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     ブラジルの日本移民  (最終更新日 : 2024/02/19)
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伊藤薫さん (2022/12/22)
2011年7月号伊藤薫さん.jpg
 「ブラジルで良い絵を描き残していきたい」―。こう語るのは、サンパウロ市ピニェイロス区にアトリエを持ち、エアブラシを中心とする絵画技法を生徒たちに教える伊藤薫(かおる)さん(73、長崎県出身)だ。父親が身を置いていた「任侠」の道から離れたいとの思いが常にあり、叔父の影響を受けて絵画の世界へと目覚め、16歳で単身イタリアに渡ったことで自ら人生を変えた。以来、ブラジルと日本を拠点として世界各国をまたにかけて、活動してきた。
 父親のことは、伊藤さんが生れて100日目に他界したため記憶にはないが、任侠の世界の人間だったため、「(極道の)若衆たちがいつも家に出入りしていて、子供の頃は親友などできなかった」という。
 1945年8月、長崎市内の祖母の花畑で仕事を手伝っている際、米軍の原子爆弾投下により、隣の畑の垣根まで飛ばされた。当時、8歳。爆心地から2・5キロの場所で被爆した。その頃から柔道や空手を始めていたが、成長するにつれ、自分を取り巻く「任侠」の世界に嫌気が差していた。
 10歳の時に叔父の影響で絵画に興味を持ち、将来的に東京で絵の勉強がしたいと、新聞配達などのアルバイトを掛け持ちする傍ら、叔父の美術関係の仕事も手伝い、金を貯めていった。当時の雑誌に載っていたエアブラシを使用した絵画写真に魅了され、東京ではなく、イタリアに留学することを決意。厳しい性格の母親には「この親不幸者め」と叩かれながらも意志を曲げず、16歳で単身イタリアへと旅立った。
 ローマ市営の美術学校には世界中から学生が集まっていたが、幼少の頃から書道を習っていた伊藤さんはエアブラシ技術も応用し、西洋の生徒にはない技術を身につけた。周りから尊敬の眼差しで認められ、「自分の国でその技術を教えてほしい」とスペイン、フランス、米国(ニューヨーク)を渡り歩き、エアブラシの技法を教授しながら自らも勉強していった。
 19歳になる前に日本(長崎)に一時帰国した際、ブラジルに移民として渡っていた親戚と会う機会を得た。
 「ブラジルで絵を描けば儲かるよ」
 その言葉に伊藤さんは、迷わずブラジルに行くことを決めた。日本には居たくないという気持ちもあったが、「ブラジルがどんな国なのか、自分の目で見たい」という好奇心があった。親戚の娘がサンパウロ市の広告会社で編集の仕事を行っていたこともあり、絵画技術を持っていた伊藤さんにとって仕事には困らなかった。
 ある日、親戚と行った夜の街でケンカに巻き込まれ、やむなく空手で相手を叩きのめすと、警察沙汰となり逮捕された。その様子を見ていた軍部関係者が「お前の空手の技を軍部で教えてくれ」と依頼され、思いもかけずパラグアイとの国境地域であるポンタポランで軍部の仕事に従事することになった。そこでは、空手とともに絵画も教え、1年間半を過ごした。
 その後、サンパウロに戻り、フリーランスとして米系の広告会社で数か月働いたが、「自分でやった方がもっと儲かる」と22歳の時に広告兼デザイン会社の「伊藤スタジオ」を立ち上げて独立。「金を数えることができないくらい儲かった」という。その間、25歳の時に親戚の娘と結婚。3人の子供にも恵まれた。
 23年間にわたりブラジルで仕事してきた伊藤さんに、日本の大手自動車会社から「引き抜き」の話があったのは42歳の時。オファー額が良かったこともあったが、20年契約という好条件により、今度は一転、日本の東京で暮らすことになった。家族ともども日本に転住し、出張仕事で欧米やアフリカなどにも足を伸ばした。23年間、日本に拠点を置いていたが、年齢も60代半ばとなっていた。
 夫人と別れたこともあり、日本を離れたいと思っていた伊藤さんは、仕事仲間からスペインの避暑地で暮らすことを勧められたが肌に合わず、ブラジルに残っていた荷物の整理などを目的にサンパウロに来た時、親戚から「ブラジルで仕事しないか」と勧められた。現在の夫人であるテレーザさんの父親に「飲み仲間」として出会ったことも伊藤さんの「第3の人生」の起点となった。
 現在、伊藤さんはピニェイロス区のアトリエで日系、非日系を問わず、エアブラシ技術に日本画、墨絵や近代画の技法を教える充実した日々が続く。数多くの生徒たちが賞を取るようになり、彼らは今、デンマーク、アメリカ、メキシコ、日本で大活躍している。「ブラジルに戻って来られたことに感謝している」と伊藤さんは、自らの技術を生徒たちに引き継ぎ、さらに飛躍してくれることを望んでいる。
 毎週土曜日には東洋街のカラオケ屋にテレーザ夫人と出かけ、気の合った仲間たちと会うことも楽しみの一つだ。生徒に教えながら、自分の作品づくりに打ち込む伊藤さん。冒頭の言葉を胸に日々、活動している。(2011年7月号掲載) 


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松本浩治 :  
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