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     ブラジルの日本移民  (最終更新日 : 2024/05/01)
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谷口貞江さん (2023/12/26)
2015年5月号谷口貞江さん.JPG
 「ブラジルに来た当時は散々でしたが、辛抱したお陰で今は楽をさせてもらっています」―。こう語るのは、サンパウロ州軍警予備大佐である谷口ジョゼ潔(きよし)さん(60、2世)の母親の貞江(さだえ)さん(山口)。今年(2015年)1月5日に卒寿(90歳)の誕生日を迎え、今なお元気だ。現在はサンパウロ市南部のコロニア区に住み、悠々自適の日々を送っているが、入植当時はサンパウロ州奥地で子供ながらに慣れない畑仕事をやらされて苦労もしてきた。
 貞江さんは1937年、12歳の時に「ぶえのすあいれす丸」で両親、妹弟、母親の妹夫婦の7人で構成家族を作り、アフリカ廻りで海を渡ってきた。
 本当は姉も一緒にブラジルに渡るはずだったが、神戸の移民斡旋(あっせん)所で「トラホーム」と判断された。両親は既に山口県下関の土地を売り払い、どうすることもできない。仕方なく、姉は当時大阪に居た叔母(父親の妹)に預け、そのまま生き別れになってしまった。
 貞江さんの家族は37年11月末ごろにサントス港に到着し、サンパウロ州ノロエステ地方のプロミッソンに入植。「日野千次郎(ひの・せんじろう)」という福岡出身の日本人のパトロンの下でカフェ生産を行った。
 母親は心臓が悪く、脚気もあるなど病弱だった。そのため貞江さんは、プロミッソン入植当時から妹や弟の面倒をみながら、父親のカフェ生産の手伝いもしなければならない毎日だった。
 「ブラジルに来る前は父親から『ブラジルに行けばバナナが一年中食べられる』と言われ、確かにバナナは食べられたが、カフェザルで慣れないエンシャーダ(鍬)を引っ張って、自分の背丈ほどもある雑草をカルピ(草引き)したら手の豆がつぶれて痛くて。泣いたら父親から、『お前がしっかり(鍬を)握らんから』と怒られて。家の仕事も畑仕事もせにゃならんし、何でこんな所に連れて来られたのかと何度も思った」と当時を回想する。  
 その後、サンパウロ近郊のサント・アマーロに母親の弟(叔父)が古くから移民として住んでいたことから、病弱の母親と妹弟たちを叔父のもとに預け、父親と貞江さんはその後1年弱でプロミッソンを出て、同じサント・アマーロに呼び寄せてもらった。
 同地のボイミリンと言う場所で父親はバタタ(ジャガイモ)作りを行ったが失敗し、トマト生産に切り替えた。その間、母親は貞江さんが15歳の時に亡くなった。
 「母はブラジルに死にに来たようなもの。(生き別れとなった)姉を日本に置いてきたことで余計に体にさわった」と貞江さんは、当時の母親の思いを察する。 
 貞江さんは20歳ごろ、サンパウロ市ピニェイロス区で店を出していた松下正治(まつした・まさはる)という鹿児島出身の日本人の世話で谷口善六(ぜんろく)さん(福岡、2003年に83歳で死去)と結婚。マウアーに移り住んだ。善六さんも子供時代に家族と移住しており、マウアーでは葉野菜を中心に農業生産を行った。
 善六さんは50年代後半ごろ、甥(善六さんの姉夫婦の息子)と共同で現在のコロニア区に土地を購入して転住。同地で「死ぬるまで畑仕事をしよった」(貞江さん)というほど根っからの農業生産者だった。
 貞江さんは生前の善六さんについて「ハキハキ物事を言う人で、良い悪いの判断がはっきりした人でした」と振り返り、「俺は勉強しとらんから、子供たちには勉強させる」と善六さんが口癖のように話していたことを今でも鮮明に覚えている。
 5人の子供に恵まれた貞江さんだが、最初の3人は女の子ばかりで、善六さんは当時、どうしても息子が欲しかったという。結局は、次男の潔さんも生まれて、善六さんは満足していたようだ。
 「長男の巖(いわお、62、2世、マナウス在住)は私に似て口が重たいが、潔は主人にそっくりで、はっきりしている」と笑う貞江さん。「上の女の子たちは子供のころからよく手伝ってくれるので、私にとってはありがたかったし、今となってはみんな親思いでよくやってくれる」と子供たちに感謝する。 
 現在は畑仕事も使用人に任せて悠々自適の日々を送る貞江さんは、善六さんの時代からの長年のサンパウロ新聞の読者でもあり、本を読んだり新聞を読んだりすることが好きだという。孫12人、曽孫4人にも恵まれ、週末ごとに家族たちが集まることを貞江さんはいつも楽しみにしており、「辛抱したお陰で今は大分と楽をさせてもらっています」と笑顔を見せた。(2015年5月号掲載)


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松本浩治 :  
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