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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2020/07/02)
8・3 ラッパの夜 [画像を表示]

8・3 ラッパの夜 (2007/08/08)  今、リオで一番人気のあるスポットは、水道橋の下に位置するアウト・デ・ラッパというところらしい。ボサノバ、MPB、ロックなどのライブの店が散在しているとのことだった。僕は、普段全く音楽のない生活をしているので興味はさしてわかなかったが、仕事だから行くしかない。ただ、夜の11時以降がもっとも盛り上がるらしい、という点が気にかかった。
 日系旅行社の社長Gさんに聞くと
「リオをよく知ってもらってから書いてもらいたいね。
 ラッパ? 前に日本のテレビ局のクルーを連れて行ったけど、大丈夫だったよ」
 男が4,5人も行けば、めったに襲ってくる奴はいないだろう。リオを良く知ってから・・・、それならば連れて行ってやるよ、の一言でも言ってみろ! こころの中でつぶやいた。こんな人間に聞いたのが間違いであった。
 セントロの取材の終え、その足で向かった。暗くなり、道がわからなくなってしまった。多分、初めてのお金のない旅行者は僕と同じ状態に陥るだろう。もし、襲われたとしても、きっとGさんあたりは、「そんなところ、歩くからだよ。タクシーでいかなきゃ」というだろう。Gさんの脂っぽい顔が目にうかんだ。もうタクシーに乗ろうと思い始めた頃、最後に、と思い、ビルの守衛に聞くと「そこを降りていったところが、すぐラッパだよ」「でも。その道なんとなく危なそうだけど大丈夫?」「今の時間なら大丈夫だろう。ホラ、女の子も歩いてる」今の時間なら! まるで猛獣が出てくる森の中を歩いているような感じである。やはり見知らぬ土地は怖い。
 こわごわその道を降りていくと、サーカスのような丸い大きなテントがあり、大音響で歌声が外にまで漏れて聞こえた。やっとついた、これで一安心である。しかし、カメラとレンズ数本と1脚の入った鞄が目立ツ。ここに来る人はほとんど鞄なんぞ持ってこないのだ。別の日系旅行社で、「そんな大きな鞄はもっていかない方がいいよ」と注意されていた。もう、少し調べてくれば良かった。「人手が多いから、店のあるところは分かるよ」と言われていたので、通りの名前は聞いていたのだが、差して気にせず書付もしなかったのだ。自分の落ち度を深く後悔しながら、右も左も分からない所をブラブラすると、なんとなくそれっぽい店があった。もしや、と思い聞くと、聞いた名前の店だった。我ながらすごい勘だ。自分をほめながら、その周辺を歩いてみる。それにしてもまだ9時だというのに、すごい人手だ。外にはみ出した人が、ショッピを片手に飲んでいる。言葉もまともにしゃべれない人が一人でくるとさぞかし大変だろうな、と思いつつ店の看板と今日の出演などが書いてある紙を見て歩く。その中の1軒「カリオカ・ダ・ジェマ」が気に入った。演奏は、ショーロとサンバらしい。最高に盛り上がる夜中の1時にはまだまだ早いが、さすがにその時間まで、人ごみの中にいるつもりはなかったし、帰りのバスも心配である。入場料を20レアル払い入った。中央のスペースを開けるようにおかれたテーブルは70%の埋まり具合である。どうやらこのスペースで踊るのだろう。9時半を過ぎやっと演奏が始まった。声がまだ、なんとなくうわつっているようである。喉がこなれてきたのか次第にショーロ独特の軽いようで重たいリズムが、表現され始めた。気がつくと、だれもいなかったダンススペースは、踊る人々で一杯である。日本では、音楽は静かに酒でも飲みながら聴くのが普通だが、ブラジル人は、音楽が聴きながら踊るのである。だから、みんなリズム勘がいいのだ。一人で納得しながら、壁際でひっそりと音楽を聴きながら皆の踊る姿を見ていた。しかし疲れた。今日1日歩きっぱなしであったから、そう感じるのも仕方がない。まだ11時で人がどんどん入ってくる時間であったが、僕にはもう十分であった。

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帰り間際には、人が膨れ上がっていた。まるでカーニバル時期のサンボドロモである。お祭りでもないのに、どうしてこんなに人が集まるのか? ブラジルは人が集まるところに行きたがる習性があるようだ。


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