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イタケーラ植民地
     七十周年記念誌について  (最終更新日 : 2004/12/03)
発刊のことば

発刊のことば (2004/12/03)
イタケーラ日系クラブ評議員会長 記念誌編纂委員長 鈴木康夫
 時の流れは誠に早いもので、春には桃の花が、夏には桃の香がいっぱいになった「桃の里」イタケーラ植民地も一九二五年より七十年の歴史を迎えました。国には国の、州や市にもその歴史がある様に私達の植民地もその歴史があり、その記録を次の世代に残しておくことが現在の役員の務めではないかと考えてこの七十周年記念誌を作ることになりました。前に何回か記念誌発刊の計画がありましたが、その編集者がおらず延びのびとなっておりましたが、その責任者として小坂誠氏の協力が得られまして完成の運びとなり、その熱意に深く感謝する次第です。
 開拓初期、この植民地は農村地帯であり、電気も電話もなくこの植民地内で車も一~二台であり、ましてやアスファルトも街灯もなく、その生活を野菜作りに果樹の生産に、又養鶏の村としてフランゴ、タマゴを作り、サンパウロ市四〇〇万人の人口の食糧の供給地として栄えてまいりました。その農村の上に現在のコロニアがあると思います。
 都市化の波にのみこまれたこの植民地にあって、昔の方々が頑張ってこられた協同の精神でイタケーラ日系クルベが今後も日本文化の良い面を引継ぎ、ブラジルの良い面も取り入れて益々発展してゆくことを願っております。
 一九九五年十一月に開催されました七十周年記念式典に際しましては、村をあげてのお祝いとなり、イタケーラ植民地に関係ある人々をお招きいたし、併せてコロニア内で六十年以上に亘って古くから居られる方々全員をお誘い致しまして、三世の理事長である小田セルジオ氏を中心になごやかな話し合いの場所を作りました。勿論式典には、亡くなられた先輩諸氏に対してのミサを佛教連合会によって行い、あわせて六十年以上の功労者四十一名に対して感謝状と記念品をお渡し致しました。
 会場には入植当時より七十年間の写真をパネルとして展示いたしましたが、これは今後の大切な資料になると思います。これも、会員、役員による協カのおかげと心より厚くお礼申し上げます。なお、しばらく中止しておりました日語学校も小坂順子先生を中心として開校の運びとなり、今後の日本文化との交流にはなくてはならない役目を果たすものと考えております。最後に時の流れは変わってもイタケーラ日系クラブ発展のために力を合わせて進んで行きたいと思います。会員皆様によるご協力に対して心よりお礼を申し上げます。


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