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マツモトコージ苑
     2008年  (最終更新日 : 2018/10/25)
イタペチニンガ農業視察

イタペチニンガ農業視察 (2018/09/27)  サンパウロ総領事館分室(小林正博室長)、ブラジル農業拓植協同組合中央会(農拓協、近藤四郎会長)が共催した第8回日系農協活性化セミナーで恒例の農業生産地視察ツアーが、最終日の(2008年)1月24日に実施され、各農協代表者一行はサンパウロ(聖)市から西に約170キロ離れたイタペチニンガへと向った。同地では、リンゴ、アメイシャ(スモモ)などの果樹類を生産する田辺農場をはじめ、伊藤釣堀場などを訪問し、汎イタペチニンガ地域野菜・果樹協会(セルソ・サラッタ会長)関係者との懇談が行われた。

(1)

 午前6時半、聖市リベルダーデ区のホテルを出発。大型バスに揺られて約3時間、午前9時20分にイタペチニンガの田辺農場に到着した。
 同農場では、汎イタペチニンガ地域野菜・果樹協会関係者と農場主の田辺巌さん(73、高知県出身)の出迎えを受けた。
 主催者側が作成した資料などによると、田辺さんは1966年に同地に転住し、トマトやジャガイモ作りを行ってきたという。現在は果樹生産が中心で、セミナー参加者一行が訪問した際には、接ぎ木したリンゴの木が3メートルほどの高さに生長していた。
 リンゴの生産は今年で3年目。エバ、コンデッサ種などがあり、南伯のリンゴ生産地として有名なサンタ・カタリーナ州サンジョアキンより1カ月早出しし、昨年は卸値が1箱(18八㎏)28レアルと値段が良かったという。
 リンゴの耕地面積は、「イタペチニンガでは一番大きい」(田辺さん)。年間生産量はヘクタール当り、20~30トンに上る。
 苗はサンタ・カタリーナ州のフライブルゴから取り寄せ、オランブラ(オランダ系農協)の農業技師が月に1回の割合で指導に来ている。
 5年前まではアメイシャ(すもも)で儲け、1本の樹木から最高で120㎏収穫したこともあり、「笑いが止まらなかった」と表情を崩す田辺さんだが、アメイシャに病気が入ったことを機会に、主にリンゴ生産へと切り替えた。現在は、様々な種類の試験栽培も行っている。
 「こんな暑いところでリンゴを生産するには、相当に力を入れないとできないと思う」と感心するのは、アルゼンチンから参加した日系農業者団体協議会会長の佐々木マルセロ氏。10年ほど前までは、ブラジル国内で販売されるリンゴのほとんどがアルゼンチンからの輸入品だったが、ブラジルでの生産技術向上に伴い、国産品が主流となってきた。
 佐々木氏の話によるとアルゼンチンでは現在、生産コストがリンゴの半分で済む洋梨づくりに転換されているという。
 田辺さんの最大の悩みは、息子が医療関係の仕事に携わり、後継者がいないことだ。それに加え、通常でも10人は必要な労働者が、6人と手が足りない。
 「1人、信頼できるガイジン(ブラジル人)がいるけど、1人じゃ何もできないし、土地を売りに出してもいるけど、なかなか売れないしね」と田辺さん。剪定(せんてい)バサミを手に、自らリンゴの枝を切る姿が目に焼きついた。

(2)

 一行は田辺農場を後にし、汎イタペチニンガ地域野菜・果樹協会組合員の土地などを視察した。
 一行を先導するのは昨年まで同協会会長で、今年から副会長を務める坂下義弘さん(59、石川県出身)。ドミニカ移民で、1963年にブラジルに再移住している。
 同協会は、94年のコチア産組、南伯農協中央会の解散後、地元で野菜・果実の技術指導が受けられなくなったことを懸念し、両組合の元組合員たちが中心となって2002年に創立されたという。
 現在の会員は45家族。イタペチニンガをはじめ、周辺地域在住者が組合員となっている。日系の会員は一割程度と少ないが、同協会では技術講習会や果樹栽培先進地視察などを積極的に行い、生産物の品質向上に努めている。
 バスを降りると、眼前に緑の大豆畑が広がっていた。緑の中には、3月の収穫を前に小さな房が実っていた。遠方には、コンピューター制御による潅水システムのピーボ・セントラルも見える。
 大豆畑では早速、パラグアイや南マット・グロッソなどからの大豆生産を中心とするセミナー参加者たちが、作物の生長具合などを実際に畑に分け入って熱心に見ていた。
 同地域会員の説明では、一部トランジェニコ(遺伝子組換え)大豆も試験的に栽培しだしているという。
 同地での記念撮影の後、一行は最後の目的地である伊藤釣堀場へと向った。
 釣堀場の所有者は、イタペチニンガ生まれの日系2世・伊藤実さん(68)。3年前までは、「イトウグラス」と呼ばれる芝生生産販売会社の共同経営者として勤務していた。
 伊藤さんは1968年から1年間、北米に留学した経験を持つ。73年頃から友人の薦めにより、アメリカで目にした芝生をブラジル国内でも栽培することを実践。75年にイトウグラス社を設立し、イタペチニンガだけで4000ヘクタールにおよぶ芝生を植えてきたという。
 現在は年金生活者となり、会社から退職金代わりに25アルケール(約60ヘクタール)の土地を提供された。釣堀そのものは10年ほど前に造られたものだという。
 レストランや娯楽施設もある同所で、地元イタペチニンガ文化体育協会(加藤憲造会長)関係者も一緒になっての懇談会が行われ、高田洌(きよし)第1副会長と近藤四郎農拓協会長がそれぞれ、歓迎のあいさつと謝辞を述べた。
 高田副会長によると、同地の移民100周年行事として、6月21日にはサンパウロ市内とは別に独自の記念式典を地元のアイルトン・セナ体育館で開催。記念事業として、市からの資金協力(総予算20万レアル)を得て、市内公園内に鳥居と記念碑を建立する計画だという。
 また、7月11日から3日間にわたって毎年恒例の日本祭りがイタペチニンガ文体協会館で実施され、今年はブラジルのメディアとタイアップし、3日間で約6万人の来場を見込んでいる。
 互いの情報交換を行った一行は、イタペチニンガ関係者と別れの握手を交わし、サンパウロへの帰路についた。(おわり)
 


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松本浩治 :  
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