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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2020/09/17)
4・1 鏡の中の母

4・1 鏡の中の母 (2014/04/01) 寝ぼけ眼で鏡をみて驚いた。自分の顔があまりにも死んだ母に似ていたからだ。小さなころから、母親似と言われていたからおかしなことでもないのだが、年をとるにつれ、鏡の中の顔は父親に似てきていた。もう今更、顔がどうのこうのという年でもないし、10数年前にロデオの撮影中馬に顔面を蹴られ、鼻が潰れたボクサー鼻になってしまっていたから、不細工だと言われようがもうあまり気にしていない。とはいいつつも、自分が写った写真を見せられる度に自分ノ顔ヲ見てうんざりしてしまうが・・・。整形でもすれば、少しは元の鼻筋の通ったきれいな鼻になるのだろうが、今更そんなことをする気もない。
今の僕を見ても信じてもらえないかもしれないが、母は、周囲では美人で通っていた。母の若かりし頃の写真を見ると、確かに美人であった。去年帰国したときに、義理の弟に「お兄さんは、お母さんに似ていますね」と言われ不思議な気分になった。というのも、その頃は、どちらかというと普通以下の面相の父親に似てきたと自分では思っていたからだ。おそらく、雰囲気が最近母にそっくりになってきたのだろう。
母は、肺病をはじめ大病を何度かくりかえし、最後には脊椎ガンで亡くなった。家は裕福でなかったが、決して子供に貧しさを感じさせなかった。僕は大学に入るまで自分の家が貧乏だということを知らなかった。金持ちではないが、ごく普通の家庭だと思っていた。貧乏を知らずに成長できたのは、父母の苦労のおかげであった。そんな母の苦労を考えず困らせてばかりだった。今になってやっと、父母の苦労が解る。
今まで息子のこともほとんど考えず、自分のことしか考えてこなかった。あきらかに僕には、「子供のために」という気持ちが欠けていた。子供に対する愛情が普通の親よりも少なかった。おそらく息子は悔しいほどに貧しさ、父愛の欠如を感じてきただろう。息子が成人するまでにそのことに気づいてよかった、と思う。今さら、愛情いっぱいになんてはできないが、父母から受けた恩の数分の一でも、息子に返せれるようにしていきたい、と思っている。
鏡の中の母を見て、そんな考えが頭の中を巡った


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