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     移民の肖像  (最終更新日 : 2019/06/13)
柳生豊彦さん [画像を表示]

柳生豊彦さん (2012/08/21)  サンパウロ市で発行されている月刊フリーペーパー「ピンドラーマ」からの依頼を受け、2007年7月号から毎月、同誌の「移民の肖像」というコーナーにブラジルに移民した1世の人々のことを書かせてもらっている。それから10年近い月日が経ち、100人以上の人たちのヒストリーを紹介させてもらっている。既に鬼籍に入られた方もおられるが、ここでは移民の人たちの人生や思いを改めて紹介したい。なお、内容は掲載された年月のもので、基本的には同誌に掲載された順に紹介していく予定。(2017年3月)



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 ブラジル西部の南マット・グロッソ州ドゥラードス市から東に約45km。ファチマ・ド・スールに在住する柳生豊彦さん(80、和歌山県出身)は戦後再開した「松原安太郎」移民の一人として1953年7月、ブラジルの土を踏んでいる。
 父親を早くに亡くしたため自身が家長となり、母親、夫人、いとことともに当時生後6か月だった1人娘と家族を構成。戦後の混乱の中、異国でのカフェ栽培に活路を求めて日本を旅だった。
「10年すれば一旗挙げて帰ろう思ってましたけど、まさか50年以上もブラジルに居るようになろうとは・・・」
 83年までの30年間を移住地で過ごした柳生さんが日本で聞いていたのは、「家族ごとに整地もできている、家も建っている、カフェの苗も揃っている」という話。しかし、実際には鬱蒼(うっそう)とした原始林に覆われ、設備はほとんど揃っていない。あまりの格差に愕然とした。
 何より大変だったのは、家長として男たちだけで移住地に入るための道づくりをしなければならなかったことだ。1日のうちに大木を3本切るのが精一杯という状況が1か月も続き、道づくりだけで2か月半を費やした。
 入植六年目にして、念願のカフェの木をようやく育て上げることができた。
 「カフェ、カフェ言うて生活してきて、真っ白に雪が降ったみたいなカフェの花が一面に咲いた時は、そらあ嬉しかった。プーンとしたいい匂いは何とも言えんかった」
 その後は大霜が降りたり、永年作物の転換を余儀なくされ、移民たちは町や他の都市部へと移っていった。
 柳生家族も娘の教育問題を懸念し、12歳になった娘を1人でドゥラードスで勉強させたことをきっかけに移住地を離れた。現在のファチマ・ド・スールに移転し、入植当初は生活に余裕がなくてできなかった日本語を子供たちに教えるようになった。
 06年の2月、同地で22年間勤めた日本語学校を退任。その後、引き継いだ若い教師が諸事情で辞めざるを得なくなり、日本語学校は惜しくも閉校になった。
 移住地での思い出は苦労した話ばかりではない。 
 柳生さんの脳裏に今も残っているのは、正月の新年会での出来事だ。酒に酔った人々が「新年のあいさつ回り」と称して移住地を一軒一軒訪問し、練り歩くことが習慣となっていた。当時、移住者の1人がジープを持っており、家長や若者たちがその荷台に乗って「年始回り」をしていたところ、誰もが酔っ払っているために、坂の所に来るとバタバタと地面に落ちたという。
 また、移住地で風呂を作ったのは柳生さんが最初だった。風呂桶用のドラム缶を買うために、移住地からファチマ・ド・スールの町まで往復で約40㎞もある土道を1日がかりで歩いたエピソードがある。
 幼少の娘が風邪を引き、薬を買うために町に出たところ、鍛冶屋にドラム缶が置いてあるのが目に止まった。
日本にいた頃から風呂好きで「いてもたってもおれなくなった」柳生さんは、娘の風邪のことなどすっかり忘れ、持っていた薬代でドラム缶を購入。徒歩で持って帰ることにした。
 幹線道路から移住地に入る「トラベッサ・オンサ(豹の道)」と呼ばれた開拓道に差しかかった頃には、辺りはすでに真っ暗闇に。原始林が生い茂る中、途中で木の根っこに何度も躓(つまづ)きながらも家に向かって進み、やっとの思いで移住地に着いたのは朝方だった。
 「あの日は一生のうちで一番長い日でした」と柳生さん。その2日後には赤土混じりの水から湯を沸かし、念願だった露天風呂に浸かったことが今も忘れられない。(故人)

【松原安太郎移民】
 戦後、日本の国策による第1回移民として、主に和歌山県出身者が南マット・グロッソの「松原移住地」に入植した。戦前移民でサンパウロ州マリリアに在住していた故・松原安太郎氏(和歌山県出身)が、当時のゼツリオ・バルガス大統領から受入れた枠により実現。1953年、3次に分かれて計60数家族が海を渡ってきた。(2007年7月号掲載)


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