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サンパウロの憂鬱な1日 (2009/01/01)
最近、仕事がない。 カメラを持って、薄汚れた灰色の古いビルディングが覆いかぶさるように聳え立つサンパウロのセントロを、トボトボと野良犬のようにあっちこっち毎日ほっつき歩く。疲れてノドが乾くと1レアル(50円)のココナッツジュースを飲み、イピランガ大通りの片隅で、どろどろに薄汚れたヒッピーがイヤリングやおどろおどろしいどくろの置物を地べたに並べて売っているを見て廻る。なんの思想もなく脳天気なブラジル人にはヒッピーは似合わない。ただただ汚らしく見えるだけだ。ジレイタ通りでは、道一杯に商品を広げパラグアイから密輸されたおもちゃやCD、小さな電気機器が売られ、歩くのも大変なほどだ。 セントロをひとしきり歩き回って最後に足が向くところがストリップ劇場である。不思議なことに気持ちがいらだてばいらだつほど行きたくなる。薄暗く、汚い劇場の中に自分と同じような人間を見つけ、妙に安心するからかもしれない。 今日もやっぱり昨日と同じ様にストリップに足が向き、レプブリカ公園を突っ切ろうとしたとき前から二人の婦人警官と警官、3人のグループが前からやってきた。巨大なゴムの木や椰子が空を覆い隠すほどうっそうとしたレプブリカ公園の小道では、以前から麻薬の取引がされていて最近その取締りがきつくなっている。警官が二人の婦人警官に自分の力を誇示するかのように、僕の前に立ちはだかった。「身分証明書は持っているか」偶然持っていた運転免許を見せる。拳銃を持っていると思ったのか足をあげてすそをまくってみせろという。カチンときて、「日本では、警官はこんなに失礼なマネはしない。(本当は日本の警察もかなり失礼だと思う。特に京都府警)」というと「ブラジルの刑務所に入ったことはあるのか? ここはブラジルなんだ、警官は悪い奴らを殺すんだよ。殺す!」とすごんできた。横にいた婦人警官もちょっと言い過ぎているのではというような困った表情をして顔を伏せた。さらに彼はカバンを見せろというのであけてカメラをみせた。「カメラマンなのか・・・」「そうだ。ジャーナリストだ」というとわずかに態度を軟化させ、しぶしぶと解放した。ブラジルの警官は危ない。口答えなんかしないのが無難なのに、思わず反抗してしまった。やっぱり今日はイラついている。
シネ・カイオ
生活にくたびれきったバイアーノや、腹がでたトウの過ぎた娼婦がたたずむアニャンガバウーの谷にできた公園はまるで町じゅうの不幸が貯まって淀んでいるような場所である。市がどんなにモダンなモニュメントやきれいなタイルをはっても、その淀みは清むことがない。ここはこういう場所なのだ。その公園に面して、シネ・カイオがある。エロ映画のけばけばしいポスターやストリッパー写真がベタベタと貼られ、壁一杯に飾られた黄色や赤の風船が妙な期待感を膨らませてくれる。どうやって見ても冴えない、ちょっと入るのがためらわれるような薄汚い映画館なのだが、この谷ではスポットライトが当たっているように見えるから不思議だ。 客呼びをするミニスカートのストリッパー達を目当てに映画館の前の、花壇の柵にはいつも数人の男達がウルブー(黒コンドル、日本のカラスのようなもの)のように座っている。そのうえ、映画館の前でおしゃべりをしている女達を近くでみようと、ポスターを見るふりをして佇む男達がいつも5,6人はいる。みんな5レアルの金がないのだ。そんなわけで今まではどうも入りにくかった。だいたいこんなところに来る日本人はほとんどいない。今日は、イラついた気持ちが僕を押し切った。羨望とやっかみこもった視線を振り切りモギリで金を払う。 半分つぶれたような売店の前を通り過ぎ、中に入ると、真っ暗で人が席に座っているのかどうかさえわからない。目がなれてきて、空席にすわって背もたれに背中を倒そうとすると、背もたれがなく危うくひっくり返るところだった。目が暗闇に慣れて、よく見ると、小学校の体育館ほどの広さにある客席の、少なくとも2割近くが壊れている。画面ではヨーロッパ映画なのだろうか、独特の影のある映像の中で、もみごたえのありそうな胸をした白人女を黒人男が大声をあげながら攻めつづけている。 小さなバックを下げた女達の影が夕暮れの中を飛ぶツバメのように画面の下を右往左往する。「バモス・ファゼール・プログマミ(ちょっとセックスしない」一人一人、座っている客に声をかけていく。来る前に劇場通の友人から、女達がいろんなサービスをしてくれることを聞いていた。僕のところにもやってきたが、映画の光が逆光になり、顔はいっさい見えない。やっと顔立ちが分かる程度である。せめて、顔くらいはみたい。「ノン、オブリガード(いや、いいです)」と断っても、次から次へと女達が声をかけてくる。誘いに乗る気にはなれなかった。 会場がわずかに明るくなり、ディスコ音楽がボリューム一杯で流れ始めた。周りで見ていた男達がさわさわと舞台の方に移っていく。これからストリップが始るのだ。いかにも気の強そうな小柄な女が出てきた。照明が悪いのでやっぱり顔はよく見えない。女が前方に張り出た部分に出てくると逆光に変る。影絵のように女が踊り、両脇では男達がすこしでも女の身体に触ろうと手を伸ばす。まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の1シーンである。実際はちょっと太めで腰が大きすぎるボディもシルエットで見るとほれぼれするほど素晴らしい曲線を描く。口の中が乾きはじめ、興奮し始めている自分に気づいた。こいつとやろう、そう決めた。 前席の若い黒人男の隣りに女が座った。女がコンドームの小さな包みを口で咥え、手馴れた様子でさっとひきちぎり中身をとりだす。その切れ味の良い動きに、うす暗闇の中でスポットがあたったような気がした。その瞬間、男の股間に顔が沈んだ。女の手が動きはじめ、微動が伝わってきた。男は女の股間をまさぐろうとする。女は男の手を払いのけ、まったく無感動に、ただただロボットのように手だけを動かす。男の唇が女の首筋に吸い付こうとするや、さっと避けた。その数秒後、交尾するゴキブリが羽をふるわすかのように、かすかに男は身体を震わせた。10レアルを男の手から受け取ると、女は何もいわずに席を立って行った。男はのろのろと立ち上がり、何もなかったかのように黒いカーテンから光が漏れる出口に向って歩いていった。
便所の中で
「プログラマ?」お目当ての女がやってきた。「35レアルよ」「高いな」本当の値段は知人から聞いて知っていた。「じゃ25レアル」。売店で25レアルを払い、画面の後ろに連れていかれる。「どこに行くだい」「ここよ」といって指された場所は便所だった。画面の後ろには合計3つの便所があり、そのうちのひとつは便器の代わりにプラスチックの白いイスが置かれてあった。その裏寂れた場所を裸電球が照らし不思議な興奮を誘った。女は扉をしめ、さっさと服を脱ぎ始めた。彼女は思っていた以上に胸も小さく、インディオ系の顔はきつかった。まだ、完全に硬くもなっていない持ち物にコンドームの先を歯で軽く噛み、あっというまにかぶせてしまった。その技術に驚いてしまった。最後にわざとらしい喘ぎ声を聞きすべてが終了した。「今度はホテルでやりましょうね」そういって彼女は出て行った。 劇場の外はすっかり暗闇に覆われ、危なそうな影がちらほらと広場を交錯する。いらいらの変わりに、今度は虚しさに覆い尽くされ、偏頭痛が僕を悩まし始めた。
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