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イタケーラ植民地
     対談・随筆など  (最終更新日 : 2004/12/03)
随筆:「先輩に感謝」

随筆:「先輩に感謝」 (2004/12/03)
近藤実
 私がイタケーラに入植したのは一九四六年で、翌年区長になり共済会幹部として勤めさせて頂いた。
 当時の共済会長は水谷真三郎氏で、コロニアで穫れる農作物(野菜、イチゴ等)を中央メルカードに運ぶ世話役でもあった。朝四時の汽車でルーズベルト駅に行き、メルカード迄天秤でかついで歩いたものである。
 有名な入植者では松本圭一農学士、菅谷エンジェネイロ(エンジニア)、高垣氏、岡上氏、吉岡三兄弟、山岸先生、唐沢先生、鈴木ドクター等枚挙にいとまがない。これら学者、有識者が居住しておられた事は、コロニアにとり大きな幸せであった。コロニアに桃が適作物とわかり、桃祭が催され、年一年とイタケーラ・コロニアは世に知られるようになった。
 後世に遺す文化の中心として、三沢正人氏を委員長に選び、会館建設が村民総意の下に建設された。残念な事に、三沢委員長が工事現場視察中足場から落ちて骨髄を痛められたことは、痛恨に耐えない。会館は現在立派に建設され、一九八一年より日系クラブの名称のもとに二、三、四世の文化体育の殿堂として若い芽を育てつつある。一九五四年頃電化がなされ、其の後電話も入り文化村として栄えてきた。その頃は他の植民地の農家に、電気も電話も殆どなかった頃である。
 コロニア発展の為に活躍して下さった方々は、現在僅かに幾人になってしまった。昔を偲ぶと淋しくも感じる。今こうして不自由のない生活をさせて貰っているのも、昔の人の努力があればこそである。感謝の念で一杯だ。
 コロニアの人々はほんとうに真面目に働いてきた。思い出は山程あるが、思い出すままを書いてみた。
(一九八七年 記)


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