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マツモトコージ苑
     2007年  (最終更新日 : 2018/11/15)
第7回日系農協セミナー・モジ方面視察

第7回日系農協セミナー・モジ方面視察 (2018/11/15)  第7回日系農協活性化セミナーの一環行事で、最終日の生産地帯視察として去る(2007年)1月25日、各農協代表者はモジ・ダス・クルーゼス方面への見学旅行を行った。訪問先は、ピンドラマの花岡キノコ生産農場をはじめ、同地域でアルファッセ(レタス)などの葉野菜を栽培する堀田農場と、イタペチにある芳賀(はが)観光農園の3か所。今回は各農協代表者のほか、ブラジリア日本大使館、サンパウロ総領事館関係者も積極的に参加し、日系農業生産者の実態に触れた。

(1)

 一行は午前7時半にサンパウロ市リベルダーデ区のホテル前を出発し、最初の目的地である花岡キノコ生産場に予定より1時間早い午前9時に到着。
 農協セミナーの主催者側が準備した資料によると、同地域は約30年前に台湾からの移住者がキノコ栽培を始め、モジからサンパウロに出荷されるキノコの九割を台湾人が占めるという。
 同農場代表の花岡実男さん(46、宮崎県出身)はマシュルームの栽培を始めて18年。8年前からはシメジ栽培も導入している。元々、花岡さんは会社員で、同所では父親が養鶏を行っていたという。現在、残った鶏舎を利用してキノコ生産が行われており、その周りには保温効果を高めるために牛乳パックの厚紙が「壁」として張り巡らされている。牛乳パック用の厚紙は1年に2、3回張り替えるが、2平米(1㎏)で5レアルと安価なため、設備投資費も少なくて済むのが大きな利点だ。
 シメジの生産量は1日30~40㎏。500mlほどの瓶にユーカリのオガクズ、米ぬかを混ぜたものを入れて120度で殺菌処理し、菌を入れて12度から15度の温度に保ち、100ルクスの光で24時間照射させるという。種類は普通のものと黒シメジがある。
 「一番神経を使うのは、雑菌を入れないようにすること」と花岡さんは指摘しており、菌床に使用する堆肥づくりには特に力を入れているという。
 マシュルーム、ヒラタケなど種類によって堆肥づくりにも違いがあるが、マシュルーム用堆肥の場合、25トンを1回分として、鶏糞、馬糞、バガス(サトウキビの絞りかす)、ブラッキャリア(アフリカ産の牧草)にアンモニア、大豆かすなどを入れて3週間で完成させるのに、週2回切り返し作業を行うという。
 グループごとの案内で我々に説明をしてくれた同生産場の従業員である島岡強さん(38、2世)によると、雑菌を殺すためには温度が80度にならないと良い堆肥ができないとし、一行が見学させてもらった堆肥からは湯気が立ち上っていた。
 作られた堆肥は専用コンテナに入れられ、約50度で4、5日寝かせられるという。
 堆肥は自分たちで作る以外に、品質調査用として外注も行っている。自作の堆肥と他の堆肥を比べることで、品質の安定を図っている。この日、生産場の入り口ではポルテイラ・プレッタから来たという大型トラックの堆肥を下ろす作業が行われていた。
 菌の植え付けから3か月ほどで生産されるというマシュルームの生産現場を見せてもらう。一抱えほどあるビニール袋に堆肥が詰められ、小屋によって大きさは違うが白いマシュルームが生長しつつあった。菌床には、ところどころに綿が置いてあり、害虫のダニを取る効果があるという。
 創意工夫が、花岡農場の「売り」でもあるようだ。
 一行は、次の訪問地である堀田農場へと向かった。

(2)

 午前11時。同じモジ郡ピンドラマにある堀田節臣さん(61、2世)の自宅に到着。堀田さんの案内で、マイクロバスで10分ほどの距離にある野菜畑に向かう。
 堀田さんは25年間にわたりセアザ(サンパウロ州食糧配給センター)で販売を担当していたというが、10年前に兄が亡くなったことをきっかけに、葉野菜生産活動を受け継いだ。現在は、息子が中心となって生産を行い、堀田さん自身は生産と販売全体を統括しているという。
 マイクロバスを降り、坂を少し上ったところに色鮮やかな「緑の大地」が広がっていた。暑い日差しの中で、潅水用のスプリンクラーが間隔を置いて回っているのが涼しげだ。
 堀田さんが所有する全体の土地面積は50ヘクタール。30ヘクタールの土地で葉野菜が栽培され、残りの20ヘクタールには、ミレットと呼ばれる緑肥などを植えているという。
 「今の時期は雨が多いので、量が出にくい」と説明する堀田さんだが、同農場では毎日1000箱から1200箱を出荷している。苗は外注専門で、同地から50~60km離れたビリチーバ・ミリンやサレゾーポリスなどから1週間に600~700バンデージャ(1バンデージャは、288苗)を仕入れている。
 出荷先の75%はセアザで、残りは次男が営業しているスザノの販売所などに卸している。堀田さん自身、25年間セアザで働いていた時の信用があるほか、現在は娘がセアザで働いていることもあり、出荷・販売代金の回収も円滑にいっているようだ。また、堀田夫人が銀行に勤めていることもあり、特に資金面で困ることはないという。
 アルファッセは種類にもよるが、大体、40日から45日で生育し、一苗の生産コストは20~30センターボで、販売額は70~80センターボといったところ。
 さらにバスで移動し、二つ目の土地を見せてもらう。同地では、アルファッセ・クレスパ、アルファッセ・ホマナ、エスカローラなど主に5つの種類を生産。250平米(1×250メートル)の土地に一立方の堆肥を使用しているという。
 労働者の数は35人前後。平日は午前6時半から午後4時まで働き、土曜日は午後2時まで。日曜日は基本的に休日で、繁忙期のみ潅水管理のため日曜出勤がある。人件費が売上の10%から12%かかる中、「労働者には、オーラ・エストラ(特別手当)、13か月分の給料(ボーナス)や休日出勤費用など法律通り、きっちりやっています」と堀田さん。労働問題でのトラブルが多いブラジル農業界だが、労働者が納得のいくやり方を実践している。
 一行は次の訪問地であるイタペチの芳賀観光農園へと向かった。

(3)

 イタペチの芳賀観光農園に向かう途中、大雨が降りだし、大型トレーラーの横転事故により一行は渋滞に巻き込まれた。しかし、前半の視察が円滑に進んだため、芳賀農園には午後1時半と、予定通りの時間帯に到着することができた。
 施設内で昼食をとった後、早速、農園を見学させてもらう。
 農園の面積は10アルケール(約24ヘクタール)。長女のカズエさん(40、2世)が中心となって経営し、「親として口出しすることは何も無い」と芳賀さんは全面的にカズエさんを信用しているようだ。
 ラン栽培でも有名な芳賀農園。栽培用のハウスとともに、17万ドルかけてつくったという開花調整のための冷房施設を見せてもらった。「今は開花調整をやっていると金がかかって仕方がない」(芳賀さん)とし、その代わりにラン用の施肥として醗酵ボカシや魚醤などを生産。それらの販売も行っているという。
 「日本の書籍を見ながら見様見真似でやってみたのよ」と笑う芳賀さんだが、「農業者は生産物を作るだけでなく、微生物を生かしたやり方を研究しなければ」と娘の代に経営を任せつつも、今なお研究熱心だ。
 同じ生産物を数多く、良い品質のものを生む「実生(みしょう)」ということを芳賀さんたちは常に心がけている。例えば、同じデンドロビウムでも気候風土により変わったものができるという。
 「アメリカで、ぶん投げられていた『マリリンモンロー』と呼ばれるランを三浦さんという日本人が持ってきて、ブラジルでは大人気を得たというケースもある」と芳賀さん。「いずれは日系人も『実生』するよ。時間がかかるのは当たり前。日本人は短期決選型の民族で、先を急ぎすぎる」と、品種だけでなく場所に合ったものを育てる必要性を、日系社会の今後の動向も含めて指摘する。
 芳賀さんが突然、カトレアの原種を差し出して見せてくれた。同船者で同じコチア青年だった故・成松行則氏(2002年11月に68歳で死去)からもらい受けたものだ。南リオ・グランデ州サント・アントニオに住んでいた成松さんが生前にイタペチに持ってきた大切な品物で、亡くなった友人への思いと気持ちを汲ん芳賀さんが現在、増やしているという。
 一行はこの後、標高が約700メートルある観光農園の頂上へと案内された。一万リットルの地下水を汲み上げた貯水タンクがあり、四方の山並みが見渡せる絶好の場所だ。
 農園には果樹や樹木など総数で約7000本が植えられているという。現在、観光農園は桜祭りなど3月、6月、9月、12月と3か月に一回、大きなイベントを開催しており、今後の集客力が期待できそうだ。
 視察旅行に参加したADESC(農協婦人連合会)代表の宮田千恵子さん(56)は、「(農協セミナーの芳賀さんの基調講演の席上で)芳賀さんの奥さんに対する感謝の言葉を聞いて、同じ女性の立場として涙が出ました。日本人1世の男性は、なかなか奥さんのことを口に出して褒めないものね」と、感心する。
 「これが私の最後の仕事と思っている」と芳賀さんは頂上からの景色を充実した顔で見詰めながら、「自分の夢として、ここに青葉城を造りたいのよ」とつぶやき、豪快に笑っていた。(おわり)

 


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