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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2020/07/01)
3・25 弓場農場へ

3・25 弓場農場へ (2009/03/30)  弓場農場の勝重さんから、「ヤマ(農場)に来ない?」という電話があった。今までに何度も、勧められてきたが、どうも人と共同生活をするということに苦手意識があり、ずっと断ってきていた。それと、サンパウロに住むある女性から、弓場の人は皆凄くて、特別だ、というようなことをしばしば聞いていた。彼女があんまり言うものだから、ヘソ曲がりな僕は、そんな凄い人たちの住む所には行く気がしなかったのである。今回行く気になったのは、勝重さんの人柄と自分自身の生活の流れを変えるキッカケにしたかったからだ。
 なんでも決めるまでは非常に時間がかかるが、一度決めてしめてしまうと行動は早い。さっそく勝重さんに行く旨の連絡をし、バスのキップを購入するためにバラ・フンダのバスターミナルに向った。ミランドポリス行きのキップを窓口で買おうと、何回か「ミランドポリス行きのキップをください」というが、発音が悪いのか通じない。横にいた青年が気づき、「ミランドーポリス」と言い直してくれた。やっと21時半発のキップを購入できた。
 電話で、ミランドーポリスの町まで、迎えにきてくれる、と勝重さんは言ってくれたが、できるだけ手を煩わしたくなかった。農場の前を通るローカルバスがあるそうなので、それに乗り継ぐことにした。朝の5時半に到着。ターミナルは思った以上に小さく乗り継ぎも心配なさそうである。サンパウロからのバスはセミレイト(リクライニングシート)で結構楽であったが、久しぶりの旅のせいかあまり眠れなかった。頭がボーッとしている。ターミナルに面しているバール(軽飲食店)で、とにかく甘~いカフェを飲んでやっと頭がすっきりした。
「コミュニダーデ・ユバに行きたいのだけど、どこでバスに乗ったらいいのですか?」と頭が真っ白になったイタリア人風の主人に尋ねると「もうすぐしたら、前の乗り場に来るよ」と教えてくれた。どうやら、町のほとんどの人がユバ農場のことを知っているようである。
 6時半にアリアンサ行きのかなりくたびれた感じのバスが到着した。このバスのようである。次々に人々が乗り込んでいく。農場や学校に通う人々らしい。ボンジーア(おはよう)、ボンジーア、と挨拶を交わしながら皆乗り込んでくるのが初々しい。そういえば、オーロプレットでも、旅人の僕にも皆挨拶をしてきたことを思い出した。ひさしぶりに、気持ちの良い朝の挨拶をすることができた。
 運転手に「ユバでおろして」と頼むと親指をたててニッコリ笑った。多分、ユバに行く日本の旅行者が結構多いのだろう。慣れている様子であった。
 バスは町を通り抜け、淡い朝の光を浴びながら赤土と緑の中を進んでいく。20分ほど走った所に、コミュニダージ・ユバと書かれた緑の看板が見えた。バスを降りるとニコニコしながら勝重さんが待っていた。

 


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