寝床で本を読んでいてはっときづいた。 あいつは嫌がらせをやっていたのだ！　そう思うと急に腹が立ってきた。 　エレベーターに乗って降りていると、８階に止まり男と女が何も言わずに乗り込んできた。最近、このアパートも人の出入りが激しく住居人がよく変わる。その二人は初めて見る顔だった。恐らく新しい住居人なのだろう。ブラジルでは礼儀として、乗り込んできた方が、「Ｂｏｍ　Ｄｉａ（おはようございます）」「Ｂｏａ　Ｔａｒｄｅ（こんにちは）」などと挨拶をしてくるのが普通である。彼らはなにもしなかったので、僕も何もしなかった。 　そのうちに男が、「このエレベーター臭いな」と言ってＴシャツを鼻の上までたくしあげた。その男は皮ジャンを着てなんとなくヤクザっぽい。僕にはまったくそんな臭いはしなかったが、もしかしたら、僕から犬の臭いでもしているかと、気にかっかった。 　そのときは、まったく気にしていなかったが、臭いと言う態度があまりに露骨だったので、自分でも気が付かないうちに頭の片隅に憤然としたものがかすかに残ったのだろう。その後、数時間たって本をよんでいて突然気が付いた。アイツは僕が東洋人だということで、嫌がらせでああいうことをしたのかもしれない！　イヤ、きっとそうだ！　今までそうした差別や嫌がらせを日本でもブラジルでも受けたことがなかったので気が付かなかったのだ。 　仕返しとしてやろう、文句を言ってやろう、差別で訴えてやろう、などと怒りで頭が一杯になった。しかしよく考えてみれば、本当に何かが臭かったのかもしれないし、嫌がらせでしたとは必ずしも言えない。そのとき自分が臭いのかもしれないと思いエレベーターを出て自分の衣服を臭ったが臭くはなかった。１ｍも離れた人間に臭うとなると、さすがに自分でも臭さが解るはずである。確かに、中国人や韓国人は独特の香辛料やニンニクを食べるので部屋にたくさん集まると臭いが匂いがする。普段、僕は、野菜と魚、果物などしか食べないから、ブラジル人よりずっと体臭はないはずである。香水はあまり好きでないのでつけないから、もしかしたら体臭がするかもしれないと思い、何度かつきあっていた女性に聞いたこともあるが、「匂いはないわ」という返事だった。だから、まず体臭はないと思う。 ブラジルは人種差別発言や行為に対して非常に厳しい国で、裁判沙汰になることもしばしばあり、社会的にもかなり徹底的に裁かれる。もし、本当に人種差別であれば勝訴する可能性は高い。 と、ここまで、怒りに任せ想像を膨らませたが、たった１回で、ここまで考えるのは完全な勇み足である。もし、嫌がらせが、２回、３回と続くようだったら、対策を練ろうと思っている。とは言っても、証拠は必要なので、携帯の動画はいつでも撮れるようにしておくつもりだ。

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