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マツモトコージ苑
     2003年  (最終更新日 : 2007/02/18)
「泳ぐ宝石」に魅せられて [全画像を表示]

「泳ぐ宝石」に魅せられて (2006/05/09)  移民たちがブラジルでの第一歩を踏み出した場所サントスの南西に位置し、海水浴場として知られる観光地のイタニャエン。世界でも有数の海岸山脈地帯から、黒色に濁るリオ・プレットをさらにボートで遡(さかのぼ)った場所で錦鯉、金魚、熱帯魚などの養殖を行なっているのが西念(さいねん)マウロ幸造さん(五一、三世)だ。鯉が好きだった父親の後を継ぎ、この仕事を始めて約二十年が経つ。「一日中、鯉を眺めていても飽きない」という情熱が、厳しい自然の中での生活を支えている。大都市サンパウロから約三時間。大自然に囲まれた「楽園」とも言えそうな好環境で働くマウロさんの仕事ぶりを追った。

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 マウロさんが生まれたのは、モジダスクルーゼス郊外カプテーラ地区。父親の幸武さん(一九八五年に五十九歳で死去)が残した四アルケールの土地には、販売用に持ってこられた錦鯉、金魚、熱帯魚などが種類別に飼育管理されている。
 マウロさんの生活パターンは、平日はイタニャエンの現場で寝泊りし、週末をモジの実家で過ごすといったもの。
 元々、マウロさんは大学卒業後、土木技師として公営企業に勤めていたという。それまでの生活を顧みず、現在の仕事に就くことになったのは、生来の魚好きとともに尊敬する父の死があった。
 幸武さんはブラジル錦鯉愛好会(全日本愛鱗会ブラジル支部、尾西貞夫会長)の会員として趣味的に錦鯉を育てていた。父親の死後、同会相談役の尾上久一氏の勧めもあり、マウロさんが会員を引き継いだ。
 マウロさんの時代になってから、本格的に錦鯉を職業用として飼育するようになった。愛好会のメンバーからも「品質も高く、値段も手頃」と評判が良い。
 現在、モジではイタニャエンから持ってきた品物を保管し、販売。マウロさんの甥たちが依頼者のところまで搬送しているという。依頼はブラジル国内がほとんどだが、ボリビアのサンタクルースからも注文が入っている。
 マウロさんが扱っているのは、熱帯魚を含めた金魚類が七割。残り三割が錦鯉だ。現在、金魚は産卵期で、毎朝七時頃から水草などに付着した卵を取る作業が行われている。卵を親から離さないと親が卵を食べてしまうからだという。
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植物ろ過方式を導入
 同じ魚類でも時季があり、金魚の繁殖は五月から十一月までの比較的寒い時。それに対して錦鯉は九月から二月の夏場だと説明するマウロさん。日焼けした顔からのぞく人懐っこい笑顔が人柄の良さを感じさせる。
 週末にだけモジの実家に帰ってくるマウロさんは、そのたびに各水槽の浄化作業を行わなければならない。「本当は毎日やらなければいけないんだけれどもね」と言いながらも、慎重な仕事だけに従業員には任せきれないようだ。
 水槽のろ過作業には段階があり、「バクテリアろ過」したあとに浮草などをによる「植物ろ過」を行い、最後にポンプで組み上げた水をさらに「植物ろ過」している。これらの方式は全日本愛鱗会からの指導で行なっているという。
 実家には母親のミサコさん(七四、二世)が健在で(当時は健在だった。04年頃に死去)、マウロさんにとっては憩の場所だ。現場と実家の約二百キロの道のりを往復する現在の生活を継続するには、相当の気力と体力が必要とされるのは言うまでもない。
 「好きだからこそ、できる」―。
 マウロさんの目が輝いた。

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器用にボートを操縦するマウロさん
 マウロさんのモジの実家を訪問した二日後、錦鯉などを養殖しているイタニャエンからさらに奥の現場へと向う。
 この日、現場まで連れて行ってくれたのは、何回か足を運んでいるというブラジル錦鯉愛好会のメンバーの一人、浅村龍彦さん(五六)。サンパウロを午前六時に出発。車で約二時間かけてイタニャエンに到着。同地でマウロさんと待ち合わせイタニャエンの海に流れ込むリオ・プレットをボートで十五キロ川上に向って遡る。
 リオ・プレットの両岸には原始林が埋め尽くされ、アマゾン地域かパンタナールでないかと見間違うほど鬱蒼(うっそう)とした景色が広がっている。ところどころ自然のランが木々の間に生えており、鳥のさえずりがどこからともなく聴こえてくる。
 「本当にここはサンパウロなのか」―。というのが本音のところだ。
 マウロさんのボートに船外機を付けて川を行くが、潮が引いていることと乾季のために水が少なくなっているという。一見、簡単そうなボートの操縦だが、川底に隠れた部分には岩や流木が沈んでいる。それを見分けながら進むには、川のことを充分に知っていることと熟練した腕が必要だ。本流は問題なく進んでいたが、川幅の狭い支流に入ると、とたんにスピードが落ちた。
 川底が浅く、水草が流れに沿って揺れているのが見える。ボートのスクリューが絡まないように避けながら、左右にうねった川道を上る。
 ボートに乗ること約四十五分。ようやく上陸。岸には大型トラクターが用意されていた。ボートに積んできた荷物をトラクターが牽引する荷台に移し替え、我々もそこに乗り込む。現場まで約二キロほどの道のりだが、先週の雨で泥道がぬかるみ、ところどころ雨水が溜まっている。マウロさんの気の利いた配慮が嬉しい。
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ぬかるんだ道をトラクターで行く
 トラクターから臨む景色が開けた。前方にはイタニェンからの海岸山脈がそびえているのが見える。山側には植林された椰子の木々が広がり、海側には鯉などを養殖している水槽が田んぼのように並んでいる。インドネシア・バリ島の田園景色を彷彿とさせる。
 この地は、「カショエイラ・ダス・パリャス」と呼ばれ、周辺にはほとんど人が住んでいないようだ。
 この日は朝から時々霧雨が降る曇天で気温も適度で心地よいが、普段は湿度も高いことから蚊やブヨのほか、ヘビなどの虫類、爬虫類も多い。自然に慣れていない都会人にとっては、厳しい環境だ。
 山側に建てられている小屋は三十年ほど前、マウロさんが父の幸武さんとともに造った思い出深いものだ。今でも電気はなく、もちろん携帯電話も通じない。夜はランプをともし、食糧や生活品はイタニャエンで一週間分をその都度、買出すという。
 幸武さんの時代には当初、バナナを主に植えていたということで、その面影は今も見える。
 現在は信頼のおける従業員二家族が住み込み、金魚や錦鯉の入れ替え作業などを行なっている。以前はブラジル人に自分が雇い主だということを分からせるために、常に銃を携帯していたというマウロさん。
 「何事もすべて自分でやらなければ、誰も手伝ってはくれない」という独立心が、厳しい自然環境に対峙している。

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 人里離れた同地の面積は百二十七アルケール。そのうち、実際に養殖場として使用しているのはわずかに五アルケールほど。田んぼにも似た水槽は22×12メートルのものが七十八あり、レンガ式の2×1メートルほどの小さな水槽が三十余りあるという。
 水槽は単に穴を掘っただけでなく、浄水用のパイプを底下に通し、その上に土を被せて水が漏れないように底面を固めるなど工夫されている。
 水は海岸山脈から流れ出てくる天然水を引き、金魚や錦鯉など種類別、大きさ別に分けている。小さな水槽には透明度の高い水が入れられ選別用として使用されている。
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「泳ぐ宝石」に見入るマウロさん
  水槽を覗くと「泳ぐ宝石」と言われる色とりどりの錦鯉の幼魚が無数に泳いでいる。熱帯魚が毎月三万匹、錦鯉が毎年八万匹、モジの実家を通じて各地に出荷されているという。
 錦鯉は卵から孵化した稚魚はわずかに一、二ミリ程度だが、一年間で十センチほどに成長する。錦鯉の平均寿命は七十歳前後だが、高齢のものでは二百歳を超えるものもあるようだ。
 全日本愛鱗会が指定している錦鯉の種類は、「大正三色」「昭和三色」「丹頂」など十三種類。その規定に合わせた生育が行われているが、それ以外のものは商品にはならない。
 「体型、色、模様ともに絶品という鯉は二十万匹で十匹残ればいいところ」と、マウロさんの説明。良質の鯉を育てることが、いかに難しいかが伺える。それでいて「一日中見ていても飽きることがない」というマウロさんの言葉が、その熱の入れようを表している。
 同地には、幸武さん時代から植えられた椰子の木々がある。これが温室と同じような作用となり気温を保つ。霜害の被害に遭いにくいなど、自然の設備をより効果的に利用している。
 マウロさんの仕事は魚へのエサやり、選別、水質管理、消毒、草刈りなどいくらでもある。週末のたびに実家に帰ることは心身的、経済的にも大変だと思われる。
 しかし、マウロさんは言う。「人間は何事も慣れると危ない。人間は本来、社交性のあるもの。ここだけに留まると人に会うのが嫌になる」と。
 同地で育てられる錦鯉のほとんどは、ブラジル錦鯉愛好会の会員たちの手に渡るという。マウロさんの技術と商売に対する正直さが、絶大なる信頼を受けている。
 「自分の心の中には、日本人という気持ちが強い」と話すマウロさん。今は亡き父親から叩き込まれたことは、ボートの操縦や川の道筋を見極めるといった技術的なことと共に、「人間としての正直さ、人間関係の大切さ」だと強調する。
 「今の自分があるのは父親と母親のおかげ」――。
 マウロさんは、このことをいつも心に留めながら活動している。
 同地へは将来的なエコ・ツアーの計画もあるようで、サンパウロから程近い自然観光地として人気が高まりそうだ。
 (おわり・2003年10月サンパウロ新聞掲載)


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