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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2023/01/16)
3・1ファベーラ取材Ⅲ

3・1ファベーラ取材Ⅲ (2009/03/02)  エリザベッチの家から、どぶ川にそって更に3分ほど行ったところで、ミエコさんが立ち止まった。赤いレンガがむき出しになったファベーラの典型的な小屋である。戸が閉まっており、人のいる気配がない。
 一人の黒人系の男がぼんやりとどぶ川を眺めている。髪の毛に白いものがちらほらと見えるからもう50歳は越えていそうである。ミエコさんが、「タチアーニは出かけているのかしら?」と聞くと、その男は「出かけていないみたいだよ」と教えてくれた。僕に、小声で彼女が「あの人はもう長いことエイズを患っているらしいわ」と教えてくれた。
 そんな話をしていると小屋の中から「誰?」という声があった。
「今日、来る約束していたミエコよ。タチアーニはいるかしら」
 突然、ドアの横から、手が出てきて、くくりつけていたノブの紐を解き始めた。この家は中から鍵を閉めるのではなく、外から閉めているようである。ドアが開いて14、15歳のほっそりした少女が現れた。「何しに来たの?」そのつっけんどんな言い方に、これはちょっと無理だろうな、とほんどあきらめの気持ちになった。「タチアーナの娘さん? お母さんに今日取材させてくれるように頼んでいたんだけど。写真とらしてくれるかしら?」
ミエコさんの言葉に彼女は、あっさり「いいわよ」と答え、家の中に僕を招きいれてくれた。
 中は薄暗く、14型のテレビがぼんやりと映像を映し出していた。10畳ほどの小屋の中は半分は壊れた電機製品などゴミ? であった。そして最近の大雨のせいか、土がむき出しの床は湿り、ところどころにある水溜まり光っていた。「散らかっているけど・・・・」少女はちょっとはにかみながら言った。僕の部屋もかなり汚く、とても人を入れられる状態でない。もし写真を撮らしてくれと頼まれたら、僕は絶対断るし、見せるだけでも嫌である。それを考えると、彼女が許してくれたことは、いくらミエコさんの力があるとはいえ、不思議でならない。
 この小屋もやはりガス台がないようで、ドアのすぐ近くに煮炊き用のレンガが置かれていた。よくこんな状態で生活できるものである。僕も日本で、学生時代に、超極貧に陥ってしまい、ガスが買えなくなり、ストーブで煮炊きした覚えがある。火力が弱く麺類は伸びてしまい非常にまずかった。あの頃の生活の思い出が蘇ってきた。ただ、僕の場合は父に泣きついたら、お金は何とかしてもらえただろうし、しようと思えばアルバイトもすることができた。その頃の僕はすべてのことに対して自虐てきになり何もする気がなくなっていた。僕にとって暗黒の時代であった。彼らとはまったく状況が違う。多分かれらは、誰にも頼れず、仕事に就くこともできないのだろう。そんなことを思いながら小屋の中を眺めた。
 奥にあるベッドに少女に座ってもらって、写真をとらしてもらった。1枚目、2枚目、彼女は寂しげな顔をして雰囲気のある写真であった。彼女が見せてくれというので、画面に映し出してみせると「よくない!」という。当然、こんな寂しそうな顔は嫌いだろう。「笑ってよ」そういうと彼女は愛嬌一杯の笑顔を見せた。今度の画像は気に入ってくれたようで、画像を見てニッコリした。
 そうしているうちに彼女の友達らしい黒人女性がやってきた。「何をしているの!」非難しているような口ぶりだったので、これはまずいことになるのではないかと思い少し心配になった。僕の書いているノートを見て何を書いているのかと聞く。日本語で書いているノートを見せると、興味を持ったようで、彼女の名前エリアーナを日本語で書いてあげると、非常に喜んで嬉しそうに笑った。それから随分と対応が変わり、自分の腕に日本語の名前をほるのだという。先ほどから気にかかっていたのだが、少女の腕に書かれていた緑の文字TATIANAというのは、あまりにたどたどしい書き方だったのでてっきりマジックで書かれていると思っていたのだが、刺青だったのだ。思わず、二の腕に書かれた部分を指で触ると、彼女がにっと笑った。
「刺青なんかしないほうがいいよ」とつい口にでてしまった
 こんな小屋で生活しなければならない彼女が無残に思えたが、彼女自身からは、さほど気にした様子が覗われなかった。今度来る時は写真と日本製の飴を持ってくるよ、というと嬉しそうに愛嬌のある笑顔を見せてくれた。
別れ間際に「あんたの名前は?」と尋ねてきた。「アキ」と答えると口の中で反芻しながら手を振ってくれた。
 貧困、人間の弱さ、強さ、無知、性・・・・、今日は、いろいろな意味で重い1日であった。


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