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マツモトコージ苑
     2010年  (最終更新日 : 2018/09/14)
コチア青年レジストロ・イグアッペ親睦旅行 [全画像を表示]

コチア青年レジストロ・イグアッペ親睦旅行 (2018/09/04)  今年(2010年)9月に渡伯55周年・花嫁移住51周年記念式典を開催するコチア青年連絡協議会(新留静会長)。同時期の式典出席呼びかけと親睦を兼ねたレジストロ・イグアッペ方面への旅行が、4月17日、18日の1泊2日で行われ、44人の関係者が参加した。同旅行の内容を連載で紹介する。

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再会を喜ぶ1次1回生の高橋さん、本多さん、木村さん(左から)
 今回の旅行を担当する坂東博之氏を団長とし、17日午前6時50分に聖市リベルダーデ広場を出発した専用バスは、ジャグアレー区のSBC病院付近、ヴァルゼン・グランデ文協会館横でそれぞれコチア青年および賛助会員たちを乗せ、満員の44人での旅となった。
 「呑むことを楽しみに来た」との声もあり、午前中から車内ではアルコールの匂いが漂う中、仲間同士の陽気な会話が続く。
 途中、ジュキチーバでのトイレ休憩をはさんで、バスは午前11時半に最初の目的地であるレジストロに到着。市内レストランで、今年5月で80歳になるというコチア青年第1次1回生の木村多平さん(新潟県出身)と、レジストロ文協の金子国栄会長(新潟県出身)が出迎えてくれる。
 今回の旅行のために前日にクリチーバからサンパウロに来ていた同じ1次1回の本多睦夫さん(78、大分県出身)と、レジストロには53年ぶりに来たという聖市在住の高橋好美さん(73、岐阜県出身、1次1回)が、「いやー、懐かしいね」と木村さんと互いに握手を交わしていた。
 昼食をとりながら、木村さんの話を聞く。
 レジストロには同期20人近くが入植し、木村さんと高橋さんは、「入植した当時、レジストロで1番のバナネイロ(バナナ生産者)だった」(木村さん)パトロン・坂野幸太郎氏(故人)のところで働いた。
 「その頃はまだ、茶の工場が40以上あった。自分たちは坂野さんのところで働いていたが、床屋にも行けないほどだった」と木村さん。入植から2年後にパトロンのもとを出て、雑貨商に3年ほど働いた後、車の部品販売などをし、55年間、レジストロに留まってきた。
 木村さんの隣では、新潟県立加茂農林高校の先輩と後輩の間柄になるという金子会長と、南雲良治さん(1次3回)が写真を見せながら、話に花を咲かせていた。
 前出の本多さんは、25年ぶりにレジストロを訪問。木村さんと久々に会い、当時のことを懐かしく話したという。
 「ヴァルゼン・グランデに入って、1年してパラナ州のマリアルバでカフェ生産を行いましたが、長い間、最低の生活をしてきましたよ」(本多さん)
 一行は、午後1時にレストランを出発し、同地域の観光地である鍾乳洞「カベウナ・ド・ジアボ」へと向かった。

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鍾乳洞の中に入る一行
 午後2時40分、鍾乳洞「カベウナ・ド・ジアボ」に到着した。入場料は一般が10レアル。60歳以上は半額となる。「心は青年」がモットーのコチア青年ではあるが、参加者のほとんどが5レアルで入場できた。
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鍾乳洞の中の景色
 ブラジル人の案内人によると、鍾乳洞内の観光コースは約600メートルあり、薄暗い自然の空間の中を上り下りの階段が続く。洞内にはところどころ川が流れており、天井から雫が滴り落ちている。蒸し暑く、数分も歩くと汗がドッと流れる。
 見学を終えて外に出たところで、今回の異色の参加者である平川行男さん(83)に話を聞く。賛助会員の平川さんは、ペルー生まれの日系2世で、戦前、10歳で日本へ。福岡県の三池炭鉱で働き、22歳頃に徴兵された経験を持つ。
 「コチア青年の1期生としてブラジルに渡りたかったが、(福岡)県庁から『東京の力行会に行け』と言われた」という平川さんは、1957年2月に力行会16期生として30歳の時に渡伯した。
 「(ペルーから来たことで)小学校ではいじめられてね。どこか海外に行きたいという気持ちはいつでもあった」と平川さんは、当時を振り返る。
 当初の予定から2時間遅れて、レジストロには午後6時に到着。KKKK(海外興業株式会社)の博物館はすでに閉館していたが、レジストロ文協の金子会長のはからいで、特別に館内を見学させてもらう。
 午後7時からは、レジストロ文協会館で夕食懇談会が行われ、金子会長をはじめとする同文協関係者や山村敏明リベイラ沿岸日系団体連合会会長らも出席。また、同地に在住する18人のコチア青年のうち、この日の昼食時に出迎えてくれた木村氏のほか、阿部光雄氏、猪股正氏、野村悟氏、山口勉氏の5人が姿を見せた。
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夜の懇談会で子供たちの踊りを楽しむ参加者たち
 懇談会では、団長の坂東氏が今回の親睦旅行が実現できたことに地元関係者に感謝の意を示した。
 夕食を前に、地元在住のコチア青年である山口氏(67、神奈川県出身、第2次12回)が指導している「レジストロ民謡大和会」の子供たちによる「ソーラン節」「花笠音頭」などが披露され、参加者たちの心を和ませた。
 山村連合会長の乾杯の音頭で祝杯をあげた一行は、婦人部たちが準備してくれた地元名物のマンジューバの刺身や寿司などの手料理を堪能した。
 この日、コチア青年のために刺身の準備をした池部パウロさん(68、2世)は、昨年までカナネイアにほど近いポルト・クバトンで釣りなどを楽しむ観光客相手の仕事をしていたが、今年からレジストロに転住してきたという。
 池部さんは流暢な日本語のあいさつの中で、「コチア青年の活動に粋を感じて今日、皆さんの懇談会に参加させてもらって、とても感動している」と語り、一行のレジストロ再訪を願った。
 今回の親睦旅行で53年ぶりにレジストロを訪問した高橋さん(1次1回)は、「その頃は、リベイラ川から本通りに1本の道しか無かったのですが、今は変わってしまって、さっぱり分らなくなりました。でも、本当に来て良かったですよ」と笑顔を見せた。
 また、同期として同じパトロンのところに入った木村さんとの会話について高橋さんは「子供や孫と一緒に幸せに暮らしていることを聞き、安心しました。昔の思いがいっぺんに取り戻せました」と、満足した様子だった。

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イグアッペで貞光さんの観葉植物農園を訪問
 翌18日、一行はレジストロのホテルを午前8時に出発。午前10時に、イグアッペで観葉植物の栽培を行っている貞光邦夫さん(67、徳島県出身、2次13回)を訪ねる。
 1961年に18歳で海を渡ってきた貞光さんは、来年で渡伯50周年を迎える。6ヘクタールの土地には、売れ筋のアンツリオ(アンスリウム)栽培が9割を占めるという。
 その中でも、種を交配して4年ほど前に開発した新品種は「サダミツ」と名付けられ、赤と緑の色鮮やかな彩色がブラジル人にも人気を博している。
 高温多湿のイグアッペの気候がアンツリオ栽培に適しており、年間を通じて生産。現在、サンパウロのCEAGESP(聖州配給セインター)に週に2回、卸している。
 渡伯当初は聖市カーザ・グランデに入ったという貞光さんは、現在のイグアッペに転住して45年ほどになるという。「最初の頃はお金を貯めるのが大変で、アンツリオを栽培して今年で35、6年ほどになります」と語る貞光さんだが、現在は長男が後を継ぎ、地道にやってきた成果が花開いている。
 一行の中でも特に、貞光さんとの再会を喜んでいたのが、山下重子さんと白旗諒子さんの2人。両人の話によると、福井県が発祥と言われるシルバー・バレーボール「ミニャ・ボーラ」の大会に出場するため、4年ほど前に貞光さんと3人で福井県を訪問した経験を持つ。
 貞光さんの案内でイグアッペ市内が一望できる展望台で記念撮影をした後、親睦昼食会に出席するため、正午過ぎに地元イグアッペ日本人会館へ。同日本人会の野村勝会長(76、2世)をはじめ、コチア青年の高橋義明さん(76、岩手県出身、1次7回)、大気(おおき)武さん(72、栃木県出身、1次9回)、清水正登さん(75、島根県出身、1次8回)や会員、婦人部たちが出迎えてくれた。
 高橋さんは同地の高温多湿の気候を利用して、ペルー原産でビタミンCの含有率がレモンの56倍もあるという『カムカム』の生産を十数年前から行っている。現在、同地での作付面積は300ヘクタールにもおよぶが、カムカムの知名度が低く、地元では売れにくいという。
 高橋さんはこの日、自分で作ったカムカムの果実と、乾燥して袋詰めにしたカムカムの粉を一行に寄贈。各席には、カムカムで作ったジュースとピンガが振舞われ、参加者たちの喉を潤した。
 昼食会の席上、新留コチア青年連絡協議会会長が挨拶し、9月の式典出席を呼びかけるとともに、この日の昼食を準備してくれた地元婦人部と会員たちへの感謝を示した。
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イグアッペの風景
 サンパウロから参加した蛸井喜作氏(73、山形県出身)と同期だという大気さんは、2年ほど前に50年ぶりの再会を果たした。
 「船の中では、我々コチア青年は一番揺れる船首に居たため、船酔いがひどく、あの時は痩せていたね」と大気さんは、蛸井さんと隣り合わせに座りながら、昔の話を懐かしんでいた。
 前出の1次1回生、高橋好美さんの夫人であるミルさん(72、宮崎県出身)に話を聞く機会を得た。
 ミルさんは、岐阜県人会(山田彦次会長)の焼きそば祭りなどに参加協力していた姿を見て顔馴染みだったが、55年にアマゾン・ベルテーラのゴム移民として入植。対岸のモンテアレグレに住んだ経験があることを今回初めて聞いた。
 「父が、こんなところにいたらマカコ(猿)になると言ってね」とミルさんはモンテアレグレの町に出て、その後、ベレン、トメアスーやブラジリアを転々とし、今はサンパウロに出てきた経緯を説明してくれた。
 一行は、イグアッペ日本人会関係者に別れを告げ、午後3時、サンパウロに向けて出発した。
 コチア青年連絡協議会では今後、クリチーバやサンパウロ近郊での親睦旅行も実施するとし、9月の式典に向けた準備を着々と進めている。(おわり)


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松本浩治 :  
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