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     南米日本移民の肖像  (最終更新日 : 2025/11/11)
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本橋幹久さん (2025/11/04)
2023年2月号本橋幹久さん.JPG
 ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)会長やブラジル鳥取県人会会長などを歴任してきた本橋幹久(もとはし・みきひさ)さん(87、鳥取県鳥取市出身)。ブラジルには、北海道大学を卒業後の1960年7月、東山(とうざん)農場農業研修生の第2回生として「あめりか丸」で海を渡ってきた。
 東山農場農業研修所は58年、同農場総支配人で初代文協(現・ブラジル日本文化福祉協会)会長だった故・山本喜誉司(きよし)氏(農学博士)が中心となり、ブラジルでの農業指導者育成を目的として開設。58年に21人(第1回生)、60年に20人(第2回生)、62年に19人(第3回生)の計60人の研修生が渡伯してきた。
 4人姉兄(きょうだい)の末っ子(三男)として鳥取市で生まれ育った本橋さんは、父や兄の影響を受けて18歳で北海道大学の畜産学科に入学し、寮生活を送った。就職の時期になり、すでに雪印乳業や北海道庁の就職試験に合格していたが、学内の掲示板にあった「東山農場農業研修制度」の告知が目に留まったことが、その後の人生を変えた。
 本橋さんはブラジル行きについて北海道から、鳥取にいた父親の平一郎(へいいちろう)さん宛てに許しを請う手紙を書いた。そうしたところ、平一郎さんから「人類の一大躍進にあたり、正道(せいどう)の上を勇敢に歩み、人類の一大活事業の誕生を祈る。正しく、健やかに、美(うるわ)しくあれ」と許可するメッセージが、母親を通じて届いたという。その1週間後に平一郎さんは他界している。北海道大学を卒業後、鳥取高等農業学校(現・鳥取大学農学部)の教授を長年勤めていた平一郎さんは、教え子たちに常々「海外に行け」と諭していた手前、実の息子である本橋さんのブラジル行きを反対することはできなかったようだ。
 本橋さんたち第2回生一行は、60年7月19日にサントス港に到着。翌20日にはサンパウロ州カンピーナス市近郊の東山農場へと移動し、農場内の宿舎に寝泊りしながら61年12月までの1年半にわたる共同生活を始めた。午前はポルトガル語をはじめ、ブラジルの自然環境、地理・社会、経済、歴史など幅広く講習を受け、午後はそれぞれ畜産など専門分野の実習も行った。講師陣は、画家で移民史研究者の半田知雄(ともお)氏、歴史学者の佐藤常蔵(つねぞう)氏や、社会学博士でサンパウロ大学教授だった斉藤広志(ひろし)氏など、山本喜誉司氏の知己(ちき)を得た錚々(そうそう)たるメンバーが揃っていた。
 農場総支配人だった山本氏から直々(じきじき)に講義を受けた経験も数回あった。また、山本氏との個人的な面接では、山本氏の東京帝国大学(現・東京大学)時代の同級生が鳥取
県出身で、その同級生の息子と本橋さんが少年時代に近所で一緒に遊んでいたことも判明したという。
 山本氏の当時の印象について本橋さんは「話し方が温厚で、特に記憶力はズバ抜けていた」と回想する。山本氏は農業研究所を長く継続させる考えだったようだが、62年に死去。その後、研修所は閉鎖された。
 本橋さんは研修生時代、農場の実習で乳牛の世話などを行っていたが、当時、日本で流行していた乳酸菌発酵飲料の『カルピス』に似た清涼飲料の開発・製造に従事。その頃、ブラジル唯一の日本酒『東麒麟(あずまきりん)』を造っていた東山酒造で、『ミルキス』と名付けた清涼飲料を製造したという。『ミルキス』は一時、一般市場でも市販され、当時サンパウロ市内にあった『赤坂』など料亭の女給(じょきゅう)たちにも喜ばれたそうだ。
 本橋さんは1年半の農業研修後、南伯農協(スール・ブラジル)、飼料会社「ラソン・ドゥトラ」を経て、82年から27年間にわたってFATEC獣医薬品会社で働いた。その後は冒頭の県連会長や鳥取県人会会長などを務めて、ブラジル日系社会の発展にも貢献してきた。
 本橋さんによると、2回生の20人の同期生のうち、現在も10人が生存しているという。今年(2023年)7月末には山本氏の命日に合わせて元研修生同士の集いを開催する予定だとし、その際に会報「AMIGO」第3号を63年ぶりに発行する考えも示している。
 一方、2010年7月末に東山農場農業研修生の渡伯50周年を記念して行われた集いでは、スザノから運んだ巨石を記念碑として、農場本部事務所横に設置して落成。記念碑には「『我らが 新しき人生の 基(もと)いとなりし地』東山研修生一同」の文字が刻まれている。
 本橋さんは「東山農場は山本喜誉司さんが農業研修制度を始め、我々を呼んでもらった場所であり、自分たちの『新しき人生』をスタートさせた故郷でもある愛着のある場所」と語り、今から7月末の集いを楽しみにしている。(2023年2月号掲載)


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松本浩治 :  
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