移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
伯国東京農大会
     会の活動内容  (最終更新日 : 2014/10/22)
2007年度農大会ピクニック

2007年度農大会ピクニック (2007/12/17)                          白石博子

 年間行事の一つであるピクニックのお知らせが届きました。昨年参加したピクニックを思い返し、月日の過ぎ行く早さを実感しました。
 場所はサンパウロ州クーニャ郡ファゼンダ上村、日時二〇〇七年六月二三日(土)、二四日(日)。
 お知らせの中に“ちらし”が一枚入っていました。陶器の里 クーニャ 心のふるさと ファゼンダ ウエムラについて要領よく説明されていました。このちらしはとても良かったと思います。ピクニックは二日間ですが、出発するまでの間、時々眺めて旅の気分を膨らますことが出来たからです。
 当日の天気は良好。車は十五人乗りのバンと自家用車三台。十代、二十代から九十代まで男女二十人が参加しました。バンが会館を八時出発。自家用車は少し遅れて出発することになりました。私は主人とバンの方に乗り、ズットラ街道に向かいました。途中、朝霧が立ち込め、両側の景色が見えなかったのが残念でしたが、パラーダ“アルコイーリス”に着く前にきれいに晴れ上がり最高の旅行日和となりました。ここで一時休止、後発の車と合流しました。下條さんが勧めて下さったカラシ菜を巻いたおむすびは程好い塩加減で本当においしくいただきました。
 更に先に進み、右折してクーニャの町を目指して山間部の道をのぼって行きました。独特の形をしたインバウーバやパラナ松が目を楽しませてくれましたし、右手に見えたポインセチアの赤が目に焼きついています。クーニャの町に入り山上の教会前に一時停止。すぐ出発して“登り窯”の見学をしました。窯の説明を聞いた後、思い思いに作品を手に取ったり触ったりしてお好みの品を購入しました。
 更に曲線道路を15Km程上り、ファゼンダ ウエムラに到着。上村夫妻に迎えられ、部屋割の後、遅い昼食をとりました。すでに用意されていた食事を緑が滴るような山脈を眺めながら沢山いただきました。空気もすごくおいしかった。
 この後、夕食までの自由時間を各自の好みで過ごすことになりました。トレッキングの組、マス釣りを楽しむ組Aマージャンをする組など、思い思いの時を過ごしました。
 私はトレッキングに参加しましたが、すぐに無理だということが解り、戻って、池の魚釣りを眺めることにしました。沖さんの竿にはつぎつぎと大きいのが掛かり、大島さんにも大きな当りが来ました。しばらくして大島さんが、しっかり掛かったのを確かめてから、“ハイ、これを持って”といって私の方に魚の掛かった竿を寄越しました。引く、引く、引く。二十五年以上前に北ミナスのリオ・ダス・ベーリャで5センチ程の魚を釣ったきり、釣りをしたことは無かったので、何とも言えない体験で大あわてをしました。大島さんが、“病みつきになるかもしれないよ”なんて言っているのが聞えました。
 夕食前に餅搗があり、搗く人、返す人、あん餅を作る人と、それぞれ特技を発揮されて見事でした。私は見学する人。
 夕食前に岩風呂で一日の疲れを癒すことが出来ました。ブラジルで日本人が大きな石を使って作り上げた岩風呂。人が小さく見えて不思議な気分に浸ることが出来ました。
 旅の楽しみの一つは食事です。いよいよ夕食の時を迎えました。食堂に入って、先ず目に入ったのは千年?を越すという大木を輪切りにして作られた分厚い食卓です。サンタカタリーナ州から取り寄せたとのことでした。何度も手で撫でてみました。
 カイピリンニャが振舞われ、これまた木の大皿に幾種類もの魚の刺身が盛り付けてありました。勿論、沖さん、大島さんが釣り上げたカワマスの刺身も。全部が新鮮でとてもおいしかった。その他、上村夫妻と息子さんが心を込めて作って下さった料理を全員心ゆくまでいただきました。カラオケが始まり、自慢のノドが披露されました。拍手喝采の連続で歌う人もますます熱を帯びて来ました。
 夕食の時、各食卓に声を掛けて廻っていた上村氏が我々の食卓にも来られて話されるのに、自分はサンパウロへ出たら必ず一晩に三人以上の人と個別に夕食をとることにしていると言われました。上村氏は情報収集の達人とお見受けしました。
 満腹していい心持ちで外に出ると、夜空の星は大きく白く長く光を発して自分に迫って来るように見えました。サンパウロ市内で見る小さくてうす黄色い光を放つ星とはまったく異なったものでした。空気は冷えていましたが、しばらく中庭に一人で立ちつくしていました。
 24日(日)も快晴。朝のラジオ体操に始まり、中庭でカフェ。この後、希望者が二台の自家用車に分乗してパラチの町へ向かいました。急な坂道は大きな丸石の道となり運転された大島さんには大変申し訳なく思いました。でもバタテイロ時代に鍛えた腕は確かで安心して乗ることが出来ました。パラチの町は冬のせいか静かで、海岸では観光用の釣り船がゆらゆら揺れていました。金を運ぶポルトガルの船がブラジルへ来る時、重心を保つために積んで来たという丸石が敷き詰められた町並みは一風変わった景色で観光客を楽しませてくれました。どれ程ブラジルの金がポルトガルへ運ばれたんだろうか。
悪路を考慮して早めに戻ることになり、パラチの海と町にさようならをしました。
 中庭で昼食をとり、各自荷物をまとめて池を背に記念写真を撮りました。上村さんの家族にお礼とさようならを申し上げ、来た道を戻りました。なんとなく早く過ぎてしまった2日間を思い返しながらウトウトしてサンパウロに着きました。先に帰着した奥様方が用意して下さった夕食をいただき解散しました。
 若い人達から力を、お年寄りからはマッサージの仕方と効用を教えていただきました。参加された皆様方、本当にありがとうございました。また一つ思い出が出来た旅でした。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

社団法人伯国東京農大会 :  
Rua Dona Cesaria Fagundes, 235, Saúde, São Paulo, Cep:04054-030, São Paulo, Brasil
Tel: 55-11-2275-0534, Fax: 55-11-5594-5590, E-mail: Click here
© Copyright 2019 社団法人伯国東京農大会. All rights reserved.