森林農業(アグロ・フォレストリー) (2018/10/25)
パラー州トメアスーで森林農業(アグロ・フォレストリー)を実践している現場を見学する機会を得た。JICA(国際協力機構)の第三国技術移転研修として、同地の日系農場を実地のモデルケースとし、EMBRAPA(ブラジル農牧研究公社)などの関係者が北伯地域や南米の森林農業実践志望者たちに技術移転を行うプロジェクトだ。一日かけて、熱帯地域の森林農業の現状を取材した。
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プロジェクト・リーダーは、EMBRAPAベレン支局研究員のデルマン・デ・アルメイダ・ゴンサルベス氏(40)。同プロジェクトは森林農業の技術協力要請に基づき、CIA(混植アマゾン研究機関)とアマゾン各国および地域のEMBRAPAが情報を提供、TCTP(第三国研修)制度を通じて、JICAが資金協力を行うものだという。 2006年からの5年計画で、今年(2008年)で3年目。参加者の話し合いを基に1か月かけてプランを練り、毎年2、3週間にわたって実地研修が開かれている。今年は11月3日から同21日まで行われ、記者は11月17日のトメアスーでの日系農場研修に同行させてもらった。 参加者は、アクレ州、ロンドニア州など北伯地域をはじめ、ペルー、コロンビア、エクアドル、ボリビアなど南米近隣諸国在住者ら32二人。対象者はいずれも、森林農業技術をそれぞれの地域や国に持ち帰り、実践指導していく立場となる。 森林農業とは、熱帯果樹といった作物の間に材木などの原料になる樹木を混植して生産する方法で、ピメンタ(コショウ)のモノカルチャー(単作)により、病害の辛酸を舐めてきたトメアスーの人々にとっては今や、ほとんどがこの方法を実践しているという。一口に「森林農業」と言っても、その形態は生産者によって様々で、奥が深い。 午前7時半、通訳の松崎伸二さん(28、2世)とともに研修者たちが泊まっているクワトロ・ボッカス(十字路)のメイン・ストリート沿いのホテルに出向くと、現場に行くマイクロバスが2台停車していた。 リーダーのデルマン氏にあいさつし、研修者たちとともにバスに乗り込む。午前8時半頃、クワトロ・ボッカスから約10キロの距離で最初の実習地である高松農場に到着。農場主は、高松ジャイルソン影宏(あきひろ)さん(30、2世)。年齢以上に若く見える青年だが、CAMTA(トメアスー農協)の組合員で、技術主任でもある。 高松さんの父親である寿人(としひと)さん(64、長崎県出身)は、アマパー州都のマカパーに森林農業の技術専門家として3年のプロジェクトで指導に行っており、この日は不在だった。 高松さんの説明では、1978年から現在の土地に定着。当初はピメンタ栽培が主流だったが、病害の影響により森林農業に行きついたという。 実際に混植を始めたのは94年から。現在は熱帯果樹アセロラの単作が25ヘクタールと、カカオ、クプアスー、バナナなどやパリカと呼ばれるベニヤ板の材料となる樹木の混植の土地が25ヘクタールと、計50ヘクタールを所有している。 アセロラ、デンデ椰子以外の作物には98年から除草剤を使用しておらず、一部で有機農法も並行して実践している。しかし、現在のところ正式なセルチフィカード(認可)は受けていないという。 高松さんの案内で研修者一行は、農場内部へと足を踏み入れた。
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農場内部に入ると早速、森林農業の様子が眼前に広がった。 カカオ、クプアスー、マラクジャなどの熱帯果樹を中心に、間を置いてパラー栗やパリカなどの樹木が植えられている。農場というよりは、アグロ・フォレストリーの名の通りの「森」の様態を呈している。樹木の枝が重なりあい、昼間でも薄暗い場所がある。 作物の年間収量や植え込みの間隔など、研修者たちの質問が矢継ぎ早に高松さんに浴びせられる。 高松農場では、デンデ椰子が「アグロ・パウマ」と呼ばれるパラー州内タイランジア市の椰子油工場に送られる以外は、すべてCAMTA(トメアスー農協)に出荷。カカオの年間生産量は3000トン、アセロラ50トン、アサイ18トン、ピメンタ4トンなどとなっている。 混植で難しいのは、土地によって性質が違うため、何を植えるかによって収量にも影響が出ることだ。また、草刈などの作業により、刈った草そのものが肥料にもなるが、作業量が多く、人件費がかさむことにもつながる。さらに混植によって、ある程度の病気を押えることができるというが、その分、収量が少なくなるという問題もあるそうだ。 高松さんのアミーゴ(友人)で、自身も森林農場をトメアスーで実践している通訳の松崎さんは、「確かに混植は大変だけど、自分が好きな種類を選んででき、それが面白味でもある」と、高松さんの説明を聞きながらも、記者にそう教えてくれた。 高松さんの話ではここ数年、雨季でも以前に比べて雨量が少なくなるなど気候が変化してきており、潅水設備なども取り入れている。 バナナを混植している場所で高松さんが、バナナの樹を切り落とした。切り落とした樹の断片を半分に切り、地面に向けて置いておくと、有機肥料になるという。 また、バナナの樹の根本をすり鉢状にえぐると、たちまち樹の水分がお椀型になった部分に溜まり、小さな虫が集まりだした。「モレッキ・ド・バナナ」と呼ばれる害虫を駆除する一つの方法が披露され、研修者たちの興味をひいた。 しかし、コロンビア出身の研修者は「コロンビアの場合、同じやり方をすると、水が溜まり過ぎ、根が腐る」と指摘。また、ロンドニア州ではバナナの水分がモレッキ・ド・バナナのフェロモンと同じ匂いを発し、駆除どころか、害虫が増加する原因にもなると反論する意見も出された。地域や国によって、同じやり方が必ずしも好結果につながる訳ではないようだ。 コロンビアとベネズエラの国境に近いアマゾナス州サン・ガブリエル・ダ・カショエイラで、インジオに森林農業を指導しているリナルド・セナ・フェルナンデスさん(41)は、大型農業と小農の違いを単なる机上の理論だけでなく、実地を通して理解することを目的に、この研修に参加している。 「インジオは混植をしても、植える間隔などは考えない。この研修で具体的な間隔値を知ることや、熱帯果樹の出荷の際の箱詰めの仕方などにより、どのように価値を高めることができるかなどを見てみたい」と、見聞きしたことを熱心にメモしていた。 ブラジルとペルー国境地帯であるコロンビアのレチシアで、農業技術のインストラクターをしているというアストリジ・ロドリゲスさん(29)は、「ここで覚えたことを持ち帰り、自分の生徒たちにも教えていきたい」と笑顔を見せていた。
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午前中に高松さんの農場での研修を終えた一行は、昼食をとるため一旦ホテルに戻った。休憩の後、午後からは小長野(こながの)ミチノリさん(50、鹿児島県出身)の農場へと向かう。 CAMTA(トメアスー農協)の組合員である小長野さんの農場は、クワトロ・ボッカス(十字路)から約20キロ離れた場所に合計で850ヘクタールの土地を所有する。常時、40人の労働者を使用し、繁忙期にはその人数は倍になるという。 高松さんと同じく、異常気象に関することが話題に上った。 「ここ2、3年乾燥がひどく、例年以上に蒸し暑くなっています。今年は特に雨が少なく、歩留(ぶど)まりが悪い。西側の木は自然に焼けてしまったほどです。40年以上住んでいますが、気候がかなり変わってきており、これからは作り方を変えていかないと」と小長野さん。その一方で「農業は大好きなので、(作物の)値段のことはあまり気にしていないですけどね」と話す。 農場では、初年度、2年目などと道路を隔てて年ごとに土地を換えて混植しているため、森林農業の成り立ちと経過が実際の目で分かるようになっていた。 1年目の土地は、今年3月に土を掘り返して石灰を入れ、ピメンタ、カカオのほか、バナナ、トウモロコシや米なども混植したという。 「1年目はコストもかかり、草刈作業なども大変ですが、2年目になれば日陰もできるし楽になります。何を混植するかは場所によって違いますが、その土地にあるものを植えるのが理想です」 1年目の土地には、支柱の根本部分にからまるように生え出したピメンタの青い葉が少し見えていたが、混植した他の作物もまだほとんど育っていないため日陰が少なく、その場所で説明を聞いているだけで汗が吹き出す。 道を隔てた2年目の土地は、すでにバナナの樹が生い茂り、ピメンタも2、3メートルの高さに生長し葉が青々としている。土の色も1年目の黄土色から茶褐色へと変わりつつあった。地面には樹木の枯葉などが落ちており、やり方によって自然の有機肥料として使用できるという。多種の樹木の枝に覆われて陰ができ、刺すような陽射しを避けられるのが嬉しい。 収穫期は、カカオが6月から8月、ピメンタが9月から11月、クプアスーが11月から5月。混植することによって年間を通じて何がしかの作物を収穫することが可能となり、「こういう農業を行うことで金が入るのです」と小長野さんは、森林農業の長所を説明する。 「良いものを見せたい」と小長野さんが、カカオとバナナの根が絡まった地中を掘り出すと、ミミズが出てきた。有機質の土壌になりつつある証拠だ。 「森林農業を行う前までは、道路と同じ黄土色だったのですが、土地に有機物のマテリアル(材料)を上手く使うことで、土の色が変わってきました。除草剤もあまり必要なくなるので、コストも下がることになります」 一行はマイクロバスに乗り、クプアスーを接ぎ木して栽培している混植地へと移動。同地は、EMBRAPAなどの協力を得て、様々なパターンのテスト栽培を実践している。 小長野さんは、1996年にリンゴの接ぎ木研修のためJICAの支援を得て、長野県を訪問。その技術をアマゾンに導入し、5年前にはクプアスーの接ぎ木を初めて成功させた。接ぎ木したものは、そうでないものに比べ、病気の被害を受けにくいという。 プロジェクト・リーダーのデルマン氏は、「まだ森林農業は手探りの状態で、分からない部分も多いが、トメアスーの日系人たちが実践で培ってきた技術は大きく、本当に教えられることも多い」と評価していた。(おわり)
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