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イタケーラ植民地
     七十周年記念誌について  (最終更新日 : 2004/12/03)
編集者のことば

編集者のことば (2004/12/03)
小坂誠
 イタケーラ植民地の創立は一九二五年のことであり、今日まで幾多の困難を乗り越えて七十年と言う歴史を刻んでまいりました。
 痩せ地にしか生えないバルバ・デ・ボーデと言う草で覆われたこの土地に都市が近くて教育に便利と言うことで各地から先輩が入植して苦労し、野菜に果樹に適作物を探りつつ遂に桃と言う一大産業を生み出しました。
 これは植民地支配人ジョネ氏、創設の親、石橋恒四郎氏、開拓初期の中村袈裟吉氏、桃の吉岡省氏を始めとする初期入植者の御努力によって今日の繁栄がもたらされたことは忘れてはならないことであります。
 一九八五年、入植六十周年の日系クラブ役員会で「六十年になるが、まだ植民地の歴史が残っていない、一世開拓者が健在のうちに記念誌を残そうではないか。」との発案があり、出版の計画に踏み出しました。
 その時の記念誌編集委員は吉田亘善氏を頭とする十名で構成され、植民地在住者の実態調査から開始されました。それから少しずつ進んではいましたが、途中、吉田氏の健康上の問題が起こり、編集委員でもない私に協力してほしいとクラブ理事長から頼まれて、共に資料集めに奔走したのであります。
 先ず困ったのは、日本人会共済会の資料が無い、植民地の古老に集まって思い出してもらったことがあるが昔のことは中々思い出せない。電話で聞いたり、古い開拓者で街に出ている人を訪ねたりしているうちに吉田氏が急に亡くなられるという事態が起こり、文章をまとめることをしたことがない私に責任が被さってまいりました。その時励まして下さったのが吉岡省氏で、松本圭一氏がよく文章を書いていたので訪ねたことがあったが、松本氏の友人古本氏が持っているのではないかとの話を聞いて遠くタピライまで足を運んだことがありました。
 日本人会の資料は無かったが、青年会と女子会は日誌記録が数冊残っていたので、それが大いに参考になりました。それから移民史料館に石橋氏の残した記録。八十八歳とは言えまだカクシャクとしている吉岡省氏の記憶と日誌があったので、どうにか記録的な記念誌の形が出来ました。まだ不備な点がありますが、後世に委ねるとして、この記録が後継者の郷土愛に少しでも役立てば幸いと思います。
 日語文が出来た時、コロニアで生まれた人達から「次の世代に残るものだからポ語文が必要です」との意見が出て、小田サダ女史に翻訳をお願いしました。
 終わりにこの記念誌発行が遅れたことを深くお詫び申し上げます。
 貴重な資料を提供して下さいました方々、又、出版に御協力下さった方々に深い感謝の意を表するものであります。(尚、記念誌文中敬称を略させて頂きました事ご了承下さい。)


記念誌編集委員
委員長鈴木康夫
委員吉岡省
勝野寿男
森田勝
井出勇一
尾和ジョン
小田セルジオ
小坂誠


特別寄稿者 吉岡省

・ 桃祭りの始まったいきさつについて
・ 終戦とイタケーラのコロニアについて
・ 植民地電化のいきさつについて
・ 農務大臣を迎える
・ スブルバーナ産業組合の創立と解散の過程とカーザ朝日の創立と解散の過程について


尚、掲載記事中、邦字新聞三社の新聞より多数引用させて戴きました。


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