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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2023/01/16)
4・5 4月5日 [画像を表示]

4・5 4月5日 (2013/04/06)  4月5日、今日でなんと50歳。半世紀もいきてきたわけである。よくぞここまでしぶとく生きてこられたと思う。
 みなそうだと思うが、10代の頃は20台半ばで死ぬだろう、と思っていたし、20代になると30代半ばで死ぬだろう、とぼんやり思っていた。さすがに30代、40代になると死ぬなんてことは考えなくなってきたが、それでも50歳に自分がなるとは考えたこともなかった。それだけに50歳という年齢は自分にとって大きい意味がある。人生の一区切りが過ぎたという気がする。
 50歳にいたるまで、僕が知っている限りで2度死ぬような事故にあった。1度目は5歳の頃、木登りをしていて落下。頭から落ち脳震盪を起こし、2晩ほど意識不明だったらしい。2度目は37歳の頃ブラジルでロデオの撮影中に馬に顔面を蹴られ、鼻の骨骨折、8針を縫う事故に遭った。あと1センチ上の眉間を蹴られたら死んでもおかしくなかったと思う。この時は一瞬意識が飛び、空中に浮かんで地上にいる自分を見た意識をいまだに覚えている。おそらく死ぬ間際だったのだろう。その他にも自分が気が付いていないところで、何度か死を紙一重で免れてきていることある思う。
 大学まで、海外にでるなんて一度も夢にも考えたことのなかった人間が、いつ何が起こってもおかしくないブラジルに住み続けていること自体が不思議だし、世界でも有数の犯罪都市サンパウロで、ほとんど危ない目にあうこともなく未だに生き続けているということは非常にラッキーであると思う。テレビで毎日起こる殺人事件のニュースや不慮の事故のニュースを見ていると、本当にそう思う。人生には意味のない事など無い、とよく言われるが、僕がブラジルに来て事故にも遭わずサンパウロで生き続けているということは、ほんのささいないなことかもしれないが何か意味があるのかもしれない。
 自分的には、死ぬことが運が悪くて、生きていることが運がいいことだとは思わない。まだ生きているということは、まだ僕自身しなければならないことがあるのだろうと思っている。50歳にして、これから何をしなければいけないのか全くわからないが、生きるためにもこれからまだまだ2踏ん張り3踏ん張りしなければならないことは確かである。
 日本の友人たちが、安定路線にはいり、そろそろ第一線からしりぞき、ゆったりとした老後の生活を考え始めているこの時期にまだまだ頑張らなければならないということはつらいが、今まで自分がやらなければならないことをしてこなかったらから仕方がないと思い頑張るしかない。

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