1・23 冒険 (2018/01/22)
ドラッグストアーで、無くなってしまった血圧降下薬を買っていると雨が降ってきた。しばらく店の軒下で止むのをまっていると、降りが小休止になった。商店が軒を並べるセントロの通りを速足で家に向かった。この頃のサンパウロは、突然嵐の様なスコールが起きるからのんびりとはしてられない。 正面から、白人系の若い女性が向かってきていたが、別に気にも停めなかった。正面の1m先で止まり何か言い始めた。最初は僕に言っているのかさえもわからなかった。僕の顔をみているので僕に何か言っていることに気が付いた。 「初めてサンパウロに来て、泊まるところもないの。路上で寝泊まりするのは初めてでお金もないの。コインでもいいからお金をくれないかしら」 というようなことを、小声で言った。顔を見るとメガネをかけているものの20歳前後の美人である。上品そうな顔をしているし、服装はこぎれいで決して路上生活をしているように見えなかった。あまりに可愛いのと「コインでもいいから」と言う言葉に反応し、ズボンのポケットに入っている限りのコインをいくらあるのか確かめもせず、女性にあげた。それでも5レアルほどはあったはずだ。もし、10レアルくれ、だとか、20レアルくれとか言ってきたらあげなかったと思う。 去年、いろんな人にだまされたり、盗まれたりを経験して、どんな美人がきても信用しないしお金もあげないと決めていた。それなのに、彼女のかわいい顔を見て、お金をあげてしまった自分にあきれた。 若い女性は「ありがとう」と言ってあっさり去って行った。商店街を速足で歩いているうちに、おもわず、可愛かったな、と言葉が漏れた。もっと、親切にすれば良かったかな? 地方から家出してきたお金持ちの子供かもしれない。などといろいろと想像した。 家に連れて帰って、一緒にくらしているうちに若い女性と中年男性に恋が芽生える、なんていう映画にありがちなストーリーまで夢想した。が、すぐ現実に戻った。知らない人間を家に連れ帰る様なことをしたら、目が覚めれば、家の金目のものは何もなくなっているだろう。あるいは、悪警察官とつるんだり、美人局をしているのかもしれない。後で男がやってくることは十分考えられる。ここは日本ではなく治安の悪いブラジルなのである。いや、ブラジルだからこそ、そんな映画の様な事がおきるかもしれない、などとああだ、こうだ、家に帰る道すがら夢想した。 今の僕には、たとえどんな美人でも、知らない人間を家に連れてくるというような冒険をする勇気はない。もし、20代、30代の自分だったら話を聞いて家でしばらく面倒を見てあげたかもしれないが・・・。社会にすれてしまい、すっかり冒険ができなくなった自分が少し寂しくなった。 しかし、何故僕に声をかけてきたのだろう。東洋人だったからか? あるいは、お金をくれそうな親切そうな顔をしていたからか? お金持ちに見えたのか? せめて、それくらいは聞けばよかった。
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