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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2023/01/16)
6・20 入り場所

6・20 入り場所 (2008/06/21)  仕事の関係でお寺にいく。その防犯設備のものものしさに少々驚く。窓という窓の頑丈な鉄の格子が入り、敷地ないは鉄柵で囲われている。お寺というと、日本のオープンな空間に慣れているだけに、どうしても異質に感じてしまう。場所柄仕方のないことなのだろう。ブラジルでは、墓荒らしや教会に泥棒に入る不遜な輩が多く、カトリックの教会や、イスラエル教の教会なども同様な設備のところが多い。神様のものを盗んでいくなんて、日本では考えられないことである。罰があたるなんてことも考えないのであろう。
 穏やかな、柔和な顔の住職さんが、親切に応対してくれた。実は、先日、日本からきた人にキレ行為をされてたので、僕のどこかに人を怒らせるような因子があるのでは、と心配していたのだ。住職さんとは初めて会うとは思えないぐらい気がぴたっと合った。まるで随分前から知っていたような感じさえ受ける。今思うと、会った瞬間に大きなエネルギーで包まれたような気さえする。長い間、仏の道を歩んでいると、人を穏やかにする雰囲気とエネルギーが身についていくのだろう。悟った人間とはこんな人なのかもしれない。宮本武蔵を思い出しながらそう思った。
 話しているうちにいい話を聞いた。このお寺では、納骨してくれ、永大供養をしてくれるというのだ。もちろんお金はかかるが、お墓を買うことからすれば安いものである。去年、日本で墓参りをしているときに、死んだらどこに入るのだろう、と心配になった。ブラジルかどうかわからないが、多分僕が死ぬのは日本ではないだろう。交通事故や事件に巻き込まれたり死ぬ可能性は、日本の数倍は高い。ましてや、夜中そういった場所をウロウロしたり、血圧が高い僕は、いつポロリと逝ってしまうかわからない。そうなると無縁仏になる可能性が高い。もし、ブラジルで死んだら、ここに入れてもらおう。そう、思うと身体のどこかが軽くなった。


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