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引き裂かれた永住査証 ③ [全画像を表示]

引き裂かれた永住査証 ③ (2005/06/26)  結局、私が選んだ選択は、帰国である。
 妻ともさんざん議論した結果、ブラジルから引き上げることにした。

 そこで、大きな問題点が2つ。
 出国するときには連邦警察にパスポート、身分証明書を提示しなければならないので、そのとき、どうなるのかということだ。罰金は覚悟の上だが、友人の体験談では、別室に連行されネチネチと虐められ、飛行機に乗り遅れそうになったという。

 もう一つの問題は、現金のことである。
 ブラジルでは国外への送金が原則的には認められてない。(酷い話だが……)
 そのうえ現金の持ちだし制限は、1人4千ドルが上限だ。実際、1万ドルまでぐらいなら大目に見てくれるようだが、それでも年々厳しくなっているという。
 昨年末には、密輸を稼業としている中国人が、大金を隠し持っていたため、警察署に連行され警官らにリンチを受けて死亡したという事件が起こった。また、警察から所持金の半額を賄賂として要求されたという人の話も聞いたし、賄賂を断って留置所に入れられたケースもある。ブラジルでは警官や税務官がヤクザのような輩だから、「だからヤクザがいない」と喝破していた日系の知人もいた。
 とにかく、私の場合は、別室に連れられて行く可能性が高く、そうなれば入念な身体チェックを受けることは確実で、現金を所持していれば面倒なことになってしまう。

 妻は、上記の問題に対して私ほど気にしていない。
「大丈夫よ。だって連邦警察は外国人を追い出したいのでしょう」
「現金は、お腹に巻けばいいんじゃないの。私はこれまでボディーチェックなんてされたことないわよ」
 平然としている。
「俺は、連行されるかもしれないので、お前、全額お腹に巻けるのかよ」
「心配性ね。お腹と、背中に巻けるわよ!」

見送りに来てくれた友人たち.JPG
見送りに来てくれた友人たち

 そして、帰国当日。
 友人ら十数人が、空港まで見送りに来てくれた。日本への直行便は、深夜に出発する。空港の外では人気がないが、空港内ではカートを押す人たちが行き交っていた。日本便のカウンターには、出稼ぎに行く若い日系人らが列を作っている。
 そうした中、私と妻を中心にして、友人たちが取り囲むようにして集まっていた。
 私の緊張が伝播するのか、全員、どこか表情が堅い。あくまで強気だった妻も、緊張のせいか何度もトイレに行き始めた。
「無事通過したら、必ず携帯に電話してね」
「もし飛行機に乗れなかったら、家まで連れて行ってあげるから」
「大丈夫よ。罰金だけで済むよ」
 などと、励ましの言葉を頂いていた。
 ただ、友人のS氏(たこ焼きマン3号)だけは、なぜかテンションが高い。喋り続けている。冗談だか本気だか、私の落ち着かない様子を察してか、
「イヤー、見ものですね。手錠かけられたら、警官に写真を撮ってもらうように。そして、それをホームページにアップしてくださいよ」
 どんな表情をS氏に見せればよいのか、私は判断に困っていた。


 出発の時間。みんなと握手を交わして、出国ゲートに向かった。ゲートを通過すると、すぐに連邦警察のチェックがある。
 妻が先に行く。私がモメても他人のふりをするように、1人で飛行機に乗るようにと取り決めてある。
 係員のいるボックスが3カ所開いており、妻は左端の女性係員の方へ向かった。その様子を目の端で追うと、係員同士で無駄話しているではないか。妻のパスポートなんてほとんど見ていない。
――しまった。先に行けば良かったか。左端なら楽勝だったか。
 そう悔やむ間もなく、すぐに私が呼ばれる。右端の禿げ男だ。
 平静を装う。黙ってパスポートと身分証明書を見せた。
 禿げ男は、有効期限の切れた身分証明書を見たが、なにも言わない。気づかなかったのか。それとも出国には問題ないのか。もちろん自分から言い出す必要はなく、ただ視線を逸らせていた。互いに言葉は交わさない。
 禿げ男は、機械的にパスポートに判を押した。
――よし。
 心の中でガッツポーズをとった。

無事通過した私.JPG
無事通過した私

 結局、第2関門の荷物チェックでも、2人とも無事通過。心配していたことは何事も起こらなかった。あんなに悩んでいたのに、あっけないほどである。妻は満足げにお腹を叩いた。
 すぐに友人たちに連絡、無事を伝えた。
 電話口から「ウォー」という友人たちの歓声が聞こえた。同時に、
「じゃあ、別に帰国しなくてもよかったんじゃないの」
 友人のその言葉が、機内でずっと引っかかっていた。


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