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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2019/08/23)
11・20 もうすぐクリスマス [画像を表示]

11・20 もうすぐクリスマス (2006/11/21)  クリスマスまで約1ヶ月、この頃セントロや地下鉄、バスの中で増えるのが物貰いである。物貰いとはいえないかもしれないが、安いガムやチョコレートを座席にいる人の膝や脇にどんどん置いていって、買いたい人は買ってくれという方式もある。
 見ていると、一番最初の人が買ったり、お金をあげると、連鎖反応のように次の人もお金を出すことが多いようである。やっぱり、ブラジル人といえども、お金を上げるとというのは、妙に恥ずかしいのではないだろうか。それを知っている物貰いは、最初の人にあたる場合は、かなり強引に脅迫的にお金を強要しているのをよく見かける。日本人の僕には、お金をあげるという行為は慣れていないので、ポケットの中でお金を握ったままで終わってしまうことがしばしばである。貰う本人はそんなことは感じていないのだろうが、どうしても、相手を蔑んでいるような、自分が上の立場であることを見せ付けているような、感じがして僕にはなかなか慣れない。しかし、ここしばらくお金のない苦しさを味わってきただけに、お金をもらってもすぐ麻薬を買ってしまうストリートチルドレンは別にして、本当に困ってそうな人には極力あげるようにしている。最近は大分慣れてきて、タイミングよくお金を出せるようになってきた。自分もそうだが、物貰いにお金をあげる人はたいてい、貧乏そうな人が多い。お金のない苦しさがよく分かっているからだろう。バスに乗るお金もない苦しさは、そんな状態になった人間しかわからない。しかし、バスターミナルや、メトロの改札口では、ちょっとみなりのいいおばさんが、無遠慮に、5レアル(約250円)くれなんてこともあり、その身なりにだまされて? ついついあげてしまい、えらく後悔することもしばしばである。そういうときに限って、自分も少ししかお金を持ってなくて、昼飯を食べ損ねてしまうなんてことになるのである。最近は、小銭があったらくださいというような慎みがある人にしかあげないようにしている。
 よく、日本から来た人の中には、物貰いなんかせずに働けという人もいるが、ここではその仕事がないのである。僕は、物貰いもひとつの職業? と思っているから、気分が向けばあげても良いと思っている。
 昨日、地下鉄の車両で、そんなに身なりのひどくない、独りの白人系の男性が「仕事もなく、家賃も払えません。小銭でも、切符でも、食べ物でもいいから援助してください!」 と人々に訴えたが、誰もお金を出そうとしなかった。4回目の訴えを言い終わり、彼はぐっと口を引き締め、絶望のどん底に突き落とされたような顔をして車両から出ていった。その顔を見て、僕はよっぽどお金を出そうかと思ったが、ついつい出しそびれてしまった。何故みんなお金を出さなかったのだろうか。ひとつには、彼の演出力が足らなかったと思う。今家賃を払えない人は普通にたくさんいるのだ。みんなそんなの普通だよ、という顔をしていた。お金をもらえている物貰いは、診断書や、手垢に汚れた写真などを持っていて「娘は不治の病で、失業中でお金は一切ありません。私はどうやって暮らしていけばいいのでしょうか」なんてことを涙を流しながら、いかにも哀れっぽく語る。男だとさらに「でも、私は強盗はしません」という言葉をいれるとかなり効果があるようである。
 年末を控え、街には物貰いが急に増え、悲痛な声を聞くのはちょっと憂鬱であるが、「金は天下の回り物」、というからお金があるときはできるだけ出したいと思っている。 

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 この古い建物の前を通るたび、抑圧されている人々のことを考えてしまう。ブラジルは貧富の差がありすぎる。


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