたこともない。唖然としてしまった。これじゃあ院内感染なんて日常茶飯事だろう。おじいちゃんはうまく点滴をしている右腕が使えないせいか、しきりにぼろぼろご飯をこぼしている。
 あ~、早く帰りたい! ここにいることが苦痛でたまらなくなった。きてから、かれこれもう2時間半は経っている。
 ほとんど失神しかけているような状態で連れてこられた、24.25の白人系の女性が点滴を受けるにつれ、顔に血の気がさしてきた。点滴は効くのだ。僕自身も着たときよりははるかに気分がよくなっている。ちっと見直してしまった。そこへ先ほどの女医がやってきて、「具合はよくなった?」と聞いてきたので即「いい! いい!」と反応する。「じゃあ、袋を持ってこっちに来て」というので彼女の後をついて行った。ここではお医者様なのである。空の点滴袋をさげて、点滴の針をさしたまま、医者の後をついていくなんて日本では見かけられない光景だなと思いながら。もっともお金はまったく払う必要がないから、医者も研修としてほとんど無報酬でやっているのだろう。だから文句は言えない。
 彼女は1枚の紙の何箇所かに書き込みをいれ、最後にサインをし、下の部分を切り離して僕に渡した。どうやらこれが帰るための許可書らしい。介護士に針をはずしてもらい、やっと帰ることができる状態になった。
 血圧が下がったかの確認もされなかったし、どんな薬を飲まされ、どんな液体の点滴をされたのかも、知らされなかった。しかし、もうこの部屋を出たい一心で何もいう気にはなれなかった。最後に女医に小さな声でお礼を言ったが、彼女は他の女医と話しこんでおり、振り向きもしなかった。
 タダで治療をしてもらって文句はいえないが、それにしてもひどいところであった。待合室の扉から出ると、危険な場所から生還したようなすがすがしい気分になった。
 僕の姿を見て、すぐに息子と彼女がやってきた。
 帰りのタクシーの中で、待合室でのことを彼女が話してくれた。
「横に座っていた女性が性格の悪い女性で、高血圧が高い人間が、めまいを起こしたり、吐いたりしたら、死ぬ、っていうの。だから、あなたはもうダメだというのよ。それを聞いてエドアルドは泣き出してね。もう、最低の人が集まる病院よ。あそこは!」そんなこと聞きながら、家にたどり着いた時はさすがにほっとした。
 
  


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