レジストロの農業生産者たち (2023/06/13)
農拓協とJATAK(全国拓殖農業協同組合連合会)サンパウロ事務所が共催して去る(二〇〇四年)八月十九日、二十日の二日間にわたって開催された第三回日系農村青年セミナーの一環として受講者一行は、二日目にサンパウロ州レジストロの生産地を視察した。同地では二〇〇二年にKKKK(海外興業株式会社)を改築して一新。また、〇三年十月下旬には入植九十周年記念として純日本風建築の文協会館を落成するなど、歴史ある「日本移民最初の移住地」としての活性化が実践されている。レジストロでは二大農協中央会解散後、十年目にして新しい農協が立ち上がり、生産者の便宜を図るための試みが行われている。一行とともに同地を訪問し、現状など話を聞いた。
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八月二十日午前七時過ぎにサンパウロ市内のホテルを出発した一行は、大型バスでジュキア線のレジストロに向う。道路の向って左側には聳(そび)え立った海岸山脈が見え、両脇にはところどころ青々としたバナナ園が広がる。 午前十一時、レジストロのバスターミナル付近で同農協協同組合長の福澤一興さん(六三)たちが迎えてくれた。福澤さんによると、同農協は今年(二〇〇四年)六月十二日に創立総会が行われ、正式登録の申請中だという。組合員数は現在、二十八人。その六割を非日系人が占めており、生産物は特産のバナナをはじめ、蔬菜、果樹、パルミット、餅米などがある。 福澤さんの案内で、日系組合員の山地さん家族の蔬菜畑を見学する。同地ボア・ビスタ地区はレジストロ管内だが、セッテ・バラスとの境付近。幹線道路にバスを停め、一行は生産地までの約二百メートルの道のりを歩く。
| 水耕栽培ハウスでレタスを手にする山地マルチンニョさん |
| 生産地では、母親の山地義美さん(六六、二世)をはじめ、長男のマルチンニョさん(三七、三世)、次男のミルトンさん(三三、三世)の三人で切り盛りしている。従業員は使っていない。九九年十月にミルトンさんが、日本での出稼ぎから帰国。五、六年間の滞在期間中に貯めた資金で、二〇〇〇年から蔬菜類の水耕栽培ハウス施設を稼動している。一行が同地を訪問した際は、新たなハウス建設のための準備が進められていた。 山地さん家族は、数年前に夫の正明さん(一世)が脳溢血で倒れ、その後の体調がおもわしくなく、昨年他界した。その後は家族全員が力を合わせて、日々の暮らしを支えざるを得なかった。正明さん時代には餅米をはじめ野菜類を生産してきたというが、現在はアルファッセ(レタス)、キャベツ、ブロッコリーなどの蔬菜づくりをメインにした生産物を週に三回、レジストロ市内のフェイラ(青空市場)で自ら販売。そのほかに、組合で毎週金曜日に実施している「セスタ」と呼ばれる消費者からの注文販売にも応じている。 「忙しい日々ですが、少しずつエンシャーダ(鍬)を引きながらやってきました」と遠慮深げに話す義美さん。大黒柱の夫を亡くした後、二人の息子たちの頑張りには、母親として大きな信頼感を抱いているようだ。
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| 清水さん(中央)の案内でKKKKの記念館内を見学する一行 |
| 慌しく山地さんの蔬菜生産地を後にした一行は、二〇〇二年一月に新しく落成されたKKKK(海外興業株式会社)へと向った。 現在「リベイラ峡谷日本移民記念館」となっている同地はリベイラ・ド・イグアッペ川沿いにあり、以前は南米最大の精米所だったという。二十世紀初頭にレジストロ周辺の日本人移住地開設のきっかけとなった建築遺産として、その存在は有名だ。 記念館には、レジストロ農協の組合員で同市役所職員でもある清水ルーベンスさんが待機し、館内の説明を行なってくれた。 館内には、製茶用揉念機をはじめ、同乾燥機、茶摘かごや鋤(すき)、鍬(くわ)、柳行李など日本人初期移民の物品が展示。階段を上がった一階部分には、絵画が飾られ、美術館としての機能も備えている。さらに、階段を上った二階からは窓越しにリベイラ川の流れが見える。 レジストロ市と一九八〇年に姉妹提携を結んでいる岐阜県の都市と同じ名前が付いた日本食レストラン「中津川」で昼食をとったあと、午後からレジストロ市内にある日伯文化協会を訪問する。 文協会館も昨年十月下旬にレジストロ日本移民入植九十周年記念事業の一環として完成。純和風建築の外観は、仏教寺院を彷彿(ほうふつ)とさせる。 正面入口を入ると広いサロンになっており、左側奥には日本語学校の教室がある。通路には、会館建設に資金援助した団体や個人の名前が張り出されてあり、記念プレートには記念式典に出席した中川鮮・中津川市長をはじめとする慶祝団の名前が刻まれている。 また、サロン奥側に開けた中庭には、高齢者活動センターが見える。日本政府の「草の根無償援助」によって建設されたもので、この日も日系、非日系の区別なく高齢者たちが、カラオケやダンスをなど楽しんでいた。 今回の視察旅行は、セミナーの受講生の一人として参加した同農協の若き農業技師・滝てるみミシェーラさんと組合員の清水さんたちが中心となり、主催者の農拓協側と連絡を取り合って実現。農業組合は今年六月に立ち上がったばかりだが、その思い入れの強さが伝わってくる。 組合長の福澤さんによると、農協立ち上げのきっかけは、市役所の農村振興プランによるものだという。九〇年代半ばに発生したリベイラ川の水害以降、市側がその防止策とともに農村の活性化に力を入れてきた。組合の創設の話は昨年から進められ、旧コチア産業組合の施設などを再利用するなど地道な活動を続けてきている。 元々はコチア産業組合員だったという福澤さんは、十三歳で渡伯。二十六歳から四十歳までを日本に帰国して過ごし、その後レジストロに再渡航したという変わった経歴を持っている。 現在、同地の日系社会は千三百家族が在住。その中で農村に暮らす人口はその二割と少ないが、福澤さんたちの新たな生産流通活動により、巻き返しが図られている。
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一行は、レジストロ農協の「宅配セスタ」の袋詰作業を視察するため、文協からほど近い旧コチア組合施設だったという製茶工場へと向かった。 古びた建物の側面には「CENTRAL DE CHA(製茶センター)」の文字が見える。作業所は、その建物の向かい側にあった。 同地は現在、別のブラジル企業も工場として使用しているようで、その裏側にある倉庫の一角を組合で使っている。一行が訪問する一週間前まで今の場所の反対側に位置する施設で実施していたが、手狭になったため移転。移ってからは二回目の作業になるという。 他所では珍しい「宅配セスタ」と呼ばれるシステムは、毎週金曜日に組合員の生産物を同所に運び込み、注文に応じて仕分けされた品物をバイク便でレジストロ市内に宅配する仕組み。 同システムは昨年の四月頃から始められ、すでに一年以上が経過しているという。毎週水曜日に顧客の注文を受け、金曜日の午後五時から発送作業が行われている。「その日の夕食に間に合うように配達することができます」と組合長の福澤さん。消費者側の利便性と生産者の販売効率を考えた結果が、「宅配セスタ」につながったようだ。 この日はサンパウロからの一行が見学するため二時間ほど作業を早めてもらって、組合員の清水さんがプロジェクターを使って同システムの説明を行う。 説明によると約百五十人の消費者が組合と事前契約を交わし、実際には七十人ほどが利用しているという。「生産物ができてから売るのでなく、作る前に売り口を決めるところにこのシステムの大きな意義がある」と清水さん。組合を通じて、生産者の新鮮な品物を消費者により早く提供することができるのが大きな特徴だ。また、客からのレクラマ(苦情)にもすぐに対応できるなど、きめ細かい配慮が人気を得ている。 生産物はキャベツ、アルファッセなどの葉野菜をはじめ、パルミット、餅米やゴヤバ、バナナといった果樹類のほか、チーズなどの加工品を含めて約三十種類が机上に並ぶ。 組合員たちが手分けして注文通りの野菜類を中心に十品ほどを袋に詰め込み、三台あるバイク便の業者別に分配される。袋に添付されたレシート(レシーボ)には一つのセスタで二十、三十レアル購入する客がほとんどのようだ。袋詰め作業所には、この日の午前に一行が訪問した山地さん兄弟も姿を見せ、手際良くエプロン姿に着替える。 顧客の層は一般よりも比較的高く、品物も通常で販売するよりは値段が高いという。しかし、生産者にとっては当然ながら週一回の宅配セスタだけでは生活につながらず最寄りのセアザなどに出荷する組合員もいる中、「まだまだ改良の余地は大きい」(福澤さん)とも。 「婦人部たちが作る漬物などの加工品を増やすことや訪問販売を行なっていくこと」のほか、組合員以外の生産物を受付け、量を増やすことも考慮されている。さらに、個人客への宅配セスタ以外に、スーペルメルカドやレストランなどへの直接卸取引も実施されつつある。 「顧客のニーズに応えるやり方が大きな課題だ」と福澤さん。レジストロ農協組合員たちの挑戦は続く。(おわり)
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