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紺谷君の伯剌西爾ぶらぶら
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夢のように美味しいケーキ [画像を表示]

夢のように美味しいケーキ (2004/05/09)  デコレーションケーキを作るのは、確か、ブラジルに10年住んで4度目だ。これまで1度も成功したことはない。最初に挑戦したときは、巨大クッキーになってしまった。2度目は黒焦げ、3度目は砂糖を控え過ぎて甘くなかった。大体、なかなかスポンジが膨らまない。
 ブラジルのケーキのレシピは適当で、「小麦粉コーヒーカップ1杯」「油適量」「焦げ目がついたら焼きあがり」といった調子だし、甘過ぎる。そこで、日本のケーキ作りの本を参考にして、その分量どおりに作っている。
 しかし、ここでは日本のレシピ通りには出来ない。まず、小麦粉の種類が違う。日本のように「薄力粉」「強力粉」といった区別がない。パンでもケーキでもピザでも同じ小麦粉で作ってしまう。砂糖の甘さも違うし、オーブンの問題もある。もちろんウチにはハンドミキサーもない。
 こうした複数の原因で1度も成功していない。それなのにバースデーケーキを作ることにしたのは、友人夫妻が私の誕生日に食事に呼んでくれたからだ。おまけに私の好物の和食を用意してくれるという。
「じゃあ、ケーキを自分たちで焼いて持っていこう」
 そう、妻と2人で決めた。
 とにかく、自分のバースデーケーキだし4度目の挑戦でもあって、満足した出来のケーキを作りたかった。1週間前から計画を練って、材料を揃えた。
 そして、今回最も力を入れたのはブランデーである。ワインを蒸留して熟成させた酒である。
 参考にしたケーキの本によれば「上等なブランデーを使用すれば、夢のように美味しい」と紹介されていたので、「むむ、これは、、、高級ブランデーを買わなければ」と拳を握り緊めてしまった。いつも、セコセコの妻も、このケーキ用の高級ブランデーに関してだけは「それは、、、」と反対しなかった。やはり彼女も「夢のように美味しい」というフレーズに動揺していたのかもしれない。
 ただ、いつのまにか高級ブランデーの「高級」という言葉は外されていた。

「ブランデーを買いましょう」
 いつものスーパーではなく、高級チェーンスーパーに出向いた。購入するのは無塩バターとホイップクリーム、そしてブランデーだ。
 酒のコーナーに駆け寄って、ブランデー、ブランデー、と首を動かした。
 そこで発見したのは――
「ナ、ナポレオン……」
 昔、ウチの親父が神棚に供えて、拝んでいた最高級ブランデーではないか! 親父はナポレオンが空になっても、そのビンに安物のウイスキーを入れて、いつまでも楽しんでいた。子供だった私にとってまさに雲の上の存在だったナポレオンではないか。
――値段は、
 その記憶が刷り込まれていただけに、32レアルとの表示を一瞬疑った。32レアルは、11ドルぐらいで、約1300円だ。あの、神棚の最高級ブランデーが、たった1300円なのか。それに、そのラベルにはフランス産と記載されている。フランスから輸入しているのに、それで32レアルなのか。
 32レアルの酒、普段なら10レアルのワインでも熟考し、妻とも論争になるのだが、このナポレオンは速攻で買い物カゴに入れられた。妻もナポレオンという響きが記憶の奥底にあったらしい。ただ、ビンに埃が積もっていたのが多少気になった。ブラジル人はブランデーを飲まないのだろうと勝手に解釈した。
 家に戻った我々は、早速、ナポレオンを試してみた。グラスに少量注いで、手で暖めながら香りを楽しむ。ブランデーに失礼がないように、作法通りやってみた。
「ゲッゲッ」
 安物のウイスキーと変わらない。もう一度ラベルを熟読したが、やはりフランス産となっている。(後になって友人に、「その値段の輸入品じゃあね」と言われた。確かにそうだ……)
 それでも、せっかく買ったのだからと、レシピ通りにスポンジの断面に染み込ませることにした。

焼き上がったスポンジ.jpg
 そして結局、ケーキ作りはまたも惨敗してしまった。
 スポンジが膨らまなかったのだ。さらに、薄いスポンジなのに、ナポレオンを塗り込むため、無理やり2つに切ろうとして失敗。スポンジがバラバラになってしまった。
 こうなった時には、妻の不機嫌度が頂点に達し、
「もう、2度とケーキは作らない!」
「あなた、だいたい、あなたは何もかもいい加減だから!!」
 楽しいはずの「バースデーケーキ作りの誕生日」は、「叱責の誕生日」に豹変した。夢のように美味しいはずのケーキは、悪夢のような5度目の失敗に終わってしまった。

『今回の教訓』
自分の誕生日に、自分のバースデーケーキは焼くな!


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