9・10 自分の写真 (2007/09/11)
いろいろな溜まっていた雑務がやっと片付き、昼寝もできるようになってきた。家の動物達も心なしか太って、元気になってきたような気がする。やっぱり飼い主の気持ちがじかに反映するのだろう。精神的に辛いときも、仕事に追われているときも彼らは随分と僕の気持ちの支えになってくれたので、こんなときには彼らの世話をできるだけしてあげたい。 気持ちに大分余裕がでてくると、自分の写真も撮る気持ちになってきた。夕暮れ時の町を写真を撮りながら久しぶりに歩く。しかし、写真を撮る目がない。感覚が随分と鈍っているのだ。ついつい大きな面ばかりみて、細かな人の表情を見れない。 自分の写真とは?」ずっと常に自問自答してきた疑問である。2月に日本で写真展をしたときに、なんとなく解りかけてきたような気がしたが、またわからなくなってきた。映画の1シーンのような写真、匂うような写真、何故か気にかかる写真、・・・・、常に自分の頭の中において撮ってきた。しかし、今は思うようにその瞬間が見つけられない。撮れない。デジタルになり、写真がカラーになってきたこともあるだろう。もう一度、僕の大好きなカルチェ・ブレッソンの写真を見直そうと思う。
 | 夕暮れ時。仕事を終え、家路に帰る人々からは、昼間に見せる鋭さも消え、どこか寂しげで、ほっとした様子がある。 |
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