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     ブラジルの日本移民  (最終更新日 : 2024/02/19)
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日高治さん (2023/03/11)
2012年6月号日高治さん.JPG
 「知識と技量を考えれば、最低20年は必要だね」―。サンパウロ州アチバイア市タンケ区で盆栽作りを行う日高治(ひだか・おさむ)さん(77、宮崎)は、一人前の盆栽家になるための期間をこう語る。子供のころから祖父の手伝いで盆栽をいじり、趣味が高じて現在では商売にまで発展した。しかし、その原点はあくまで「好きじゃないと、やっていけない」と話し、自ら育てた「命」を見守る日高さんの姿は、親が子や孫に向けるまなざしに似ている。盆栽作りの魅力などについて、日高さんに話を聞いた。
 1960年に国際農友会の農業研修生制度によりブラジルで研修した後、62年に移住して現在のアチバイア市タンケ区に住み始めた日高さん。入植当時はコチア産業組合によって義務化されていた養鶏に携わっていたが、その後、北米から安価な鶏が輸入されたこともあり、野菜作りや花卉栽培を行うようになった。その間、松などの樹木の種を卸したり、仕事の合間に趣味で盆栽作りも行っていたという。
 現在は盆栽作りを生業(なりわい)としており、昨今の「盆栽ブーム」により、日高さんの農場を訪問する日系人や非日系人も数多い。
 「盆栽に興味があるのは、田舎の人よりも街の人。また、日系よりも圧倒的にブラジル人の方が多いね」と日高さんは現状を説明する。盆栽ブームは今や世界的に広がり、ヨーロッパでは日本文化の一環として高所得者層にもてはやされている。ブラジル国内でも人気があり、各地域の「日本祭り」イベントでの展示も目に付く。最近でもサンパウロ州ソロカバ市在住のブラジル人医師が、日高さんの農場などから数カ月のうちに松の盆栽を10本ほど購入していったという。
 盆栽の価格はピンからキリまで幅広いが、1本平均2000~3000レアル。高価なものでは1万レアルするものもある。
 日高さんは盆栽の基本となる樹木をアマゾン、東北伯、南伯といったブラジル国内のみならず、チリなどの南米にも足を伸ばし、探し回っている。日本からも90年代に苗木を持ち込み、挿(さ)し木をして増やす作業を行ってきた。しかし、各地から持ち運んだ樹木でもアチバイアの気候に合わないものもあるというから、一筋縄ではいかない商売だ。
 「技術的にも面白いことがいっぱいある」と話す日高さんによれば、根腐りをしないようにするために屋根瓦を砕いたかけらを盆栽の土に混ぜ、水はけを良くしているという。
 「今まで4~5年で植え替えていたものが、5~6年もつようになった」
 また、養分として松の木の皮を30%砕いて土に入れることで、根が腐りにくくなったそうだ。
 「私の願いは、盆栽が一過性の流行で終わることなく広がっていくこと」と日高さんは、自分で得た技術を惜しげもなく説明する。
 農場内で育てている盆栽群に交じって、高さ70~80センチにも及ぶひときわ立派な松の盆栽があった。聞けば、同じタンケ区に住んでいた小野茂樹さん(故人)から引き継いで育て上げたもので、すでに60年の年月がたつという。日高さん自慢の作品だ。
 「人間の顔と同じで、木も1本1本違う。将来、この木がどのように変わっていくのか想像すると楽しくて仕方がない。仕事というよりも私の趣味ですよ」と日高さんは、うれしそうな表情で盆栽の魅力を話してくれた。(2012年6月号掲載)


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