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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2023/01/16)
12・19 サンパウロとローマ [画像を表示]

12・19 サンパウロとローマ (2013/12/19)  町を歩いていると、誰かに見透かされているような、妙に頼りげない気持ちになった。歩いていたのはセ広場の東北部にあたる、ちょっと危ない地域である。写真を撮りたいシーンに遭遇したが諦めた。もしカメラを取られたら泣くに泣けない。
僕はそんなにカンが強い方でもないし、微妙な雰囲気を読み取ることもできないが、少しでも嫌な感じを受けた時は逆らわず、さっさとその場を離れることにしている。おそらく、先日襲われかけた? ので今日神経質になっていたのだと思う。しかし、その場を離れると、いやーな感じは消えたので、もしかしたら、誰かにずっと見られていたのかもしれない??? 
 村上春樹の「遠い太鼓」を読んでいると、1990年ちかくのイタリア事情の説明が出てくる。数年前のサンパウロにそっくりである。泥棒は多いし、適当だし、すぐ人のせいにするし・・・・。サンパウロはイタリア移民の多い所であるから、イタリア人気質の影響が強いのだろう。ただ、ブラジル人はイタリア人に比べると皆労働意欲はあるし、少しだけ優秀なような気がする。
 この本によると、1990年前後のイタリアはとにかくスリやかっぱらいが多かったらしいが暴力的な犯罪は少なかったらしい。今のサンパウロはすり、かっぱらいも多いが拳銃を使った強盗など暴力的犯罪が多い。襲われて、素直にお金やモノを渡しても、撃ってくる奴がいるから危なくてしょうがない。罪を犯しても刑務所にいれられない未成年犯罪が増えたからだ。彼らは、ドラッグを吸引している場合が多いし、気持ちを抑制することができないので怖い。大人がヘタに反撃して傷つけたりすると相手は少年だから罪になる。彼らもそのことをよく知っているから始末に負えない。大人は盗まれても暴力を振るわれても何もせずにやられるままにしとけということか・・・。まったくこの辺のブラジルの法律はおかしい!
 氏は、ローマの町を歩くときは前後左右常に気を配って、心休まることはなかったそうである。サンパウロも似たようなモノである。テレビを見ていると取材された買い物中の60さいほどの小太りのおばちゃんが
「外にいるときは、まったく安心できないわ。いつ襲われるかわからない。家に帰ってやっと心が休まるわ」という言葉が耳についた。ブラジル人でさえこんな感じであるから、日本の臭いをプンプンさせた日本人旅行者なぞましてやである。世界中から人々がやってくるワールドカップはどうなるのだろう。治安がますます悪くなっているだけに心配である。

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夏らしくなって来たと思ったら、また肌寒い日ガ続く。カッ暑い真夏はいつ来るのだろうか?


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