移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2020/09/19)
3・11 物乞い [画像を表示]

3・11 物乞い (2008/03/13) 今日もあてどもなく、写真を撮りながらセントロを歩いていた。どうも、写真がうまく撮れない、そんなことを考えながら歩いていると、全くお金を持ってきていないことに気付いた。ズボンのポケットを探ると、それでも数枚のコインがでてきた。数えると2レアルちかくある。少なくとも、これでカフェを飲むことができる。そう思いながら、リベルダーデ方面に足を向けた。
 そろそろ6時近くなり、昼間は取り締まりが厳しく姿を消しているカメロー(路上販売人)も、ボツボツとルア(通り)に出てきて商品を並べている。そんな様子を眺めながらゆっくりと歩いていた。と、一人の30過ぎほどの白人系の女性が声をかけてきた。てっきり道を尋ねてるのだと思い、足を止める。最初、何を言っているのか解らなかったが、どうやら、バス代がないので2レアルくれ、と言っているらしい。
 彼女は普通の服を着たごく普通の人のようで、決して人にお金を恵んでもらっているようには見えない。しかし、この手の人間に3回ほどだまされたことを、何故かそのとき思い出した。
 1回目は日系人の男性で、食べるお金がないのでお金をくれ、というのでかわいそうになり3レアルあげた。そのころは、僕も大変な時期で、そのお金は僕の昼飯代であった。彼は不満気な顔をして、これじゃランシ(軽食)も食えないから、もっとくれという。その言葉を聞いて、頭に血が上り、じゃあ返してくれというと、彼はそのお金を握って立ち去ってしまった。あんな奴にやるんじゃなかった、同じ日本人だからかわいそうに思いお金をあげたのに、つくづく後悔してしまった。
 2回目は、あるメトロの駅で、普通の服をきた叔母さんがいかにも困ったような顔をして、メトロ代がないのでお金をくれと言ってきた。このときは、いつ自分も何かの原因で同じような立場になるのかもしれない、と思いメトロ代分のお金を渡した。そうすると彼女はありがとうも言わずに立ち去り、今度は他の人の近くにいきお金を請い始めた。それを見てほんとうにがっかりしてしまった。
 人にこの話をすると、「君はやさしそうな顔をしているからね」といわれ、ちょっと嬉しかったが、他の人に比べてやさしそうな顔だとは到底思えないので、多分話しかけやすそうな頼み易そうな間が抜けた顔をして歩いているのかもしれない。普通の人にお金を請われると、多分本当に困っているのだな、とついつい思ってしまい、あげてしまう。本当は路上生活者や乞食の方が困っているかもしれないのに。
 この女性には、この嫌な思いが蘇り、結局お金をあげなかった。もしかしたら本当にバス代がなくて困っていたのかもしれない。しかし、帰りのバス代がなくて街に来るか、という疑問が生まれた。しかし、しかし、それにもまして来なくてはならない事情があったのかもしれない。なんとなく後味の悪いことをしてしまった。
 サンパウロを歩くと驚くほど物貰いが多い。ストリートチルドレンには、お金をあげても、麻薬を買うだけであるから、あげないようにしているが、それ以外の人々には、そのときの気分と懐次第であげるようにしている。友達の中には「一時凌ぎのためにあげてもしょうがないから、あげない」と決めている人もいるが、一時凌ぎであろうと、その瞬間でも幸せに気分になってもらえれるのなら、それはそれでいいと思うので、できればあげたい、と思っている。が、人にモノやお金をあげるという行為は、自分が相手の上にいるようでなかなかできない。だからタイミングとそのときの気分次第となってしまう。

311.jpg
白いシャツの男はダンボールの上にチョコレートをのせて売っている。いろいろな商売があるが、物貰いもひとつの職業だと思う。 


 


前のページへ / 上へ / 次のページへ

楮佐古晶章 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2020 楮佐古晶章. All rights reserved.