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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2020/04/05)
7・29 気分は音楽家 [画像を表示]

7・29 気分は音楽家 (2011/07/30) 「路上の音楽家」というテーマを決めて、今写真をとっている。セントロやパウリスタ通りでは、最近、路上の音楽家が増えた。ひとつには、2年前に公開された「路上のソリスト」が影響しているのかもしれない。それまではせいぜいギターの演奏くらいだったのが、バイオリンやサキソフォンなどを演奏する人が急に増えたような気がする。
 パウリスタ通りの演奏家は実際に楽器をかなり弾ける人々がほとんどだが、セントロの音楽家は単に楽器を持っているだけの路上生活者が結構多い。写真を撮らしてもらった、御茶ノ水橋のおじいちゃんはキコキコキーキー、バイオリンを鳴らすだけであった。楽器は単に、お金を寄付してもらうための道具なのだろう。しかし、僕はこうしたおじいちゃんが大好きだ。気持ちは音楽家! それで道行く人を楽しませることができたらそれは十分価値がある。その証拠に多くの人が前におかれた募金箱に寄付をしている。最近パタリと姿を見せなくなったが、おじいちゃんは元気なのだろうか?
 土曜日の夕方、うっすらと青みを帯び始めた、人気の少なくなったセントロ街で、クラリネット滑らかな音が建物の間を縫うようにしてどこからともなく流れてきた。ときどき調子を外すが、それが周囲の人寂しい雰囲気に合間って、なんとも言えぬ哀愁を演奏に加味している。音の流れに惹かれるままに、歩いていくと、シャッターの下りた靴屋の前で、独りの黒人系の青年がクラリネットを吹いていた。彼の周囲には小さなスーツケースと2,3のビニール袋、そして彼の前には小さな紙の箱が置いてあった。
 気持ちを奮い立たせて「写真を撮らせてもらっていい?」と尋ねた。気が弱く、人見知りをしやすい僕には、見知らぬ人に写真を撮らせてもらえるように頼むのが非常に苦手なのだ。しかし、風景の一部としてでなく、その人を中心に撮るのだから許可をもらわない訳にはいかない。心身と共に調子がいいときには、さほど躊躇をすることもなくさっと頼めるが、調子が悪いときは「もしかしたら撮られるのが嫌かもしれない。断られたらどうしよう」などと余計なことを考え、なかなか頼めない。「写真を撮りたいけど、どうしよう・・・・」頭の中で葛藤が渦巻く。やはり写真は心身ともに調子がいいときでないと良いモノは撮れない。撮ること以外余計なことは考えず、圧力とエネルギー、そしてあらゆる手段を使って撮れるカメラマン、それがプロというものかもしれないが、僕にはなかなかそこまで徹しきれない。・・・・・。
 幸いなことにこの青年はニッコリ笑って許可してくれた。しかし、絵になりそうで絵にならない。せっかく、こんないいチャンスをもらったのにもったいない。結局、自分の思うような写真は撮れなかった。
「いつも何処で吹いているの?」「夕方からはここだけど、昼間は25・デ・マルソ通りの橋のしたかな」そうかなとは思っていたが、彼は路上生活をしているようであった。何処でクラリネットなんか習ったのだろう? 楽器はどうしたのだろう? いろんな疑問が沸いてくる。しかし、せっかくの演奏を邪魔しては申し訳ないので、写真を渡す約束をして、心ばかりのお礼10レアル(500円)を箱に入れてその場をい立ち去った。
 セントロの音楽家たちは、まともに楽器も弾けない、気分は音楽家というような人が多いが、楽器は彼らの拠り所であり、生活の糧であるのだ。そういう意味においては立派なプロと言えるのではないだろうか。

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