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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2004年の日記  (最終更新日 : 2005/01/01)
3月の日記・総集編 九州→マニラ→伊豆大島

3月の日記・総集編 九州→マニラ→伊豆大島 (2004/04/02) 3/1記 断食の日の悲劇

サンパウロにて
会食・飲み会が続き、胃のあたりがあずましくない。
今日は思いきって断食をする決意。
日本で断食療法も学んだ妻のすすめで、結婚前から時折たしなんでいる。
今日は朝から頼まれ事の数々で市内を奔走。
今回の訪日では、日伯(伯とはブラジルのことなり)間を30回ぐらいは往復している不肖岡村にも異例の尋常ではない数量の頼まれ物が二件もあり。
ひとつはお世話になっている人、もうひとつはお世話になるかもしれない人で、むげには断れず。
後者の頼まれ事は、今朝メールが届いたのだが、本を各種合わせて40冊以上、手配して担いできて欲しい、という依頼。
可能なだけ持って来て欲しい、といった気配りはなく、他にも「適当に」持ってきて欲しい、とある。
問い返している時間的余裕はなし、それに久しぶりの断食で、頭もよくまわらない。
午後、諸々の雑用のあと、フラフラしながら本の調達に。
あるだけの在庫を手配してもらうが、25キロはある!
タクシー代・駐車場代の回収も危ないので、地下鉄と徒歩なのだが…
Sさんよ、朝から何も食わずに25キロの荷物をしょってサンパウロの坂道をのぼる岡村を想像してくれ。
損な性分を恨む。
帰宅時はヘロヘロ。
気力で家族の夕食を作っていると、妻子が帰宅。
玄関先の尋常ではない大きさのバッグに家内が気付く。
「腰を壊しちゃうわよ!」と怒られる。
「非常識じゃない!せめてこの3分の1にするように言わなきゃ…」
今回はカナダまわり、初めての航空会社、二度の乗り換え。
最高でも5分の1にしてもらいたい。
飛行機代、出してくれるなら別だけど。


3/2記 忙中閑あり

サンパウロにて
猛暑再来・無風の夜。
イヤハヤ今日も盛りだくさんだった!
忙しい、なんて下品な言葉は使いたくない。
「心」を「亡くす」と書いて、「忙しい」。
ヒマの方がカッコイイ。
「門」に囲まれた「木」だもんね。
それにしても、この土壇場に次々と増えてくる用件!
なんせ一人でやってますんで、今日も思わぬチョンボあり。
タダでさえ物忘れの増えてきたこの頃、井ノ上薬局のイチョウ葉エキスも飲み始めてるんですが、
失礼の際はご寛容に!


3/3記 好日好旅

サンパウロ→…
今日の聖市(サンパウロ)は、蒸す。
自宅出発まで、あと○時間…
まだまだ増える用事。
フリーランスとは自己との闘いである。
なんてオカムラが言うとウソ臭い。
フリーランスとは自己との妥協である。
これならアリかな?
自分と闘ってどうすんのよ。
妥協しましょ、妥協。
といったところで訪日です。
日本の皆さん、ちょっくらお邪魔します。
ブラジルの皆さん、ひと月で帰りますんで、
帰ったらまた楽しくやりましょう。
アメリカの皆さん、お宅の国はシャット(敢えて訳さず)だから、
今回はカナダまわりで失礼します。
では!


3/4記 空のカナダ

→トロント→バンクーバー→
初めてのエア・カナダ。
空も陸も寒い。
ケッサクな、BUMBAの連載一本いけるようなハプニングあり。
トロント→バンクーバー間で不快なことがあり、日本のエア・カナダにクレームしようと思いきや、バンクーバー→東京はエグゼクチブにアップグレード!
いったいカナダ上空で何が生じたのか!?
待たれよ、BUMBA誌を!
機中、ヒュースケンの日本日記を読み耽る…
滞日中に彼の墓参りをしよう。


3/5記 到着…

→東京
サンパウロを発って31時間あまり、日の本に到着。
着陸時が日没寸前、成田から目黒の実家に向かう間は真っ暗で周囲の植生から季節を感じることができず。
カナダ並みに寒し。
キョーレツな荷物群をなんとか無事実家に運び込む。
謝礼なしの頼まれ物ばかり、自分のものは下着一枚ない。
まさしく無私の旅である。
ガタガタ言うと、キレるゾ。


3/6記 45で初体験

東京にて
何たってサンパウロと12時間の時差。
本来、人類に備わるべくもない適応能力を要求されているわけ。
未明、2時過ぎぐらいから目が覚め、モゾモゾ。
日中、ウツラウツラするが、何度も電話に起こされる。
夕方より渋谷へ。
電車の中はねーちゃんにーちゃんがたがケータイカシャカシャと送受信、電磁波だらけでおぞましい。
カラーコピー屋で切り貼りして「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」のビデオパッケージの再改訂版カラーカバーを製作。
さて、先回の訪日ではパスしてしまったインターネットカフェに挑むべく探す。なんだか個室アダルトビデオルーム、ファッションマッサージと同じような感じで見つけにくく、入りづらし。
エッ、シャワー付き?アベック部屋?
やべーんでねえの?
学生時代、初めて深夜サウナに挑んだときの感じ。
ウム、ドリンクは各種無料でなかなかよろしいが、他所の部屋のタバコの煙がきつい!
新大陸先住民の最大の罪はタバコを広めたことかも。
いや、本来タバコはシャーマンが病人の治療や共同体の未来の予見といった他者や公共のために使用していたものだ。
他者のために特殊能力を提供できねえような奴が、タバコ吹かして人様に迷惑かけんじゃねえよ!
もっと煙くない店を探そっと。
追記:不詳オカムラのシャーマン体験について、星野智幸さんが最近、「ブラジルの落書き」で連続してアップロードしてくれていますぞ。


3/7記 小雪舞う

東京にて
午後より、文京区で拙作「フマニタス」上映会あり。
キリスト教系の幼稚園と教会の合同主催で、ブラジルで数年前まで暮らしていた日本人シスターが講演をすることになっているので、外道オカムラは「なるべく」おとなしく、ボルテージを下げることにする。
ビデオ上映後のこのシスターの講演で、
「ブラジルでは旅行者は徹底的に付け狙われます・・・」等々。
これじゃあ彼の国の観光業に懸命な友人・知人たちに申し訳ない。
このシスターの講演後の茶話会で岡村に質問が相次ぎ、適当に盛り上げる。
年配の女性から「ブラジルにイグアスーの滝以外にいい観光地はありますか?」が最後の質問。
エコツーリズムなどにざっと触れ、
「フマニタスを観光として訪れていただいてもいいでしょうし、先日は日本から来た今年80歳になる女性がぜひ、とのことでリオのスラム観光にお連れしてたいへん喜ばれましたよ。収益はスラムにも還元されるのです・・・」
「ブラジルは自分を映す鏡」。
こんな素敵な言葉を残した日本ブラジル交流協会の研修生がいた。
けだし名言。


3/8記 死人と老人

東京にて
読者の方の意見を受け、「作品紹介」のいくつかに、櫻田さんにお願いして写真を挿入してもらった。
確かにいい感じ。
どの作品に入っているかはお楽しみ。
まだ足そうね。
早朝より機材を担ぎ、多磨霊園近くの大学へ撮影に行く。
若き日の岡村に最も影響を与えてくれ、夭逝してしまった先輩への追悼取材の撮影開始である。
資金の宛て、なし。
帰り、スタジオジブリ近くの老人ホームに知人を訪ねる。
ブラジルでも日本でも、老人と死人ばかり相手にしている。
自分は老人と死人に好かれている―これくらいうぬぼれるのを許されよ。
老人、死人の皆さん、どうぞ僕と家族を支えてください―


3/9記 自作をいじる

東京にて
ちょっと過激なことを書きたいが、もう少しガマンしましょうね。
さて。
昨年11月に完成した「移住四十一年目のビデオレター グアタパラ編」の修正作業を新宿のビデオスタジオ「ビデオウオーク」で行う。
父と娘で運営するという、小津映画の未来版のような世界だが、いつも気持ちよく作業をしてもらっている。
プロのクオリティーで安く上げたいならここだ!
お嬢さんがブラジルに送ってくれるメールで日本の季節感を味わい、親父さんには作業の合間に最近の日本の業界事情を教えてもらう。
多少金がかかっても、納得がいくまで作品をいじれるのは自主制作者の特権だ。
この修正版を含め、新たに在庫の少なくなった岡村作品を業者でマザーからダビングするつもり。
限定版!
希望者は、相手を選ばせてもらうが、お早めにご連絡を!


3/10記 立川ブラジリア説

東京にて
月曜に引き続き、亡き先輩・古城泰兄の追悼取材で立川へ。
考古学時代の先輩・Y姉と。
Y姉いわく、立川はブラジリアみたいじゃない?
ブラジリアはブラジル中央に作られた人工的な都市。
確かに殺風景な平地に自衛隊関係や国立何たら研究所みたいな無機質な施設が続くが、
ブラジリアの方が、もうちょっと・・・
本業「アマゾンの読経」制作の片手間に手がけたつもりの取材だが、
とんでもないものに突っ込んでしまった・・・


3/11記  黒澤映画のように

東京にて
代々木のオリンピックセンターで行われる日本ブラジル交流協会生・23期生の帰国報告会に参加。
日本各地からOB・OGも駆けつけ、仲間意識で熱く盛り上がる。
後半、手持ち無沙汰となり、記録班のビデオカメラを借りて接写撮影をサービス。
20期生の発表のコメンテーターを頼まれて依頼、彼らとマスで付き合っている。
しょせんこちとらOBではない一匹狼。
さらりと現れ、さらりと消える。
「あばよ」と去る椿三十郎みたいにはいかないが。
君たちの拍手、そして君たちがブラジルに賭けてくれた金と時間と青春に感謝するよ。
星野さんが関連サイト「岡村淳 ブラジルの落書き」で新たに「貧しくなりたい」をアップしてくれた。
この舞台のドキュメンタリーを作れたら、と思っているのだが、さて、問題はカネと時間だ。


3/12記 移民のたはごと

東京→神奈川→東京
ブラジル移民となって少しはいいこともある。
ブラジルは、アル・カーイダに敵とみなされない、テボドン・ミサイルの射程外、サンパウロなどの中南部は大地震がない・・・
こんなことを言うとますます祖国で危険の中に生きている人たちに憎まれそう。
そして日本に来るとJR乗り放題のジャパンレイルパスが使える!
これは外国からの旅行者と海外永住者の特権。
オカムラがどんな使い方をするかは来週からの日記をお楽しみに。
それにしてもATMではない銀行の窓口、そして「びゆうプラザ」など日本も結構待たされる場所がありますなあ。
関連メディアのサイト中の「ブラジルと日本」で、岡村の新作記事がアップロード。
このネタはよりどぎつくバージョンアップするつもり。


3/13記 ウロコぼろぼろ

東京にて
全く日本の所番地は分かりにくい。
今日は2度も郵便屋さんのお世話になってしまった。
午後はどうしても聞きたい講演があって目白へ。
所番地を頼りに、ポケット版の東京の地図を見ながら探したのだが…
わからん!
下落合3丁目まではいいのだが、その次の番地が無いのだ。
ブラジルなら通りの名前と中心側からの距離を表す数字で地番が決まるので、その通りさえ見つかればまず間違えは少ない。
さて、奇跡的に現れた郵便屋さんに聞くと、3丁目は目白通りの北側にも飛び地であるという!
新宿の役人は何考えてこんな事を…!
だいぶ遅れて会場へ。
「フィッツカラルド」のクラウス・キンスキーとクラウディア・カルデナーレの、マナウスのオペラ座のシーンなみである。
数年前、ミーハーとなってセバスチアン・サルガドのサイン会に行った時のノリ。
講演は、目からウロコがぼろぼろ落ちる感動だった。
生きてきてよかった。
その人の名は、本田哲郎神父。
あとで不思議と直接お話しする機会をいただく。
ブラジルから、と名乗ると「向こうで宣教されているのですか?」
と聞かれたのが傑作だった。
本田さんのお話をよく咀嚼して伝えていきたい。


3/14記 汚れ水をくぐる

東京→神奈川→東京
「洗礼」の本来の意味は、ヨルダン川のとても入りたくないような汚れた水をくぐること。
つまり、汚れ水に身をくぐらせることの象徴である。
洗い清めて穢れを取り去るというのとは逆で、汚れ水をくぐることで、差別的な自分を取り戻すことである。
昨日、出会った本田哲郎神父はこんな話をしてくれた。
「小さくされたものの側に立つ神」(新世社)などの著書に詳しく書かれている。
昨年末以来、いくつかの「キリスト業界」のいざこざに巻き込まれ、骨折り損のくたびれもうけで腐っていたが、こんなご褒美をいただけた。
さて。
岡村はノートパソコンを持っていないので、インターネットカフェで日記を更新している。
ノートパソコンは、お年玉年賀はがきでも当たらないと・・・
すでにネットカフェの店数だけで8件を制覇。
今日は横浜の帰りに自由が丘でネットカフェを探すが、なさそう・・・
駅周辺をさんざん歩き、何人かに聞いても「ない」というが、電話ボックスの電話帳で調べると、漫画喫茶ならあるようだ。
わかりにくいところで・・・
エレベーターのないビルの4階、どうやらインターネットもあるようだが受付に店員がいない。
かなりしばらくしてバイト風のアンちゃん登場。
ドリンクサービスもあるのだが、アンちゃんが冷蔵庫の製氷皿をガタガチャやって氷を出している。
パソコンも横との仕切りがないので、さすがにアダルトサイトはのぞけない。
今様つげ義春的世界で、かえって気に入った。
でもまた行くかどうか。


3/15記 移民と縄文

東京にて
実家の荷物を整理していて戦前の先史学雑誌「ミネルヴァ」の『大東京の先史遺跡』特集のコピーが目に付く。
表紙は目黒不動で発見された縄文土偶。
午後、所用を目黒駅周辺で済ませ、世もふけてから実家へ歩いて帰る。
暗渠となった谷戸前川の川筋をたどりながら…
夜は地下の水音がよく響く。
小学生の頃、チャリンコや歩きで回ったあたり。
小学校時代、いにしえの人々、そしてはるか縄文にまで思いを馳せる―
豊かな気分。
(鹿児島!のインターネットカフェで入力・更新)


3/16記 のぞみのない旅

東京→静岡→大阪→兵庫
ジャパンレイルパスでの旅、開始。
新幹線沿いの用事を片付けていく。
このパスでは、「のぞみ」が使えないので・・・
ひかりはたっぷりだぞ。


3/17記 南日本入国

兵庫→鹿児島
1998年の二度にわたる「郷愁は夢のなかで」取材以来の鹿児島入り。
開通したばかりの九州新幹線はなかなかシックだぞ。
飛行機に乗らないでわざわざ鉄道で行くと、いい発見もある。
しばらくは自分の自由時間が極めて制限される・・・
鹿児島中央駅からタクシーでホテルに向かう際に、すかさずインターネットカフェを発見。
寸暇を縫ってチャレンジ。
料金は30分180円と安く、ドリンクバーは別料金120円。
店内にかなりのボリュームで有線放送らしい歌謡曲が流れている。
ブラジルの拙宅と同じWindows98のせいか、遅い・・・
ああカゴシマのカゴの鳥、長居はできず・・・
自由が恋しい、自分の時間が。
(お待たせでした、東京に戻って「更生」しとります)


3/18記 黄泉還る浦島

鹿児島にて
桜島を遥しつつ・・・
今回の南日本入りはあの拙作「郷愁は夢のなかで」とは無関係だが、桜島を眺める度に、主人公の西佐市さんを想わずにはいられない。
ところで実は昨年末、「郷愁は夢のなかで」の最終改訂版をひっそりと完成させたまま、公開する機会がなかったのだが、知人の計らいでどうやら岡村の滞日中に上映会が実現しそうだ。
近々、詳細をお伝えします。
さあ、つばめと、噴煙と共に、黄泉還(よみがえ)れ!


3/19記 拉致の砂丘

鹿児島にて
緘口令が敷かれているので、詳しく書けない。
拉致事件の舞台となった砂丘へ。
怪しい人を見かけたら…の看板。
我々の一行は実に怪しい。
(成田空港インターネットキオスクにて苦心の更新…)


3/20記 ハヤトの国で

鹿児島→福岡
とりあえず発表の予定のないビデオの撮影で、大隈半島を廻る。
南九州は民族・民俗学でタケとカヤの文化と呼ばれていたのを思い出す。
そして本土決戦。
鹿屋と知覧から飛び立った特攻の若者たち。
ちょうど58年前の3月、第2次大戦で日本の降伏が遅れれば、米軍はオリンピック作戦と称してここに上陸する予定だった。
さらにそして、家族に連れられて、学校を中退してこの地から南米に移住した少年のことを。
照葉樹の森があるという。
盛夏に訪れてみたい地だ。


3/21記 黄昏の墓参

福岡→東京
九州から特急と新幹線を四回乗り換えて東京の実家に戻る。
九州ミッション終了。
ドサ周りの連続と暴飲暴食で、さすがに疲れを覚えるが、今回の訪日中の東京滞在もあとわずか。
少しでも所用を済ませようと、無理してヘロヘロと町に出る。
男の子は不言実行。
先に日記に書いてしまったヒュースケンの墓参をお彼岸にも引っ掛けて決行しようとするが・・・
麻布にある寺についたのはもう日没直前。
墓は港区の指定文化財なのだが、あの案内板だけじゃわからん・・・
寺の本堂は静まり返り、人気なし。
意地で探す。
あった・・・まさしくひっそりと。
トワイライトのなか、かすかにローマ字で刻まれた彼の名前を確認。
ひざまづいて手を合わせ、再びヘロヘロと寺を去ろうとすると、なんと入口の鉄柵が閉められており。
どう見ても挙動不審なブラジル移民でした。


3/22記 移動する移民

東京→ソウル→マニラ
さすがに朝、風邪の諸症状の気配。
プロポリス、姫マツタケ、ブラジルニンジンを多めに服用して、いざ出陣。
成田で出国審査を終え、100円コイン投入のインターネットを見つけて拙い日記の更新にチャレンジ。
英語・中国語・朝鮮語・日本語の入力切替ができることになっているのだが、これが旧石器人の移民には一筋縄に行かず。
文字化けばかり、機械を変えたりしながら10分100円で500円投じてようやく一日分の日記をアップ。
トランジットで訪れたソウル・インチョン空港にもインターネットプラザがあるようだが、待ち時間はフィリピン行きに供えたにわか勉強に専念する。
日本語なんざ成田で出国のハンコ押されりゃ、ほんのワン・オブ・ゼムだってこと。


3/23記 臭覚のマニラ

マニラにて
深夜、マニラに到着。
21年ぶりのフィリピン。
この熱気はアマゾンのベレン、マナウス並み、熱帯である。
町に出て、臭覚がマニラを思い出させた。
さすが戌年生まれ!
それにしても何の臭いだろう。
消毒剤や清掃剤に含まれる香料だろうか?
21年前は映像記録に入社して1ヶ月足らずの時。
「すばらしい世界旅行」『幻の人魚を喰う ジュゴンの海に潜る』の取材。
帰ってくる度に牛山純一代表プロデューサーに怒られ、3回フィリピンに渡った。
当時の牛山さんの自慢は入社早々のド新人を、たかが追撮のために3回もフィリピンに行かせたことのようだった。
あれから21年。
今度のフィリピンは、先輩・古城泰さんを偲びながら、自分自身を検証する試みでもある。
「KOJO」プロジェクト、どうやら本気でスタートである。


3/24記 味覚のマニラ

マニラにて
O兄は昨晩はチャイニーズ、今日はコリアン飯に連れて行ってくれようとするので、お願いですからフィリピン飯を食わせてください、と頼み込む。
うろたえ気味のO兄にヘンケンあるんじゃないの?と追い討ちをかけると、現場に出ると嫌でも冷房の無いところでフィリピン飯ばかり、マニラにいる間はせめてクーラーのあるところで、とのこと。
納得。
ところでオカムラクン、前に来た時はどんなもの食べたの、と聞かれるが、マニラで行った日本飯屋ぐらいしか思い出せず。
当時のスタッフは誰もが牛山さんに怒られないように、を究極の基準としてテレビドキュメンタリー作りに身心をすり減らしていた。
それ以上でもそれ以下でもなかった・・・
それにしてもフィリピン飯の豊かさに深く満足!
先回はそれを知り感じる余裕も無かった。


3/25記 大韓カンサ

マニラ→ソウル→東京
深夜、マニラの空港を発ち、未明にソウル仁川空港に着く。
トランジット待ちの間にインターネットプラザに行ってみると、英・韓・中語のみの対応だが、なんとタダで使い放題!
日本語でもサイトのチェックはできるので、ウエブメールを開いて、いくつかローマ字メールで返信を送る。
マニラの空港では30分で2・5ドルとられ、しかも日本語サイトは文字化けしてとられ損であった。
搭乗ゲートに向かうと、近くになんと日本語対応のインターネットサービスもあるではないか。
こちらは有料、でも50分2ドルでマニラや成田よりずっと安い。
そもそも今回ソウル経由となったのは、何年も前の大韓航空のマイレージがいまだに使えたからである。
我らがヴァリグブラジル航空のマイレージはフライトの翌年いっぱいで消滅、かの日航などは僕が使った時はその年いっぱいで消されてしまった。
インターネットといいマイレージといい大韓民国の太っ腹にカンサハムニダ。
今回のフィリピン行きで「KOJO」プロジェクトはスタートしたと言っていい。
グレート古城は死して、ブラジルと日本だけで閉じていた岡村の世界を開いてくれた。
オブリガードである。


3/26記 死者のリンク

東京→
マニラ帰りの昨晩以来、諸々の雑務にかかりきり。
ダビングからあがってきたビデオテープのセッティング、手紙書き、梱包等々。
全部一人でする。
フラフラヘロヘロである。
今回の訪日は、いろいろな形での死者のリンクの旅となった。
死者と生者をつなぐというより、死者をキーパーソンとして、これまでつながりのなかった生者をつないでいく。
岡村の役どころはこんなところのようだ。
本来は宗教に生活の保障されている宗教者の仕事ではないかね。
さて、いよいよ今晩より今回のメイン、リンクならぬリングの伊豆大島行きである…


3/27記 観音歓喜

→伊豆大島
いよいよ今回の訪日のメインであり、次回作「アマゾンの読経」のメインにもなりそうなヤマ場。
日伯掛け橋の会の有志による伊豆大島の海外移住者菩提・富士見観音堂の清掃に同行・撮影。
関係してくれた皆さんに深く感謝。
何かが動いたことを感じる。
これでブラジルに帰れそうだ。
Valeu!


3/28記 島の船出

伊豆大島にて
お世話になった日伯掛け橋の会の皆さんの船出を見送る。
ちょうど同じ船に転勤で離島する学校の先生たちが乗船。
生徒たち、島民たちの熱い見送りと五色のテープ。
他人事ながらその熱さに感動。
別れの速度に客船はふさわしい。
同じ東京都内の異動でもこれだけの熱いものがある。
かつての南米への移民船の船出を思うと慄然とする。


3/29記 観音受肉

伊豆大島にて
朝から富士見観音堂にこもって資料のチェックと撮影。
観音像を望む部屋は実に快適。
夕方からはペンションの部屋にこもる。
温泉も夕食の誘いもパスして、ひたすら深夜まで藤川師の資料に読みふける。
海を望むペンション「オアシス」も快適である。
佐々木美智子さんが貴重な資料を発見してくれたおかげ。
「アマゾンの読経」の主人公、故・藤川師を受肉したことを感じる。
心地よくも複雑な疲労感。
そろそろ潮時、作品完成に向かわなければならない。


3/30記 モスラの目線

伊豆大島→東京
調布空港行きのセスナ機で観音島を去る。
乗客9人乗りのアイランダー機。
通常の高度1200メートルのところ、「雲に押さえられて」600メートルにて本土上空へ。
ズバリ宮本常一先生の本の世界。
地上を見下げて思わず声をあげる。
ミニチュア細工の家々・・・
そうだ、これはモスラ・ラドン・ギャオスの目線だ。
自然と出てくるのはゴジラのテーマ。
モスラのテーマ曲に切り替える。
諸怪獣が東京タワーや新宿副都心を壊したがるのがよくわかる。
カスのような建売住宅群を踏み潰しても面白くない。
空から見下げる満開の桜が圧巻。
まるでハキリアリが地中で栽培するアリタケ菌だ。
この連想は人類史上初?
これだけ楽しんで6500円は安い。
・・・実は、空からギョッとするものと目が合ってしまいました。
大船の観音様・・・


3/31記 新百合デビュー

東京にて
新百合ヶ丘の日本映画学校で「郷愁は夢のなかで」最終改訂版の初上映会が実現。
平日の日中、しかも多摩地区だがウン十人が集まってくれる。
恐らくオカムラの上映会がなかったら、決して同席することのない面々が集まってくれたことが楽しい。
こういう時の出会いの種は思わぬときに芽生えるもの。
入場料タダの持ち出し上映だが、それもまた楽し。


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