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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2004年の日記  (最終更新日 : 2005/01/01)
5月の日記・総集編 冬のコナタ

5月の日記・総集編 冬のコナタ (2004/06/01) 5/1記 セナとシネマ屋

サンパウロにて
5月1日といえば。
F1レーサーのアイルトン・セナの事故死から十年。
1994年のこの日、細川周平さんとシネマ屋物故者ミサの後の飲み会のお邪魔していて、事故を知った。
あまりの組み合わせに、お互い、顔を見合わせたものである。
シネマ屋の皆さんとは、1988年に「すばらしい世界旅行」で『シネマこそ我が人生 活弁ブラジルを行く』を制作・放送して以来のお付き合い。
5月1日のシネマ屋物故者のミサは今も続いているが、いちばん親しくしていた元シネマ屋さんがさる事情から参加しなくなり、シネマ屋とは関係のない知らない人たちで盛り上がるようになってきたので、失礼している。
その後、細川さんは1999年に「シネマ屋、ブラジルを行く―日系移民の郷愁とアイデンティティ」というすばらしい仕事を新潮選書から上梓された。
唯一の瑕瑾は、拙作番組タイトルが「すばらしき世界旅行」になっているところぐらいか。
「兼高かおる世界の旅」と間違えられるよりいいか。
そうそう、「関連メディア」のページにあるサイトの「ブラジルと日本」に新しい拙稿がアップロードしてありました。
タイトルは「ブラジルのカレーは日本料理?」
この連載、6回目の今回で終了の予定が、ヒット数が多いとのことで続投となりました。
そろそろ次を書かねば。


5/2記 ひと月、経って…

サンパウロにて
5月2日、東京でのメイシネマ上映会に参加して下さった方、行こうと思って行けなかった方、心より御礼申し上げます。
よく「お気持ちで結構ですよ」と言われて困ってしまう人がいますが、そんなふうに困ることがたまにはあっていいんじゃないでしょうか。だいたいなんでも買える、という事態こそ異常でしょ。贈与しあうコミュニケーションの、お布施は触媒にすぎない。『仏教入門』「文藝春秋」2004年3月号より
僕は拙作のビデオパッケージに値段をつけないことにしている。
坊主への戒名料、神父への御ミサ料と同じ、その浄財が今後の制作資金になることを前提に、お金のない人はないなりに、ある人はあるなりに、お気持ちを…と言っている。
うえの引用は、我が意を得たり。
…さて、日本を出てからひと月になる。
再び、日本の銀行口座に確認をとってみるが…やはり振り込まれていない。
さあ書こう。
今回、訪日中に、かつてブラジルにいたことのある宗教関係者から、拙作「赤い大地の仲間たち」を10本、譲って欲しいと連絡があった。
本ページにも書いたが、今回の訪日は九州→フィリピン→伊豆大島と、一日の休みもない強行軍だった。
せいぜい数本程度のストックしか常時、日本の実家に置いていないため、10本となると、新たにややこしい手順で業者にダビングを発注して、こちらの手作業もあり、そもそもひとりですべてそれを行なうワタクシが旅から旅のため、日数がかかること、そして料金についてこちらの意向を確認させたうえで、お引き受けした。
それなのに!
旅先から東京の実家に連絡を入れると、シスター××から1本だけでもすぐに送ってくれ、それでないと困る、と実家の老母に電話があったと言う。
誰がうちの実家の電話番号を教えたのか知らないが、こちとら「自己責任」でやっているのに母を責められても困るのだ。
旅と旅の合間、睡眠時間や用件を削って(ビデオのダビングからセッティング等々、梱包発送までこうした人には想像のつかない手間がかかるのです)10本送って、お金は日本の岡村の銀行口座に振り込まれるよう手紙を添えて発送して再び旅に出ると、シスター××から実家の母親に、値段を言ってもらわないと困る、それに岡村の離日までに支払いたいので円がいいのかドルがいいのか至急連絡してくれ、と電話があったと言う。
まったく自分の都合ばかりで、こちらの言うことを聞いていないのだ。
旅先から××に電話をして、こちらの意向を再び確認させたのだが…
お振込みは一刻を争うことはありませんから、と気配りの岡村としては「一応」申し上げたが、今後、さっそく関連した仕事を続けるためにも資金がいる、とも伝えてある。
離日後1ヶ月たってもナシのつぶてというのは…
振込みが遅れるなら遅れるで、ハガキの一枚でも日本から送れば数日でつくのだ。
こちらから無理に押しつけたわけでもなく、向こうから頼まれたんだしねぇ。
さすがに神様がバックにおられる方は違う。
それ とも、当方への支払いは省略して、神様のもとに召されてしまったのだろうか?


5/3記 空白の憲法記念日

サンパウロにて
PCパニックに陥る前に「手マキにいたす」のタイトルで5/3の日記をアップしていたつもりなのだが、空白であることに9日に気付きました。
いったい何が?
前日に書いた宗教関係者のマジカルパワーか?
殺人ガスをまかれるよりいいけど、くわばらくわばらであります。


5/4記 ブラジルのカマボコ

サンパウロ→グァルーリョス→サンパウロ
(拙作「郷愁は夢のなかで」を愛知から東京まで観にいって下さったブラジル帰りの自称・浦島さんがHPにコメントを載せてくれています。
http://plaza.rakuten.co.jp/assobi/diary/
その名も「浦島?太郎の気まぐれ日記」!)

早朝、子供たちをそれぞれ「護送」した後、思い切って以前も書いた老人ホーム「憩いの園」に向かう。
最重要の話は、今は不特定多数相手には書けない。
昼過ぎに帰るが、早朝から計3時間、渋滞と悪路を運転して、腕のツッパリがしばらく取れない。
午後はあまり仕事にならず。
ブラジル名物カマボコ・ロンバーダのご紹介!
ロンバーダとは、道路をまたいでうずたかくカマボコ形に横たわるシロモノ。
住宅地・繁華街・学校の近くなどの道路で、暴走車を「物理的に」減速させようというわけだ。
まともに高速で突っ込んだら車を痛めるどころか、人体もやられる。
田舎には減速して乗り越えても車の腹をこするようなレベルのものもあり。
さてこのロンバーダ、いま時、サンパウロの町はもちろん、田舎でも黄色く塗ってあったり、100メートル、50メートル前、あるいは真横にロンバーダありの標識があるのが普通だが、今日訪れたグァルーリョスの町は、着色していないどころか標識もないのだ。
先回のルートはまるでわかりにくいので、新たな道順に挑んだが…
先行車がないと、テメエで徐行しながら確認するしかないのだが、後続車にパッシングや異常接近を食らうし、さらに堂々と片側車線を占拠して駐車する大型トラック、我が物顔のバイクに歩行者等々、第三世界的混沌である。
どこにカマボコがあるか、暗記しちゃうほど頻繁に通いたくないというのが本音。
ロンバーダと聞いてランバーダを思い出す人の偏差値はオカムラレベル。
ブラジルカマボコに食傷でカンサーダ・ハムニダ(韓国コロニア語)。


5/5記 バンダラルガ・・・

サンパウロにて
さる戦後移民のおじさんが「ブラジルでソブレビベ(サバイバル)するためには、いいメジコ(医者)、いいアジボガード(弁護士)、いいメカニコ(車のメカニック)をつかんでおくことだ」と教えてくれたことがある。
我々新移民はこの他に、いいパソコンエンジニアが必要かも。
さて今日の表題のバンダラルガとは、先日書いたインディオ・シンタラルガ族の姉妹部族、というのはウソ。
ポルトガル語で電話回線のブロードバンドのこと。
日本から進出しているK社に高いカネを取られたままサービスを拒否されているため、別のプロバイダと契約して、ついでにバンダラルガの導入を図り、今日、そのキットが届いたのだが・・・
新たな苦難の始まりであった。


5/6記 アマゾンをさすらう

サンパウロにて
昨日に引き続き、今日も近所のブラジル人のパソコン技術者にADSLの設置を頼むが、すでに小生の理解を超えた事態で通信不能状態に陥り、また明日、ということになる。
午後、友人の手引きで「アマゾンの読経」の主人公・藤川辰雄さんを知る人を訪ねる。
今回は僕にとって初めて、生前、一度もあったことのない人が主人公。
1986年9月、藤川さんがアマゾンで消息を絶つ前に生死の境をさまよっていた頃、僕もアマゾンにいた。
「すばらしい世界旅行」職員ディレクター時代の最後のアマゾン取材で、タイトルは「アマゾンをさすらう」。
なんとか今年中にこの「さすらい」に一段落つけたいのだが・・・
パソコン問題どころでヘロヘロになっていては、いかんね。


5/7記 成り上がり者の悲劇

サンパウロにて
今日は別のパソコン技師が来てパソコンをいじられるが、ウインドウズ日本語バージョンでの接続は機能しないまま。
緊急事態とみて午後、大家の櫻田さんにも来ていただいていじってもらうが、どうにもならず。
最初にインスツールしてくれた義弟に連絡して明日、救助を要請する。
本業はまったくペンディング。
日記の更新はもちろん、メールの送受信もままならず、イヤハヤである。
思えばインターネットを始めてまだ2年も経たない。
ブラジルのインターネット使用者全体でブロードバンドを使用しているのはまだ5パーセント程度という。
新参者がいきなりブロードバンドを、などと成り上がろうとした罰か。
青葉マークのくせにややパソコン中毒になっていた感もあり、いい毒さましと思うことにしよう。


5/8記 EXODOS

サンパウロにて
パソコン壊滅の窮地への義弟によるレスキューを待つ間に、しばらく音信のなかったブラジルの親友に電話をしてみる。
近々、家族で日本に引き上げるとのことで、感無量。
彼とは映像記録の取材時代に、アマゾンのインディオ保護区等々もまわった仲。
別の在サンパウロの日本人の友人も、近日中に日本に拠点を移すという。
時折、いつまでもブラジルにしがみついていることに寂しさを感じることもある。
こちらの仲間の数は減るけど、また日本で会えるさね。
お互い、死なないでいようね。


5/9記 ケブラ・ガーリョ

サンパウロにて
quebrar um galho:一時的に難問を解決する
義弟や櫻田さんの尽力により、拙宅パソコン通信の最低限の機能が復帰できたようだ。
不便は多いが、とりあえず。
リベルダージのネットカフェに通わなくてもすみそう。
異国で日本語通信環境を保つことの大変さが身に染みる。
かつての機能を回復するには、日本語ソフトのインスツールされたノートパソコンを次回の訪日時に担いでくるか、それまでにどなたかに持ってきてもらうか・・・
お年玉年賀はがきの1等が当たっていればねぇ。


5/10記 文字化け御免

サンパウロにて
午前中、「アマゾンの読経」の藤川さんを知る人にインタビュー。
夕方、思わぬことから今回のパソコントラブルと伊豆大島の富士見観音→アマゾンの読経がつながってしまった。
イヤハヤ。
パソコンで般若心経の写経ができるか、などとよく言っていた私である。
これまでのもっとも不思議な取材体験は世界的に有名なメディアム、ルイス・アントニオ・ガスパレットさんを取材した「すばらしい世界旅行」『ピカソが絵をかく!ブラジルの心霊画家』。
このことはまだ文字にはしていない。
映像チャネラーと称することがあるほど、ソコソコ体験をしてきたが、今回はナカナカ・・・


5/11記 大西さん・・・

サンパウロにて
まったく偉い手間と暇と金を使ってADSLを導入して、接続速度もダイアルアップ時代より悪くなった。
今日も電話会社にクレーム、すると子供だましのような対応。
パソコンはそこそこにして、久しぶりに本業の「アマゾンの読経」映像チェック作業をメインに。
1999年のアマゾン・トメアスーでの映像だが、現地でお世話になった大西邦光さんは今年1月、急に亡くなってしまった。
痛かった。
NHK「日曜スペシャル」『第二の祖国に生きて 映像作家の記録したブラジル移民』のあの大西さんである。
岡村の作品の中では1991年、映像記者スタイルでの記念すべきデビュー作品「フリーゾーン2000」『出稼ぎラッシュ!アマゾンの日本人村は今』で大西さんもデビュー。
奇しくも敬愛する「フリーゾーン2000」のシリーズ最終作となった1996年の『アマゾン開拓家族の肖像 出稼ぎブームのかげで』もイチオシしたい作品だ。
生前、大西さんは記録に関して不思議なことを言っていたのを思い出す。
1996年に取材を開始して以来、今回の作品の協力者を何人なくしたことだろう。
さあ、お仕事。


5/12記 まだ98を・・・

サンパウロにて
さる雑誌のバックナンバーを見ていて、外国と連絡を取っていて「あの国はまだウインドウズ98を使っていない」と言ってしまった自分の差別性を反省している、という文章に出会った。
人様より1世紀遅れてインターネットを始めた僕にはこの辺の「生前」の歴史はわからないんだけども。
今やブラジルでもウインドウズ98は肩身が狭くなっている感じ。
大量消費・大量廃棄のグローバリゼーションに振り回されない確固たる自分を、とは思っているんだが。
えっ、それにはウインドウズXPが必要だって?


5/13記 ・・・三ヶ月です

サンパウロにて
インチキ日記サイトも今日で三ヶ月目。
訪日・訪比、パソコントラブルなどもあったが、いちおう日々是交信を継続中。
あなたのクリックに乗せられて・・・
ヒット数の推移をメモしているが、今のところ徐々に増えている。
現在、取組んでいる「アマゾンの読経」の主人公・藤川真弘師は、伊豆大島富士見観音堂の訪問者数を日記の隅に記していた。
最後のブラジルの旅に出るまで・・・
そのあたりは本編で紹介しましょう。


5/14記 ショヴィスカンド

サンパウロにて
二日酔いともいっていられず、早朝から子供の護送。
家を出てまもなく小雨となる。
年末から今年に入ってしばらく、サンパウロでは貯水池地方の降雨不足とのことで断水の危機が叫ばれ、節水キャンペーンが行われた。
その後の貯水量はどうなったのだろう?
節水の呼びかけのなかで驚いたのは「水洗トイレを灰皿変わりにしないでください!」。
たばこの吸い殻ひとつ流すのに、10リットル以上の水を浪費するという。
「車の洗車はホースで水を流しっぱなしにせずにバケツの水で」などと並んで掲げられているので、こういう連中が結構多いのだろう。
そういえば、あいつ・・・
日本の知人からいただいたメールで、マンション・団地住まいでペットの「遺体」をどうするか、というのがあった。
公園や花壇等に埋葬に、というのはまれで、生ゴミ扱いが多く、トイレに流すも少なくないとのこと。
ハムスターがトイレに詰まっちゃって、なんていうトラブルもあるとか。
拙宅も団地、せいぜい金魚やメダカぐらいだが、死体処理はバカ親父の任務。
植木鉢用のストックの土に埋めていた時もあるが、後日、遺骨を目にして以来、小封筒とビニールに包んでゴミに出している。
えっ死体をゴミに出しちゃうの?
縄文時代のゴミ捨て場といわれる貝塚には人骨が埋葬されていることもある。
ゴミに対する意識の問題である。
・・・現実に戻ると、ブラジル人が車の窓から火も消していないたばこをポイ捨て。
もう雨は止んでいる。
危ねえじゃねぇか!
下水道は詰まるし。
たばこはトイレに捨てろ!
じゃなくてマナーも守れないような奴に吸わせるな!売るな!
ブラジルの環境保護区の火事の原因はたばこのポイ捨てが多いらしい。
たばこは免許制・納税制にせよ!


5/15記 移民と映画

サンパウロにて
拙文を載せてもらった「ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo13号」が届いた。
当サイトの「関連メディア」のページにある旅行会社のサイトに「サビ抜き」で書いた「ブラジルの日本語映画」をもう少し突っ込んで、オカムラらしい香辛料を効かせたもの。
蛇足とは思いつつ、ブラジル日系社会事情を知る「通」の方には笑えるオチまでサービス。
neoneo3号に「シティー・オブ・ゴッド」についても書いているが、これは作品の仕上げと訪日前のドサクサにしたためたもので、お手柔らかに。
そろそろブラジルのドキュメンタリーについて書かねば。
それにはまず、見ねば。
「neoneo」の
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5/16記 私は何?

サンパウロにて
不特定多数相手にサイトとメールアドレスを公開していると、面白いことがある。
面識のないかたから頂戴するメールには心ときめくものだ。
今日はこんなメールをいただいた。
サイト読者の皆さんとこの感動を共有したい。

突然メール致しまして申し訳ありません。

相談したいことがございまして、メールさせていただきました。

我が家のお風呂にナメクジがよくでるのです。
排水溝から上がってくるようなのですが、
上がってこないようにする為のよい方法は
ご存知でいらっしゃいますか?

皆さんといっしょに問題を共有して回答を見出したい。


5/17記 返信

サンパウロにて
追込みの本業、家事、瀕死のパソコン環境のなかで何をやっとるのかとお叱りを受けそうだが。
以下、昨日紹介したメールへの返信。

○○さま

メールをいただいたブラジルの岡村です。
ご相談の御宅の風呂場のナメクジの件ですが、ナメクジマニアとしてはより詳しい状況を知りたく存じます。
御宅の場所、住居の形態、年間・一日を通してのナメクジの出現傾向などです。
またナメクジの出現によってどのようなマイナスがあるのかも知りたいところです。
さて念のため検索サイトでナメクジを調べてみると3万3千件にもおよび、数々の専門家によるナメクジ駆除サイトがある事も分かりましたが、そのなかで私にご相談いただいた経緯もお教えいただければ幸甚です。

ご相談について、さまざまな分野のエキスパートの読者の多い拙サイトでご紹介させていただいたところ、さっそく以下のようなアドバイスをいただきました。

(前略)答えになっているかどうかわかりませんが、うちでは、髪の毛などを流さないようにするための、細かな穴が開いているゴム製の蓋状のもので蓋をしています。
東急ハンズで売っています。(後略)

以上、取り急ぎご返信まで。

ブラジル・サンパウロ
記録映像作家
岡村淳



5/18記 姉妹観音

サンパウロ→スザノ→サンパウロ
伊豆大島の富士見観音の姉妹像のあるスザノ金剛寺を新たに訪ねる。
両方拝んでいる人はそう多くはあるまい。
姉妹を見比べて絶妙なコメントをした人がいるが、その人も今や故人。
一見の価値あり。
スザノ市内、給水塔の近くです。
加持祈祷に応じてくれ、非日系人の信者も多い。
住職に話を聞くが、拙作を深め、高め、開いてくれるだろういいお話をしてくれた。
オレのやっていたのはそういうことだったのか・・・
南無観世音大菩薩。


5/19記 究極の不登校

サンパウロにて
「人との競争を下品なことと感じている」。
日本の雑誌でこんな言葉を発見。
不登校の人の特徴の一つだそうだ。
拙作「郷愁は夢のなかで」の主人公・西佐市さんの思想で、知人だった溝部さんが興味深いことを伝えている。
西さんはスポーツが嫌いだと言っていたそうだ。
理由を聞くと、「競技で負けた人が気の毒だから」。
日本のホームレス通の写真家が「郷愁は夢のなかで」を見てくれて、西さんを「究極のホームレス」と呼んだ。
西さんは「究極の不登校」であるかもしれない。
不登校の人にも見ていただきたい作品だ。


5/20記 A型親子

サンパウロにて
今日は下の息子の遠足。
外が真っ暗の午前5時代から7時半の集合時間を気にしている。
さてオヤジの方は、先日紹介したドキュメンタリー映画のメルマガ用の次の原稿の心配をしている。
締切りは数ヶ月先だろうが、これから半年ばかり作品まとめの「行」に入るので、追込みになってから他人のドキュメンタリーなど見る余裕はないだろうから。
このメルマガでは編集者の好意に甘えてこれまで2回、ドキュメンタリーとは関係ないことを書いているので、今度こそブラジルのドキュメンタリーについて書かねばならない。
そのため今のうちに貯金をと、昨晩に続いて今日もドキュメンタリーを見に行くことに。
映画館でドキュメンタリーがかかっても、いつまで上映されるかもヒヤヒヤだし。
最近も自分の作品で頭に来ているうちに、何本も見逃している。
そんなわけで今日見た「RIO DO JANO」はなかなかの拾い物だった。
フランスの国民的漫画家・JANO氏のリオ取材のメーキング的ビデオ。
日本で見られるリオものソフトといえば、「シティー・オブ・ゴッド」に「黒いオルフェ」、それにせいぜい「リオの若大将」ぐらいだろう。
日本ではまずかからないどころか、情報も入らないだろうドキュメンタリーの佳作を発見する。
これも犯罪都市住まいのよろこびなり。


5/21記 安全運転の敵

サンパウロにて
朝の子供の護送の際、信号待ちでカップヌードルがのび上がるほど待たされる個所がある。
最近は時間潰しに日本語新聞や雑誌を車に持ち込むことにした。
安眠するための秘訣、という記事が目につく。
興奮するといけないので、寝る前に受信メールのチェックはしないこと、というのが今様である。
今週になって、早朝、子供を送りに出る前にメールをチェックしてさる日本のギョーカイ人からの依頼メールがあった。
考えれば考えるほどムカツく内容で、運転にも差し障るほどだった。
これはもう、日記に書いちゃおうか?
安全運転のために、事前に差し控えること・・・


5/22記 書物の祭典

サンパウロにて
明日23日はダブル・ブッキングの撮影。
こんなことはめったにないのだが、重なる時は重なる。
今からやや緊張。
A型っすから。
今日は家事と身辺整理。
さて当サイトの「関連メディア」ページ「ブラジルと日本」でリンクしている旅行社のサイトで新しい拙文がアップロードされた。
以前、この日記にも書いたサンパウロ国際図書ビエンナーレについてオカムラ流に、かつ「ライト」にスケッチしたもの。
タイトルは「サンパウロの書物の祭典!!」。
長らくお待たせのBUMBAも新刊が出たようだが、これはまだ筆者のもとには届いていない。
ということは、またそろそろ新しいのを書かねば・・・
BUMBAの方は○ヶ月に一遍だから、まだいいが。


5/23記 ミラグレ

サンパウロ→イビウナ→サンパウロ
相変わらず変な日本のマスコミ関係者から変なメールが入る。
このサイトでさらし者にして皆さんと怒りと笑いを共有しようかとも思ったが、これ以上当サイトの品位を落とさないために止めておく。
今日は奇跡的な偶然が起きたので、それに免じて恩赦である。
うれしさのおすそ分けで、最近、心を打った言葉を紹介しよう。
「かつて私は、宗教的なものを持とうとはしませんでした。でも、夢の中で何回か神様と喧嘩したことがありました。なんでこのこどもたちが、地雷の犠牲にならなければいけないのか。あなたが本物の神様だったらこのこどもたちを守っているはずだ、と。私はクリスチャンでもなければ、仏教徒でもありません。でも今わかるのは、神様はいる。この罪もないこどもたちを守りたい。しかし、神様には身体がない。だから身体を持っている私たちがそれをしなければならないのだと思うようになりました。」
「あけぼの」2003年1月号『地雷で傷ついたこどもたちに捧げる』より。


5/24記 雨と御大

サンパウロにて
昨日は10時間余り休み無しで運転と2件の撮影を行い、疲れを今日まで持ち越し。
フラフラしながらメールと当サイトの管理ページをチェックすると、月曜だというのに通常以上のアクセス数があり、ヨイショと気合いを入れて昨日分を更新。
ヘロヘロながらも子供の件、そして日本の知人からの頼まれもの探しで街に出る。
珍しく今日に限って防水帽子をかぶらずに出て、雨に思いっきり降られる。
ようやく地下鉄に駆け込むと、ブラジル人たちが濡れ鼠のジャポネースをギョッとしながら見つめるのがわかる。
ふと牛山純一門下時代のことを思い出す。
牛山御大から番組制作以外のプロジェクトを仰せつかり、映像記録に入ったばかりの若者を助手として使うよう賜った。
近くのコンビニに買い物に行ってもらう用ができて、若者に命じると、
「オカムラさん、外、雨が降ってますよ」と二の足を踏まれた。
「牛山さんに言われたら、ヤリが降っても行くんだよ!」と私。
雨の社用外出は拒んだが、ファッションヘルスにはこまめに通い、聞いてもいないのに成果を語っていた。
アコギな手段を使って入社してきた若者だったが、数ヶ月と持たなかったなぁ。
・・・さ、カゼひかないようにしないと。


5/25記 友達よこれが私の・・・

サンパウロにて
午前中、日本から戻ってこられた在ブラジル被爆者協会の森田さんを訪ねる。
昼は人に人を紹介するため、会食。
夜は人に人を紹介してもらって会食。
その外、子供の送迎、買い物、銀行手続きに炊事など。
さあもうこれから「アマゾンの読経」を完成させるまでは、新しい仕事を引き受けるのは極力避けよう。
まあ朝から晩まで雨がよく降る。
まるで日本の梅雨時。
洗濯物の乾きが・・・


5/26記 一蓮托生

サンパウロにて
昨晩以来、強風が続く。
我が家は総所帯数1,000近いマンモス団地にあり。
早朝、下の息子の送りに駐車場に行くと、リモコンを押しても入り口のドアが開かない。
リモコンの電池のせいかと思い、通りがかった団地のガードマンに助けを求める。
彼のリモコンでも開かない。
調べてもらうと、停電だという。
地下鉄で行くことを考え、子供用の乗車券を自宅に取りに行こうとするが、エレベーターも止まっている。
さすがに10階まで暗闇を自力で往復する時間と体力は乏しく、新たに駅で乗車券を買うことにして地下鉄に向かう。
駐車場に入ってから停電になられたら、長時間監禁されるところだった。
我が家のパソコン不調の時はかなりうろたえ、絶望的な気持ちだったが、全団地の停電となってエレベーターも車の出し入れもできないとなると、かえってすがすがしい思いがするから面白い。
停電の度に思い出す。
電気のない村で、土地なし農民たちとランプ生活を送っていた故・石丸春次さん。
石丸さん、あなたは常にカッコよかった。
出会いに泣き、別れに泣きました。
あなたの存在は感謝であり、誇りです。


5/27記 口と形

サンパウロにて
太平洋往復雑誌
未明より昼前まで郵便物の梱包と発送作業。
昨日、ようやく不定期刊行誌「Bumba」の新刊を入手した。
編集長より先週電話があり、新刊が出たというので郵送をお願いしたのだが・・・
サンパウロの郵便事情なら、市内は翌日には到着する。
しかし1週間経っても来ない。
Bumbaでの連載はノーギャラどころか写真代等々、持ち出しである。
仮にも商業誌だし、ボランティア執筆者に刊行と共に届けるなり送るなりしても罰は当たらないと思うのだが。
今回の取材協力者の方からお電話をいただき、そこには編集部の関係者から1部届けられたという。
「前は何冊も下さったのですが・・・」
とのことで、じゃあ僕が編集部に連絡して、在庫があるなら「執筆者の分」も含めてもらってきましょう、ということに。
電話をすると在庫に不自由ないとのこと、岡村に郵送を約束した編集長は不在、という。
てなわけで、昨日、交通費をはたいて、仕事時間を使って恐れ多くも大編集部に雑誌の拝領に参上させていただく。
刷り上がった拙稿を見ると、思わぬチョンボがあり、ガックリ。
・・・僕がどうしてそこまでするのかは、今回の拙稿を見てもらえれば、わかる人にはわかる。
「これは僕の生き方の問題だから」。
こんな素敵な言葉をくれた人が「郷愁は夢のなかで」でいたでしょ?
ここでブラジル日系社会が誇るBumba誌らしい最近のエピソードを一つ。
日本は山口県に住む知人から、Bumbaの「定期購読」の代金を振り込んだのに、まるで送って来ない、とボランティア執筆者の私ゴトキのところまでクレームをいただく。
結論。
編集部は、山口県山口市の住所を山形県山形市として、毎号送っていたのだ。
毎号、日本から返送されていたという。
「郵便番号はあってたんですけどねぇ」と担当。
嗚呼。


5/28記 移民の鑑

サンパウロにて
去る日曜日に米寿のお祝いをした三浦さんのところに、祝賀会のビデオをVHSにコピーしてお届けする。
大変喜んでいただくが、ご覧いただくのがさらに楽しみである。
三浦さんのお人柄と人々から慕われていることがよくうかがえるいい祝賀会で、撮っていても時々胸を打たれた。
三浦さんは夫人を亡くし、サンパウロ市内のマンションに一人暮らし。
近所に一人息子の家族が住む。
別件があったので長居はせずに失礼する。
三浦さんの隣人のブラジル人女性とエレベーターで一緒になった。
彼女は、88歳の今も目も耳も頭も足もしっかりして自活する三浦さんの体と人柄をひたすら称える。
「やっぱり食生活かしらね。野菜と果物、魚。」とその女性。
こちらまで、とてもうれしくなる。
日系社会には人を利用することばかり、自分の欲と得ばかり、そのうえキレイごとをかますような輩が残念ながら多い。
それでも、多くのブラジル人たちから評判の悪いさるアジア系移民のようなことになっていないのは、三浦さんのような方々のおかげ、とつくづく思う。
自分のこれまでのテーマと今後について再確認する機会を得た。


5/29記 叔父のように

サンパウロにて
イラク邦人襲撃事件が気になる。
新方式を取っている拙宅PCが低値安定していることもあり、いくつかの日本の新聞社のサイトで同事件についての記事を拾い読み。
若い方の被害者はNHKを辞めて「叔父さんのようになりたい」とフリーカメラマンの道を進んだそうで。
ゾッとする。
日本とブラジルの、自分の甥・姪たちを思い出したため。
少子性の世の中、オジであることの責任は重くなる。
オジけづいたりして。
中国の一人っ子政策ではオジがいなくなるわけだ。
日本の民俗学ではオジ坊主なんて言葉があったな。
えっ、ブラジルのジュンおじちゃんみたいのは、ちょっと、って?
安心。


5/30記 冬のコナタ

サンパウロにて
土日は早朝の子供の送りがないのでありがたい。
風邪の諸症状だろうか、グッタリ。
当地は南半球、日が短くなる一方で、平日、下の子供の登校の時はまだ夜が明けきっていない。
こちらの今年の冬至は6月20日。
一陽来復が待ち遠しい。
昨年の冬至の朝は、北パラナの大地を疾走していた。
あまりの神々しい光景に息を呑んだ。
僕は天地創造に立ち会っている!
大地、そして宇宙を体感する希有な瞬間。
ビデオカメラで記録・表現するのは不可能と悟った。
助手席に座る友人のフォトグラファーが、車を停めてぜひ撮らせて下さい、と言い出すかと思いきや・・・
よぉくお休みだった。


5/31記 月締め御礼

サンパウロにて
「ラスト・サムライ」の日本語版上映に続いて「キル・ビル」の日本語版がブラジルの日系社会で大ヒット!
というのはもちろんウソ。
子供の件で街に出る。
5月は後半、仕事のペースが落ちてしまった。
でも月締めのためとか口実をこさえて、街に出たついでに気になっていた映画のハシゴ。
この国は突然、上映作品を変えるから思い立った時に見とかないと。
まずは「キル・ビル」。
タランチーノ監督のME(音楽効果)の異能ぶりには「パルプ・フィクション」で気付いていたが、今回も舌を巻いた。
そして最後の最後のクレジット部分でぶったまげる。
「あれ」とはかろうじて世代が重なるもんで。
日本のB級文化をこれほどまでに熱愛して昇華してくれるとは。
次回のカラオケのお付き合いは、これに決めた。
次いで「DIARIO DE MOTOCICLETA」。
「セントラル・ステーション」のワルテル・サーレス監督による若き日のチェ・ゲバラの南米旅行日記の映画化。
こちらはとりあえず言葉も出ない感動。
動くサルガドの世界だ。
日本ブラジル交流協会の在ブラジルの現役生で、間違ってこのサイトを見ている人がいたら、ぜひこの映画は見てちょうだい。
この映画を心の熱いうちに南米大陸で見ることのできる贅沢さ。
鑑賞後の余韻を発酵させようと、そして節約のため、雨の中、地下鉄2駅分を歩くことにする。
途中から大降りに。
また風邪がぶり返すかも。


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岡村淳 :  
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