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南米漂流
     今日のブラジル 写真日記 (Photog...  (最終更新日 : 2023/01/16)
9・18 元にもどりつつ・・・ [全画像を表示]

9・18 元にもどりつつ・・・ (2020/09/16) 時が過ぎるのは早いもので、武漢肺炎がブラジルで流行しはじめて早や半年である。
 今年の2月下旬、ルア・デ・カーニバル(路上カーニバル)に集まった人々が、雨の中でも平気で踊りながらパレードをする人々をアパートの窓から見ながら、これでブラジル中に武漢肺炎が拡散されるだろう、と思った。ブラジル人は、南米にまで武漢肺炎は来ないとおもっていたようだ。しかし、それは甘い考えだった。案の定、武漢肺炎はあっという間にブラジル中に広まり、感染者数は世界第2位になった。現在は死亡者が13万人を超えてしまった。1日1000人以上が死んでいくのだから驚きである。カーニバルの前に武漢肺炎はブラジル中に広まっていたという話も聞くが実際はどうだろう? 
 それでも、今は、死者、感染者も増える率は少しおさまりつつあるようで、インドに世界2位の座は譲った。
 ブラジルで、僕の仕事が完全に止まったとき日本に帰国することを本気で考えた。数年後の将来を考えていくのでなく、その日、その日を生き抜いていくことに考えを移した。そうせざる負えなかった。
 お金がないので食べることを抑え、一時期、体重が50キロを割った。ストレスからか禿げた。自分だけでなく皆が困っている時であったし、誰に頼るつもりもなかった。いや、こんなときだからこそ誰にもたよれなかった。もし、日本にいたら、兄弟にはSOSをだしていたかもしれない。食を抑えると言っても、全く食べれないわけでないし、栄養バランスはとっているつもりであった。 
 なんとか一息つき落ち着いたころ、友人からの電話があり、一緒に飯を食べに行った。そのとき友人が何も言わずに米や醤油、みそなどをくれた。ずいぶん助かったし、うれしかった。このときのことは一生わすれない。 
 サンパウロのレストランやバール(軽食屋)やお店は、営業がほぼ再開され、閉鎖されていた公園なども解放されはじめ、生活は戻りつつある。しかし、実際はまだまだ元に戻るまでは時間がかかりそうである。失業者は800万人以上(全国)いると言われていし、セントロを歩くと、未だにシャッターが下ろされたままのお店や、「売ります」の看板がでている所が結構ある。
 お店をあけても、赤字であるという話も聞く。皆お金がないから当然である。それにもかかわらず、大豆やコメ、豚肉などの値段がびっくりするほど上昇している。おそらく、マスク同様、ドル高を利用して安い穀物や食料を買い漁っている国があるのだろう。
 セントロにテントを張って暮らしていた路上生活者が増えていたが、徐々にいなくなっている。州政府のはたらきで、それらの人々は土地や職が供与され、移っていっているのであろうか?? そういうことはネットニュースをみてもライブ・ニュースを見てもあまり報道されていないのよくわからない。
 体重は元に戻りつつある。髪も生えたらいいな~

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イッペー・アマレーロ(黄色)がセントロのいたるところで満開。やっと武漢肺炎も一息ついた感じもする


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