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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2004年の日記  (最終更新日 : 2005/01/01)
12月の日記・総集編 観音開眼

12月の日記・総集編 観音開眼 (2005/01/01) 12/1記 旅の重さ

山口にて
30年以上前に初めて観た「旅の重さ」。
今日は山口県内を大移動。
本日もスケジュールはテンコ盛り、さまざまな出会いあり。
スタジオ作業終了から間髪を入れずに過密なスケジュールが続いている。
夜は学生時代から出入りしている山寺で、早めに休ませてもらう。


12/2記 なにわでデジャヴュ

山口→大阪→奈良
今日も過激なスケジュール。
大阪でいくつか電車を乗り換え。
ラッシュ時とはいえ、東京の比ではない感じ。
ソコソコに混んだ電車内の時間が長いが、妙に落ち着きを感じる。
僕の馴染んでいた東京の「かつての」雰囲気に近いせいのようだ。
違うのは聞こえてくる関西弁ぐらい。
近年の東京の方がおかしくなってしまったのでは。
とすると、なぜだろう。
中央を志向すること、中央であり続けることが継続すると、いかれてくるのだろうか。
そんな東京を変えうるのは、ゴジラか、地震か。


12/3記 善男善女

奈良→大阪→静岡→東京
ジャパンレールパスを駆使して、かなり厳しいスケジュールながら、ひとりでも多くの有人・知人と再会することを心がける。
静岡では、ブラジルで出会った若い日本人の友人と再会。
彼は事情により日本に帰ってから、日本にいる日系ブラジル人の彼女を、という悲願に賭け続けていた。
ついに入籍、というメールをもらっていたので、ぜひ会ってみたかった。
駅にノイヴァ(新妻)と一緒に待機していてくれる。
実にシンパチカのいい女性だった。
それにしてもいろいろな日系人がいるものだ。
話をしていて、彼女の叔父に僕はブラジルで会っていたことがわかる。
まずはおめでとう!


12/4記 観音開眼

東京にて
ついに「アマゾンの読経」完成記念上映会を迎える。
実にいい上映会だった。
多種多様の人々が集まりながら、実にノリのボルテージが高かった。
すべてが報われた。
残ってくれた人々と、朝まで反省会。
ウルサガタに一晩語り明かすだけの作品を提供できたというだけでうれしい。
皆さん、ありがとうございました。
皆さんのご厚意を糧に、この調子でやっていきます。


12/5記 一晩寝かして

東京→福島→東京
夕方、「アマゾンの読経」の主要登場人物・佐々木美智子さんが金・日の週二日間働くことになった新宿ゴールデン街の「一草」にデビューする。
新宿駅側からゴールデン街の2番目の路地に入って右側。
佐々木さんが呼びかけてくれたおかげで、止まり木のお客さんたちには昨日の拙作上映会に来てくれた人が多い。
隣のお父さんいわく「見た時は長いな、と思ったけど、一晩寝たらあの長さでいいんだと思うようになった」。
見る人の心身のコンディション、見る場所はかなり作品の印象に影響する。
師走の都心で5時間15分というのは尋常ではない。
ブラジルの海岸山脈やアマゾンのリゾート・ホテル、あるいは大型客船のシアターや船内テレビあたりなどがよさそうだ。
もちろん温泉付きで伊豆大島なんかも。
「アマゾンの読経」、またどこかで上映の機会があるといいですね。


12/6記 心無き身にも…

東京にて
朝一番で押さえてあった編集スタジオで「アマゾンの読経」を一箇所修正。
さっそく再びダビング業者に送る。
今回、ブラジルからの頼まれもので一番ややこしそうな買い物のため、原宿へ。
店内を物色していると、胸に響く旋律が聞こえてくる。
まさしくサウダーデそのもの。
ブラジルのMPBだろうが、そもそもあまり詳しくないし、曲名はわからない。
女性歌手のボーカルが始まり、やはりポルトガル語だ。
なんと、ユーミンの「ベルベット・イースター」ではないか!
高校の終わり頃からユーミンにこった時期があった。
アメリカの黒人女性グループによる英語版ユーミンがあったのまでは知っていたが。
お店で聞くと、有線放送ではなく、お店独自のBGMとのこと。
パッケージを見せてもらうと、TATIANAというカントーラ(女性歌手)の「ロッヂで待つクリスマス」。
岡村のブラジル行きは、ユーミンファン時代に萌芽があったのか。
不思議な体験。


12/7記 銀座のツノゼミ

東京にて
銀座で人待ちの時間に教文館の子供の本売り場・ナルニア国をのぞいてみる。
恐竜本はあってもゴジラ本はない。
福音伝道とゴジラは相容れないのか。
ズバリ福音館書店のコーナーで月刊「たくさんのふしぎ」『ものまね名人 ツノゼミ』(2005年1月号)を発見!
本に、そしてツノゼミに見出されたって感じ。
南米ツノゼミマニア(あんまりいねえだろうな)にはこたえられない好著。
日本のガキどもなぞにはもったいない。
知れば知るほど不思議な存在。
ああ、新熱帯区の、ツノゼミ潜む森よ。
その森を歩きたい。
そして誰かとツノゼミを語りたい。


12/8記 花模様

東京→埼玉→東京
アルゼンチンに花嫁移民として渡り、事情により日本に引き上げてきた女性を訪ねる。
一緒に近くの川筋を散歩。
アルゼンチン人が日本に来て、日本の家では人目に付くところに洗濯物や布団を干しているのに驚いたという。
向こうなら人目に付くところは花で飾るのに、とのこと。
ブラジルに長い人も同様のことを言っていた。
確かにそうして見ると、洗濯物がよく見えること。
花柄の下着まで。
これも人目を意識しているのかしら?


12/9記 明日のために

東京にて
「アマゾンの読経」の取材に取りかかった頃、無縁仏の話なんて取りつかれてろくなことがないからお止めなさい、というアドバイスをする人もいた。
しかし、止めなかった。
いろいろあったが、ついに完成して百人近い人に見てもらうことができた。
おかげさまで疲れ気味ではあるが、健康である。
今回の仕事の残務とともに、今後の仕事の準備も進め、今日もすばらしい出会いがあった。
やれる限りは、やる。


12/10記 モスラとカピバラ

東京にて
ついに待望の「ゴジラ FINAL WARS」を観ることに。
金曜日の最終回、ガメラやメガギラスに破壊された渋谷を選んだ。
「ハウルの動く城」を観たのと同じ渋東シネタワーだ。
「ハウル」の時は平日の午後だったが、立見寸前の大入りだった。
今回も覚悟して早めに行くと…
先週の拙作上映会の半分ぐらいの人の入り。
おいおい、ゴジラは世界に通じる日本の文化だぞ!
日本の親父どもよ、金曜の夜ぐらい、外で飲んだくれてねぇで、子どもを連れてゴジラを見に行け!
ゴジラに世話になってねぇのか!
しかも今回は最終作、怪獣総出演、堂々数ヶ国の海外ロケまでした大作なのに…
さて、作品について。
見事に土の匂いがしなかった。
まるで水耕栽培のレタス。
好き嫌いはあるだろうが、ナメクジオタクとしては…
グッズはだいぶ買い込んだが、ブラジルの息子に、なんて言おうか。
今日のタイトルについて。
作品中に、世界広しとは言えども、おそらく小生ぐらいにしか見抜けない楽しいパクリを発見。
これは〆切迫る連載「住めばブラジル」に書きましょ。


12/11記 気分はブエノス

東京にて
夕方、地元の中央郵便局に寄り、その足で隣駅にあるインターネットカフェへ。
真っ暗になった町を歩いていると、何軒ものクリーニング屋さんが目に付く。
どの店も土曜の夕方だというのに、お父さんお母さんたちがせっせと働いている。
ふとアルゼンチンのブエノスアイレスを思い出す。
ここでひとこと移民雑学帖。
アルゼンチンに渡った日本移民は、洗濯屋さんや花屋さんになった人が多い。
タンゴはなくても日本の街角からブエノスをしのぶことができる。


12/12記 祖国をよろしく

東京→シカゴ→
イヤハヤ例によってというか、いつもにも増してというか、あわただしく出国。
なにせ一人でやっているので、しかも加齢による頭の回転に鈍さ、疲労の蓄積もあり、ご無礼・非礼の程はどうぞご容赦を。
シカゴで長時間のトランジット。
9月に予約をしたが、こんな便しか取れず。
さすがに同じコネクションでブラジルに行くような人はほとんど見られず。
日本で購入、まだワード機能しかわからないノートに、締切りの原稿2本を入力。
さあ、無事帰れるか。


12/13記 あやまれ!

→サンパウロ
サンパウロの空港から帰宅まで、三つのヤマ場あり。
第一は手荷物がややこしいコネクションをクリヤーして届くかどうか。
案の定、スーツケースひとつが見当たらない。
「アマゾンの読経」協力者の皆さん宛の三本組のビデオテープがどっちゃり入っている。
さてどうしようか。
するとベルトコンベアーの脇に死んだアサリのように口を開いたスーツケースが、申し訳程度に白いガムテープを巻かれてうっちゃってあるではないか!
わがスーツケース。
テープはアメリカ合衆国のセキュリティーのもの。
なかには外されたベルトとともに、印刷した手紙が。
保安上の理由で施錠を壊して内容物をチェックしたとある。
わびの一言もない。
家内の実家から借りたスーツケース。
しかも預かり物まで複数あって中身はパンパン、何か紛失しているかどうかはすぐにはわからない。
金儲けに日本に行く連中ばかりだっていうのに、こちとら持ち出しで移民の記録を祖国に伝えてきたのだぞ!
何が問題だっていうんかね!
壊してくれやがって、どうしてくれんのよ!


12/14記 日常再開

サンパウロにて
深夜1時前に覚醒。
ようやくパソコンに向かう気になるが、インターネットにアクセスできず。
プロバイダに電話、電話は電話会社に回されテストの結果、ウイルス対策ソフトのせい、ということになった。
我が能力ではお手上げ、急ぎの用件もあるので、今日からまたランハウス通いかと思いつつ、今回、日本から持参したマニュアル類を開いていじっているうちに開通!
留守中のスパムメールを処理しているうちに朝になる。
そのまま子供の送り迎え、午後まで。
妻と手分けをしてだが、バガボンド亭主のいない間、彼女は仕事の合間に一人でこれをしていた。
温泉につかることも、大仕事を終えて酔いつぶれる機会もない短い訪日だったが、やはり日本で遊んでいるわけにはいかなかった。


12/15記 切手大国

サンパウロにて
子供の件で街に出たついでに、中央郵便局まで足を伸ばす。
グリーティングカード用の記念切手の購入。
上映会でお約束したように、今年は枚数が多い。
オカムラゴトキもパソコン通信がメインとなり、中央郵便局詣での頻度は減ったが。
ブラジルはなかなかの切手大国で、切手マニア(最近、聞かなくなったねぇ)をうならせるものが多い。
切手は文化。
今時、このアナログさがいい。
今日はカードの買出しに行こう。
DNA検査を避けて、裏面をなめないけど、ブラジル便りの切手、お楽しみに!
○○マニアのアナタにはスープレーザあり!


12/16記 消えた呼び声

サンパウロにて
友人との会食、帰宅は深夜になる。
妻子は寝静まっている。
それにしても外の騒音。
拙宅はアパートの10階、片側3車線のアベニーダに面しているため、24時間、車の騒音が絶えない。
子供たちに申し訳なし。
今回、日本は東京・目黒の実家に戻って気付いたこと。
夜間は物音ひとつせず、時折、近隣の家の空調の音が聞こえてくるくらい。
住宅街だが、すぐ近くにバス通りもある。
かつては深夜の足音、通行人の話し声も聞こえたのだが。
不気味なまでの静けさ。
朝がまたおとなしい。
通学の子供たちの声も聞こえなくなった。
少年時代、近所の友達が「じゅーんちゃーん」「おかむらくーん」と独特のイントネーションで我が家に呼びかけてきたのを思い出す。
僕もそんな風に友達の家を訪ねた。
今時、田舎に行ってもあの呼びかけの声は聞こえなくなったねぇ。
「アマゾンの読経」をご覧になったアナタ、あのアマゾンの女性の「雄叫び」、いかがでした?


12/17記 雨期にて候

サンパウロにて
サンパウロの年末年始は雨期に当たる。
昨年は雨不足・水不足で断水寸前まで追い込まれた。
今年は雨が多そう。
今日は朝から雨。
夜また雨。
ああレインフォレストが恋しい。
潮風と降雨林のフィトンチッドを欲す。


12/18記 手塚とブラジルと西さん

サンパウロにて
家族のお祝い事もあって未明よりフェイジョアーダの準備。
コツがますますわかってくる。
ミナス産ピンガと共にいただいて一服。
今回、日本からは大変な荷物のため、書籍をだいぶ削ったが、それでも持ってきた手塚治虫の文庫バージョンを紐解く。
それにしても、こちらの都合も聞かずにブラジルへのことづけ物を一方的に送りつけてくる人たちには困ったものだ。
その分、自分の仕事や家族のものを削り、航空会社や税関にいたぶられるのだから。
今後は拒否権発動としようか。
さて、秋田文庫バージョンの「ミッドナイト」①。
第4話に拙作「郷愁は夢のなかで」の主人公・あの西佐市さんみたいな人が登場、深く打たれる。
西さん、そして「郷愁は夢のなかで」あっての「アマゾンの読経」。
手塚さんは遺作となった「グリンゴ」でブラジルもモデルにしたとみられる南米の国が登場、主人公がアマゾンの「勝ち組村」に至ったところで未完となっている。
グーグルで調べてみると、この「ミッドナイト」ではさらに濃厚にブラジル移民が関わることを知る。
次回の訪日でゲットしよう。
手塚さんは生前、サンパウロを訪れ、講演をしたことがある。
その前後の作品なのかもしれない。
それにしても、膨大な作品量。


12/19記 届け物

サンパウロにて
日本での預かり物等のお届けなどで聖市(サンパウロ市)内を車で回る。
ほんの少しずつ、物が片付いてくる感じ。
ひとつひとつ、かたしていかないと、先に進めない――


12/20記 送る人

サンパウロにて
先週でひととおり、小包関係の発送を終えたつもり。
今日からカード書きに入る。
この人には例のカードにあの切手と切手の組み合わせ、さてあの切手はどこだっけ、例のカードはいずこ…
こういった調子なので効率は極めて悪い。
思えば今回の訪日でも、到着早々から離日寸前まで郵便と宅急便の手紙書きとパッキング、そして発送に追われていた。
スタジオ編集作業と睡眠の他の、大半の時間はこれだった。
これも喜び、喜び。


12/21記 坂のある街

サンパウロにて
挨拶回りや届け物などで、昼・夜とリベルダージへ。
グロテスクで、神体なき赤鳥居。
路上の汚さ。
夜はいつ襲われるかと緊張感みなぎる。
友人夫妻がそんなリベルダージに転居した。
とんでもない穴場だった。
ドキュメンタリー命の小生ですら、映画を撮りたくなるほど。
20世紀初めぐらいの二階建ての長屋が傾斜地に続く。
夏草に石段。
僕が映画を撮りたくなるところには、石段があることに気付く。
サンパウロのオウロ・プレート(ミナスジェライス州の古都)だ。
いいところに引っ越したね、おめでとう!
えっ、オバケが?
ご神体がないからかな。


12/22記 尋ね人

サンパウロにて
12月4日の「アマゾンの読経」上映会で、コメントならびにカンパを下さった方々に、メールアドレスのみを記していただける方にはブラジルより御礼のメールを、住所を書いていただける方でブラジルから日本への郵便代以上のカンパを下さった人にはブラジルよりカードをお送りするとお約束した。
その作業にかかっているのだが、不明の方が出てきたので、読者の皆さんにご相談。
<大塚邦彦さん>
 友人の誘いでご来場いただいた方。
 メールアドレスを記して下さったのだが、岡村の判読がまずいと見えて、何通りかのアドレスにメールを送信してみたが、いずれも返信されてしまっている。
 どなたかこの方の連絡先をご存知ありませんか。
オカムラをうそつきにしないよう、ご協力をお願いします!


12/23記 決壊

サンパウロにて
昨晩、遅く帰宅した妻が、昨夕、アパートの門番のところに届いていた手紙をピックアップしていたのに気付く。
朝一番で開封。
「アマゾンの読経」に登場していただいた在日・日本人の二人の方々からのお便り。
拙作についての感想やその後の動向などが綴られている。
作品のエンドマークの後のドラマを知る。
あまりの感動に、完成上映会でもこらえていた涙と疲れがどっと堰を切る。
言葉に、ならない。
とりあえず言葉にしてみると、生きていること、の感動か。


12/24記 イヴの朝に

サンパウロにて
クリスマスイヴの今日、銀行の営業時間は午前9時から11時まで。
預金の残金が心配で、気持ちだけ入金に。
帰路、我がアパート前のバス停近くの商店の前で、妻の関係で顔見知りの日系老婦人らしい人が立ちすくんでいる。
実に険しい表情で、気の弱い僕はつい挨拶もせずに通り過ぎてしまった。
独身で一人暮らし、近年、何か病をされたとも聞いている。
イエスの誕生をお祝いすることに便乗しながら、小さき知人を素通りしてしまう自分を恥じる。
Uターンをして、思い切って声をかける。
見違えるほどの厳しい印象だが、応答からしてその人だった。
僕のことが認識できているのか、わからない。
「よいナタール(クリスマス)をお迎え下さい」
と言っておくが。
なにかかなり辛いこと、痛いことがあるのだろう。
あまりに無力な自分。
クリスマスなんてなきゃいい、と思っている人たちを心に留めよう。


12/25記 宴の後

サンパウロにて
クリスマスから元旦にかけては、サンパウロの大量の人口が移動する。
帰省する人々、海岸地帯で休暇を過ごそうとする人々…
そのおかげで市内の交通は、戒厳令下はかくやと思うほど静まり返る。
普段がひど過ぎるのだ。
市内に居残る身には、一番好きな時期。
妻の実家でクリスマスの昼食、その後、女どもの雑談が夜まで続く。
帰路、市内の交通はガラガラなので、クリスマスの電気装飾があるというイビラプエラ公園のあたりを通ってみることに。
公園に近づくと日常を超える大混雑。
1時間かかって車で数100メートル進むのがやっと。
知らなかったが、クリスマスの特別な催しがあったらしい。
われわれがたどり着いた時には、すでにハネた後。
帰宅まで2時間。
町ではマクドナルドまで閉まっている。
クリスマスの教訓。


12/26記 絶景

サンパウロ→ペルイベ
最低限の残務をどうにかして、ついに待望の家族旅行へ。
いつもそうだが、今回のは特にどんな場所か楽しみ。
道中もなかなか。
町用の車と日常の装備で行けるリミットといった感じ。
大西洋を望む、亜熱帯林に覆われた海岸山脈の山腹!
宿は値段相応のシンプルさ。
鍵の具合が悪い、窓が外れる、水洗トイレの水が止まらない…
等々あっても、補って余りあるシチュエーション!
何度となく海と山と森を見やる。
ヨーロッパ人到来当時の新熱帯区のイメージ。
東京に生まれ育ったオカムラチャン、いくら先住民側の心象に寄り添おうとしても、ムリ。
やはりどうしようもなく文明側にいる、と再認識。


12/27記 右か左か

ペルイベにて
今回の宿の食事は、朝のカフェのみ。
さすがに自炊はめんどくさいので、昼と夜は食べに出る。
宿の隣のドイツ人のおばさんが食事を作ってくれるというので、夜を予約。
大西洋と海岸山脈の亜熱帯林を望むベランダにて。
たそがれ時、セミとみられる虫の、混声合唱。
息子はこれがうるさいという。
僕は日本ほどの情緒はないが、新熱帯区の昆虫合唱で祖国の夏をしのんでいたのだが。
日本人は虫の音を右脳・感性でとらえて「もののあはれ」まで感じるのに対し、西洋人は左脳・理性でただの音としてとらえるという研究があった。
息子はハードは日本人ながら、西洋人のソフトを脳にインストゥールしてしまったのか。
妻いわく、自閉症のせいではないか。
確かにひと頃、騒音を嫌がって耳をふさぐようなことがあった。
他の自閉児は、虫の音にどう反応するのだろう。
ブラジルでは何人かとお付き合いがあるが、日本ではごくわずか。
光君はどうだろう。


12/28記 ミッシング

ペルイベにて
今回の宿の周囲の森は、サンダルにバミューダでホイホイ、といった生易しいものではない。
午前中は海に遊び、夕刻、意を決して森に挑む。
気になるのはツノゼミだが、あれらが好むような明るい森ではない。
すると流水域、渓流棲のトンボが目前に。
山頂までたどり着き、西に落ちる陽と共に山を下る。
宿近くで、なかなかとんでもないツノゼミを発見。
特殊進化の限りを尽くすかに見えるツノゼミの種間のミッシング・リンクのようなつくづく不思議な形態。
森の知的興奮。


12/29記 海山行かば

ペルイベ→サンパウロ
午前11時がチェックアウトのギリ。
もう一度、近くの森に入る。
敷地内の小径はだいたい把握できた。
計5種のツノゼミを確認。
虫のウンチに擬態したとみられるツノゼミ(ムシノフンツノゼミ)は「たくさんのふしぎ」『ものまね名人 ツノゼミ』のおかげで同定できた。
まさか、まさかの現実である。
まだ子供のいない頃から家族旅行をダシにして、サンパウロ近郊のまた来たい場所、宿を探していた。
ようやく、といった感あり。


12/30記 夏は来ぬ

サンパウロにて
ナタール(クリスマス)頃は例年になく涼しげだったサンパウロ、ようやく夏らしくなってきた。
留守中、スマトラ沖地震や奈良女児誘拐事件の容疑者割り出しなど気になる動きがあったようで、日本の大手新聞のサイトを日に何度も見る。
もちろんS新聞など精神衛生に悪いもののサイトは見ない。
所用で街に出るが、サンパウロも年の瀬感たっぷりなり。
市内の「アマゾンの読経」関係者を訪ねてご挨拶。
なにか、もらしてないだろうか?
年明け早々、異国へ取材旅行に出るので――


12/31記 半減期に

サンパウロにて
2004年2月に始めたこの日記サイト、まだようやく10ヶ月強の若輩だ。
ヒット数はジワジワと伸びていたが、9月の拙宅のパソコントラブルにより、数日に一回の更新となって、ヒット数はまさしく半減した。
11月の新パソコン導入により、再び(ほぼ)連日の更新を始めたが、半減期はそのまま続いていた。
ところがどうしたことか、よりによって大晦日を迎えて突然、ヒット数が最盛期並みに。
ひょっとして友人・知人のビッグサイトが拙サイトの紹介でもしてくれたのかと思ってあたってみるが、その気配もなし。
年の瀬のクソあわただしい時に、オカムラのサイトにアクセスしてくれるとは、申し訳ないような。
この1年を内省するのにふさわしい?
というより、旧年中に葬り去りたいような何かが…

以下、翌年の日記は別ページ「2005年の日記」に続きます――


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