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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2017/05/24)
「60年目の東京物語と盗作疑惑」美代賢志著

「60年目の東京物語と盗作疑惑」美代賢志著 (2005/11/06) 60年目の東京物語と盗作疑惑
美代賢志著(在ブラジル・フリージャーナリスト)


 クジラが陸上生活と別れを告げて大洋に泳ぎだした時の祖先は、ウシやラクダと同じ偶蹄目の哺乳類だったそうです。似ても似つかぬ動物の血のつながりが明らかになるのは、生物の進化の過程が記録されたDNAと呼ばれる物質の研究からです。著作物やドラマでも、一見、何の関係もないようなものが見えないつながりを有していることがあります。コロニアの映像作家である岡村淳さんの「六〇年目の東京物語」とNHKが制作したドラマ「ハルとナツ」は、まさにそんな関係にあると思えます。
 このドラマの設定に関して岡村さんが「盗作では?」という問題提起をされたのは、すでに新聞で報道されたのでご存知の方も多いでしょう。対してNHK側は、「岡村さんの作品を視聴した時点ですでに企画はできており、表現や内容で重なっている部分がないかどうかを確認するためだけだった」と主張、ドラマは岡村さんの作品と完全に無関係の形で誕生したと主張しています。
 ニッケイ新聞では「樹海」欄で(深)氏が双方の作品を視聴し、「別物」、つまり「似ていない」という判断を下し、なにやらそれで事件そのものを決着したように報道しています。ところが、作品の「DNA」とも呼べる制作の過程を見ますと、必ずしも(深)氏やNHKの主張するように「無関係」とは言い切れないことが分かります。
 まず頭に入れていただきたいのは、2003年2月に岡村さんの作品を視聴したことをNHKも認めている点です。橋田壽賀子さんはニッケイ新聞のインタビューに対し、資料集めに3ヵ月、続いて6ヵ月をかけて脚本を書かれたと話しておられます。また、2003年9月の時点で、まだドラマの詳細が決定していないことも、ニッケイ新聞が報じています。ニッケイ新聞の報道によれば、一応の脚本が完成してNHKがブラジルにロケハンに来られたのは、2003年11月です。ここから逆算しますと、企画が完全に固まったのは2003年4月から5月ごろです。つまり岡村さんの作品をNHKが視聴した時期は、ドラマの資料集めを実施していた時期なのです。当然、NHKが主張するようなドラマの「表現や内容を確認」できる時期では決してなかった、ということになります。もちろん、この時点で岡村さんの作品と同じ、「姉妹がブラジルと日本に別れ別れとなって音信が途絶え、数十年後に再開する」ということがすでに決まっていた可能性もあります。事実、NHKはそのように回答しています。
 ところが、インターネット大手のYahoo!のサイトにおけるインタビューにおけるNHKスタッフの発言では、NHK側の当初の企画では、まったくのブラジルだけの移民物語を構想していたような話しぶりです。しかも、名脚本家である橋田さんだからこそ考え出すことができたとも取れるような話をしておられます。つまり、岡村さんの作品を視聴した資料収集の段階では、日本とブラジルを舞台に姉妹が離別し数十年後に再会するという設定は決まっていなかったようなのです。
 以上のように、ドラマ「ハルとナツ」のDNAを調べますと、公式回答としてNHKが主張しているような事実はなかったか、少なくともNHKの主張は矛盾しているということです。もちろん、NHKの矛盾を正して真実を明らかにするという部分では、NHKが内部調査をさらに進め、NHKしか知りえない情報を公開する以外にはないのですが。
 これまで行われたブラジルの日本語新聞の報道、さらにNHKの主張も含めて、いずれも上辺だけの「似ているかどうか」に固持しており、作品のDNAに関わる部分を検討するという作業が、完全に欠落しています。私たち移民というものが長年にわたって築き上げてきた努力や価値―もちろん岡村淳さんのすばらしい作品も含め―というものを、私たち自身がもっと評価できないものかと思うのです。それはまさに、岡村さんが言う「移民作家はいつまでも黙って祖国の大メディアに素材を提供して、採用のあかつきには何の挨拶がなくても喜々としてありがたがっていればいい存在なのでしょうか」ということでもあります。私たちが日々楽しみにしている邦字紙も、国内外の大手の新聞と比べればごく小さな存在です。NHKの動画の前には、あまりにはかない存在です。しかし今日のように情報が発達していなかった頃、まさに暗闇を照らす蝋燭のように、私たち移民の情報源として、また精神的・思想的な支えとして、かけがえのない光彩を放っていたのではないでしょうか。ところが氾濫する情報の中に暮らす私たちは、見た目に気をとられるあまり、私たちが築いてきた素晴らしい価値を正当に評価できないでいるのです。これほど悲しいことがあるでしょうか。その結果、私たちが築いてきた価値、それが挨拶もなく使い捨てのように利用された可能性があるのです。しかも今回のように「無関係」とまで言われれば、異議を唱えるのはなおさらではないでしょうか。
 岡村淳さんの一連の作品のテーマは、私たち移民の多くが、そしてNHKもがテーマとしてきた「日本人のアイデンティティーを映し出すスクリーンとしてブラジルを引き合いに出した」というものではありません。数ある移民をテーマにした作品で、岡村淳さんの作品が異彩を放つのは、「人の絆」を浮き彫りにしているからではないでしょうか。家族という人の絆。土地を持たない農民たちの絆。地球を半周してひきつけあう姉妹の絆。移民と移民を送り出した人の絆。移民と移民を受け入れた人の絆。昆虫好きの絆。国を愛する人たちの絆。その絆に、岡村淳さん自身が加わり、記録しているという事実。ドラマではない現実世界がモニターに映し出されていること、その人間の営みのすばらしさに、私たちは圧倒され感動するのではないでしょうか。
 「日本とブラジルの両方を舞台に物語が展開する」というハルとナツの骨格は、岡村淳さんの作品がきっかけになって生まれたと私は思っています。しかし盗用されたのは設定だけで、人の絆のさらにそのひだの奥は、岡村淳さんの作品の中にだけ生き続けているように思われます。


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