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マツモトコージ苑
     2001年  (最終更新日 : 2006/07/05)
県人会の行方 次世代にどう引き継ぐか

県人会の行方 次世代にどう引き継ぐか (2006/02/10)
 一世から二世、三世への引継ぎが迫られつつある各県人会。そのほとんどは創立以来、半世紀前後の歴史を踏まえ、当初の親睦を目的とした団体は、今や母県とのつながりを重要視した次世代への活性化団体としての役割が求められている。しかし、各県人会は日系社会の求心力の低下に伴い、活動も以前より消極的になっているのが現状だ。最近では後継者への馴染みを深くするために「県人会」の名称を「文化交流協会」に変更するところも出てきた。今後、県人会はどうなっていくのか。各団体だけでなく日系社会全体に大きな課題が残されている。

(1)

 県人会活動に参加してきた一世たちは、当然ながら自分たちが生まれた土地を愛し、その地の文化に誇りを持っている。同県人が集まり親睦を目的に発足した県人会活動は一世たちにとって、日本から最も離れたブラジルで心の支えになっていたに違いない。
 しかし、今や県人会は次世代への引継ぎを迫られ、現在二世会長の県人会も十団体以上あるなど時代の流れを感じずにはいられなくなってきた。
 県人会には二世、三世会員も多いが、三世にとっては父母祖父母の県がそれぞれ異なると、極端な例では八県人会の会員になれる可能性がある。反面、「自分はどこの県人子弟なのか。ブラジル人ではないのか」という疑問が絶えずつきまとうことから、県人会活動に戸惑いを覚え興味を示さなくなるケースは多い。
 母県で一年間の留学体験を行った女性の県人子弟の中には、結婚を機会に夫が所属する別の県人会会員となり、留学で世話をみてもらった元の県人会活動には参加しなくなるという話もある。
 最近、県人会によっては二、三世の県人会離れを防止するために名称を変更するところも出てきた。
 熊本県人会(嶋田秀生会長)は今年の二月三日の総会で「ブラジル熊本県文化交流協会」との名称が承認された。名称変更の案は昨年九月から出され、理事会などで議論されていたという。嶋田会長は「名称が変わることに抵抗のあった一世もいました。私自身も抵抗はありましたが、二世、三世、四世の世代が会の活動に参加しやすいようにとの考えから会員の意見を聞いて決めました」と語る。
 また、会館名を交流センターに変える県人会も少なくない。広島県人会(大西博巳会長)は、六年後の完成をめどに広島国際文化センター(仮称)を建設し、今後二世、三世中心のよりどころをつくる方針だという。
 ただ、ある県人会では数年前に「会館」の名称が「交流センター」に変わることに一世会員が憤慨し、会を脱退した例もあるというから、一世たちがいかに「県人会」「会館」という名称にこだわってきたかがうかがえる。
 今後、各県人会は若い世代との考えのギャップをどう埋め、組織を継続していくのか。大きな課題への取り組みが残されている。

(2)

 現在の県人会の最も重要な事業の一つが県費留学・技術研修生制度。県連の前県費留学生・技術研修生委員長だった矢崎逸郎氏は「ゲートボールやカラオケもけっこうですが、留学生・研修生制度の継続は、これからの県人会活動の大きな使命です」とその重要性を強調している。
 今や留学生・研修生OBは数多く、各分野でブラジル社会に広く貢献している日系二世、三世がいるのは心強い。反面、日本で学んできた技術を活かすことができず、帰国してすぐに日本に出稼ぎとしてUターンするという笑えない話もある。
 昨年、留学生・研修生OBたちの二十周年記念式典を行った在伯福井文化協会(山下治会長)。九五年に事務所を移転したのを機会に名称も変更した。東京都友会(岩崎秀雄会長)とともに他県人子弟も受けつけている数少ない団体だ。これまでに留学生百三十人、研修生十人の計百四十人が福井の土を踏んでおり、母県との密接な関係が毎年平均七、八人という数多くの留学生を受け入れさせているようだ。
 富山賦一名誉会長は「親睦も当然大切ではあるが、私は母県とのつながりを主体にすれば、福井県出身という意識を持たなくても良いと思っている」と話す。
 一方、前県連会長の網野弥太郎氏は最近、知人との話し合いの中で「何故帰国した留学生・研修生たちのために県人会、県連としてサポート(支え)ができないのか」との指摘を受けたという。
 「ブラジルに帰ってきても日本で勉強したことができないなら、日本に行くという魅力もなくなる。ブラジルの不況の中で一年間のブランクはかえってマイナスになることもある。われわれ県人会関係者がどうして日系企業、ブラジル企業に紹介できないのかと思う。少しでも帰国子弟の援護射撃ができる道を探さなくては」(網野氏)
 山梨県の県費留学で先ごろ帰国した県人子弟の一人は、栄養士として日本食とブラジル食の比較をまとめたが、現在ブラジルで栄養士としての資格が活かせる場所を探さなけらばならないのが現状だ。
 「日本に行ったことで私たちにも日本文化が重要な価値であることを知りました。日本人の血が流れていることを大切にしたい」と留学生の一人は語る。
 また、留学生・研修生たちが望む学科、職種が母県にない場合もある。隣県、同じ地域に属する県人子弟が希望する学科や職種を検討し、それぞれの母県に相互の受け入を働きかけるなど県人会のブロック化を有効利用すればとの声もある。
 会館をあえて持たず「横のつながりは大事にしたいが、一世がいなくなれば県人会はなくなる」と割り切る団体もある中で、県人子弟の枠組みをどう位置付けていくか。母県とのつながりを保ちながらも、日系人としてアイデンティティー(独自性)を求める動きが少しずつ芽生えつつある。

(3)

 県人会のブロック化も北海道・東北、九州、四国、中国など少しずつ進みつつあるが、芸能、カラオケなど未だ一世中心の親睦的要素は強い。
 九九年五月に発足した中国ブロックは、若い世代が中心となった集まりにしようとスポーツやピクニックなどの行事を通じた交流が持ち回りで行われているが、将来的には各県人会の若者が興味を持つセミナーなどの開催も考慮している。
 県連会長で鳥取県人会会長でもある西谷博氏は「(活動の)音頭を取るのは一世でも、実際に行うのは若い人が主導でないと意味がない」と唱える。
 一世は、いかに若い世代を県人会活動に参加させるかを考える傾向が強いが、結局は県人会そのものに魅力がなければ人は集まらない。
 ブラジル岡山文化協会の二世会長、宮原純一氏は「岡山は十年ほど前から文化協会と名乗っているが、県人会の意識は当然強い」と話した上で、「二世の立場からするとヤキソバ会やフェジョアーダ会など行うことは良いが、若い人が来るのはその時だけ。二世や三世の意志を通させるような専門セミナーや価値がある催しでないと集まりにくいと思う。若い世代でも、日本文化に興味のある人は多い。彼らにいかにそういうチャンスを与えるかが問題」と率直な意見を述べる。
 県人会の意識が薄れる県人子弟たちが望んでいるのは単なる親睦ではなく、日系人のアイデンティティーを持った自己の確立でもある。
 ブラジル人からは「ジャポネス(日本人)」と呼ばれるが、自らはブラジルで生まれた「日系」ブラジル人だとの思いは拭いきれない。
 奈良県人会の女性会長有北和田之示会長(二世)は若い世代にリーダーとしての経験を積ませるためにも県人会活動は大切だと主張する。
 「三世や四世であっても心の中では昔の日本人の気持ちがあります。人が集まるところで意見が違ったりするのは当たり前。分からないところは一世、二世が手伝い、間違ってもいいから新しいことをやらせてみたい」と有北会長は若者の気持ちを大切にする。
 (1)親睦(2)社会福祉(3)文化継承を大きな目標として活動していると話す宮崎県人会の吉加江ネルソン会長。「県人会の傾向として会員が少なくなっている。二世、三世が集まれるようなセンターをブロック間でつくることができれば」と吉加江会長は一世と若い世代が出会う場所づくりを強調する。
 新しい世代になるにつれて県人会意識が薄れることは免れないが、考えようによっては、団体再編のチャンスでもありえる。世代間を超えた話し合いの場をいかにしてつくり、それを実行に移すか。各県人会だけの問題でなく、後継者を育成する日系社会全体の問題として、前向きな取り組みが求められている。(2001年3月サンパウロ新聞掲載)


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