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紺谷君の伯剌西爾ぶらぶら
     エッセイや翻訳記事  (最終更新日 : 2005/06/26)
引き裂かれた永住査証 ② [画像を表示]

引き裂かれた永住査証 ② (2005/05/23)  私の選択肢は3つ。
ハゲ写真1.jpg

 不法滞在で住み続ける。
 なんとかビザを更新する。
 日本に帰る。

 まず、「不法滞在で住み続ける」という選択だが、不法滞在者は、社会人として認められないのだ。自分がその立場になってみないと分からないことを、今回のことで痛感した。
 不法だと家や土地の売買も出来ないし、銀行口座も開けられない。自分の引っ越しすらも海外へ荷物を送るという輸出手続きが発生するため自分名義では出来ない。当然、まっとうな仕事にも就けないし、起業することも無理。さらに、出国の際には罰金を科せられ、一定期間ブラジルへの入国は禁止される。
 そのうえ、警察に見つかれば軽くて罰金、重ければ……。私の場合、自分の過失ではないのにである。出国するときには絶対に連邦警察に見つかってしまうので、一方的に罰金だけ(推定800レアル、1日=7レアルで120日が上限)を取られてしまう。警察の窓口で、つき返された更新書類の更新手続き料(105レアル)さえ返してもらっていないが、(返金可能だが半年間以上かかるらしい)それでもこっちの主張は通らないだろう。
 なんとかビザを更新するにしても、その間、最低でも半年から1年、長ければ数年間は不法滞在となるだろう。まっとうな仕事にも就けず、出国したら戻れない。

 そんなとき、Aさんに偶然会った。Aさんは移住手続き業務を行なってくれた日系農協に以前勤めていて、私の手続きも代行してくれている。
 これまでの経緯を説明すると、Aさんは言った。
「あの当時、日本人農業者は農協の役員という名目でしか永住権を取得できなかったので、当時の連中は全員がそうなっている。農協に保管されている当時の正式書類を持って、直接課長クラスの職員と話せばよかったんだよ。自分は3年ほど前、2度同様のケースで連邦警察に付いていったんだ」
――なるほど、そういうことだったのか。 

 早速、農協に連絡して、その旨を伝えると、アルバイトらしい日系人の若い女性が、「調べてから連絡します」と返答した。その農協は予算削減で規模を大幅に縮小したため、当時の職員は誰もいなかった。
 その後、一週間ほどして、その農協のC理事長から直接連絡があった。Aさんから聞いた話をすると、理事長は連邦警察に付き添ってくれることになった。
 翌日、C理事長と共に、労働省から許可を得たときの正式書類を持参して連邦警察に出向いた。
 しかし、警察の担当官は頑なに首を振り続ける。
 当時の書類を見せているのに、「おまえ、10年前当時の書類を揃えてこいと言っていたじゃないか」、「3年前には、これで更新できたはずだ」などと抵抗しても、無駄である。
 必殺、『担当官によって言うことが違う攻撃』で、「おれはそんなことを言っていない」と突っぱねられる。
 こんどは、ブラジリアに直接行って、「部長に会え」と言うのだ。「ここの課長に会わせろ」と談判しても、絶対ダメだという。
 しかたなく、とりあえず諦めることにした。
「別な方法を検討しよう。ブラジルは、いろいろ動けばなんとかなる国だからな」
 C理事長は、私の背中を叩いた。

 数日後、私は知り合いの弁護士Kさんに相談してみた。K弁護士によれば、警察の担当官が代われば、やり方も変わってしまい「以前が出来たが、今は出来ない」なんていうことは日常茶飯事。それに、たとえ裁判に持ち込んだとしても法律的には連邦警察が正しいのでたぶん勝てないという。
(つづく)





【ブラジル永住査証を取得する方法】

・ブラジル人と結婚する。
・ブラジルで出産する。
・ブラジルでの事業に6万ドル以上投資する。(昨年までは30万ドルだった)
・年金2千ドル以上得ている退職者なら可能。

 以前まであった方法で、一般的だった農業での永住ビザはなかなか取得できなくなっており、また永住ビザをヤミで購入するといったやり方も、非常に難しくなっているようだ。
 大先輩移住者の話では、船でブラジルに来ると、上陸と同時に永住ビザをくれたというが、現在では夢のような話である。
 
 特に最近厳しくなっている背景には、ブラジル政府の現政権党が労働党(PT)であることにも関係している。基本的に、ブラジル人労働者は外国人に仕事を取られたくない。だからこそ、労働者党も外国人排斥を訴えるし、その上、外国人は票につながらないので問題なく外国人叩きができるという仕組みだ。ただ、外国人でも仕事を奪わず金だけを落としてくれる外国人ならば歓迎なわけで、観光客や年金生活者、投資家ならば問題ないのだ。

 一方、ブラジルでは、ペルー人、ボリビア人、韓国人、アンゴラ人など不法滞在の外国人は多い。そして彼らは、一旗上げるのに必死に生き抜き、永住権もなんとか取得していまう。大抵は、「子作り大作戦」か「アネスチア」(恩赦)である。
 ブラジルは、生地主義を採択しているため、ブラジルで子供を産めば、その養育義務が発生してその両親は永住権を獲得できる。また、連邦警察は不法滞在者を管理する目的で、アネスチアを10年に一度ぐらいの割合で出し、制限付きであるが一斉に永住権を供与している。
 つまり、不法滞在を続けていても「子作り大作戦」か「アネスチア」を待てば合法滞在に切りかえることはできる。ただ、両方とも確実に取れるとは限らない。「子作り大作戦」は神のみぞが知るし、「アネスチア」は98年に発布され、もうそろそろとも噂されているが、誰にも分からないし実施されないかもしれない。





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