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青木カナ・ド・ブラジル
     素晴しい世界旅行  (最終更新日 : 2008/02/20)
6月21日(水曜日)バラデイロからハバナへ移動 

6月21日(水曜日)バラデイロからハバナへ移動  (2006/08/12) バラデロから車で約2時間、海沿いをバスは走った。出発が遅く、3時にホテルを出て、ハバナに到着は午後5時過ぎ。一日を無駄にしたようで本当にもったいない気分。

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ガイドの人がいきなり、隣の席のカップルがブラジル人だと紹介してくれた。年は50過ぎといった所だろうか、上品な感じの夫婦はいきなりすごい勢いで話始めた。ブラジル人は自分の話を始めると、もう止まらない。自分達が泊まっていたホテルの話をベラベラと話始めた。

「最高だったわ!ホテルの接待が最高だったし、食事も美味しかったわよね!毎日、伊勢エビとカニが食べ放題だったから嬉しかったわ。」
「え、、、?」と私達、、、。「食事は良くなかったですけどねぇ。伊勢エビ?食べ放題?」
「あら、朝から生演奏でキューバ音楽が聞けたし、部屋は快適で、ちょっと飲み物がいまいちだったけど、あれだけのサービスを受けられれば満足だわ。ハバナなんかへ行きたくなかったぐらいよ!」と奥様は息巻いていて、旦那様は相づちを打ち続けていた。
「CVCのツアーよ、いいわよねー、絶対また来るわ!」

この最後の一言が、ガーンと来てしまった。CVCのツアーはブラジルでも代表的な格安のツアー会社だ。私達のツアーの値段と変わらないはずだけれど、ホテルの質も、食事も、なにもかも上だったなんて!ブラジルの5つ星ホテルも、レベルが結構高いので、この人達の話は本当だと思う。食い物の恨みは恐ろしい。思わず、根に持ってしまいそうだった。それに特に、朝からキューバ音楽がガンガン聞けたなんて!そういえば、知り合いのF氏が「バラデイロのホテルで良いミュージシャンが演奏している。」と言っていたのを思い出した。本当に悔しい。これが一番悔しかった!!!
くぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

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実はCVCツアーも調べてみたが、予定の日程で帰国しないといけなかったので、帰国が延期できる他のツアーにしたのだった。飛行機代+6泊の宿泊がついて=飛行機代のみ、というお得なツアーだったが、いろいろ落とし穴があるもんだ。今度行くときは、もっと下調べをしよう。

私達の目的地のひとつはサンチアゴ・デ・クーバ。そこでの音楽を堪能しなければ、キューバへ来た事にはならない気がしていたからだ。今回は最低でも、ハバナ、バラデイロ、サンチアゴの3都市を見たいと思っていた。次回はもっと田舎の町を、お祭りがあるときにまわりたいものだ。キューバ経験者は皆、「キューバは田舎の町に魅力が詰まっている。」と言う。バラデイロはもう2度と来る事はないと思う。残念無念!しかし、気持ちとは裏腹に、マイクロバスは軽快に走って行った。

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そうこうしているうちに何やら大きなポンプが現れた。バスのガイドに聞いた所「原油が出るのでこのようにポンプが配置されているんです。」と答えてくれた。そういえば、油のにおいがする。写真のようなポンプが、海沿いにたくさん並んでいた。なるほど、鎖国しても大丈夫な訳だ。その他、ガイドは色々話してくれたが、スペイン語だったので分かったのは20%程。それに訛りがあり、ちょっと聞き取り辛い。キューバの大きな問題のひとつ、交通手段があまり行き届いてないらしい。最近、中国からバスを1000台もらったそうだが、それでも解決にはほど遠いらしい。それにしても、中国やロシアから輸入の、車や飛行機のお古は、なんだか安心出来ないどころか、恐ろしい気さえする。

Chegamos em HABANA ! ! !

バスはハバナで一番古いというホテルイングラテーラに到着した。表ではバンドがソンという種類の音楽を演奏していた。ベース、ギターに似た少し小さめの楽器(多分、トレスという楽器)とフルートにマラカス、そしてみんな歌を歌っていた。雰囲気はとても良い4つ星ホテルだが、ふたを開けてみないと信じられない。表の門構えは立派だが中へ入ると案の定、2つ星ホテルという所だろうか。ブラジル各地で音楽探求旅行をして、旅費を安くあげるために超安宿に泊まり、さんざんな旅行をし続けて来たせいか、匂いがちょっとあったり汚い所では気分が悪くなってしまう癖がついてしまった。ここも例外ではなく、うるさい音を放つクーラーはほとんど効かないし、風呂場が臭い。しかし、物が無い所なのだからしょうがないではないか。初心にかえる。水がいつも出るだけでもありがたい。そんな事よりもハバナの街へ早く繰り出したくてシャワーをさっさと浴びて外へ飛び出た。

街並は古い建物が所狭しと並んでいる。夜は7時過ぎまで明るいので、まだ道を歩き回る時間はあった。知り合いから聞いた通り音楽が街から溢れている。
旧市街をどんどん奥の方へと歩いて行くと、ブラジルのファベーラ(貧民窟)のようなたたずまいで、思わず持っていた鞄のくちをぐっと手で締めている自分に気がついた。しかし、ブラジルの様に危険な事はなく、夜遅くまで歩いていても相当危ない場所へ行かない限り、別に問題はない様子だ。警察も街中にたくさん立っていた。(警察が事件が起きた時に解決してくれるかは別として)

とにかくライブが見たかったので、カサ・デ・ラ・クウトゥーラへ行った。旧市街の住宅地にある。ホテルからも歩いて行ける距離だった。着くなり突然、ある黒人の男がすごい勢いで話しかけて来たので、黙って聞いていたら「今日のバンドは良くないから、他の所へ行った方がいいよ。すごく良い所を知っているから、僕が後でホテルへ迎えに行くから。」といきなりの誘い。彼が言っていた良い店とは、後でタクシーの運転手に聞いたらただのディスコだったので、話に乗らなくて良かったと思った。こういう誘い話は聞いていたので、直感で断っておいてよかった。それに、こういう人は、おごってもらうつもりで付いて来るらしいから、レアル族(ブラジルのお金を稼ぐ人達の事)にはとんでもない話だ。ここではレアルの3~4倍の、”ユーロ”を使っているのだから、いちいちおごっていたら、たまったものではない。

そして、ガイドブックに書いてあるカサ・デ・ラ・ムシカ・ミラ・マールへ行った。旧市街からタクシーで20分、ビュンビュンと風を切って暗闇へのめり込んでいくようで、ちょっとした冒険心をくすぐられた。午後9時40分頃に会場に着くと、10時から入場開始だというので、その隣にあるCDショップへ行ってみた。新しいバンバンのCDがお勧めだというので聞かせてもらったが、あまりにモダン過ぎてちょっと好みではなかった。そういうと店員はボレロのCDを持って来て聞かせてくれた。もともとボレロはすごく好きだったので即買ってしまった。

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さて、10時を過ぎるとお客さんがじわりじわりと現れ始めた。会場は踊れるスペースもちゃんと通路に用意してあり、クーラーが効きすぎていて寒かった。暑い国では人が集まる所、長距離バスの中などクーラーが効き過ぎている傾向にあるらしい。薄手のカーディガンでも用意しておいた方がよかったのに、すっかり忘れてしまい、この後で大変な事になる。

さて、ビールとピナ・コラーダを注文して待つ事2時間、やっとライブが始まるかと思いきや、おじさん漫才師が出て来て漫才が始まった。あまりの寒さに震えて1時になってやっとライブが始まった。なんと待つ事3時間。若手の総勢13人のサルサオーケストラの演奏だった。技術があり、なかなかのスピード感で演奏しているが、何かぐっとくるものがいまひとつ無い。お客さんの反応もいまいちで踊る人が少ない。それでもだんだん盛り上がって来ると、お客さんはここぞとばかりに踊り始めた。これまたすごい!黒人のカップルから目が離せない。バンドよりも思わずダンスに見入ってしまう。ブラジルでもサンバ(ガフィエラ)やフォホーという音楽をカップルで踊るが、ブラジル北東部の人の腰の動きと一緒の感じだ。本当に腰がうねっている。黒人がサンバを踊るのと一緒なんだろう。ひとことでカッコいい。リズムと体が波打っていた。

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キューバは、人種的にはブラジルに比べて黒人がほとんどで、インディオも白人も少ないと感じた。社会主義国を旅するのは初めてで、国の政治体制の違いを感じられるだろうか?フォーミ・ゼロ(食事は配給制なので、餓死する人はいない)というのが本当だろうか疑問があったが、これから旅を続けていく事によって、その事実を垣間みる事だろう。

さて、それから1時間もしてオーケストラの演奏も盛り上がって来てみんな踊りだしたが、寒さに耐えられずホテルへ帰る事にした。タクシーを飛ばして旧市街へと向かう。そしてその晩からお腹の調子がめちゃくちゃ悪くなった。お腹をこわしてしまったのだ。それもすごい痛みを伴うし、トイレに真夜中に何度も通わなければいけないという最悪の状態になってしまった。インターネットでお腹をこわした人のキューバ旅行記を読んだが、なんでも3日間続いたとか。私も例外ではなく、ちゃんと3日間、うなる程お腹が痛かった。


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