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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2016/10/26)
「岡村淳の世界」中村勉著

「岡村淳の世界」中村勉著 (2006/04/25) 著者の「イビウナ庵主」中村勉さんは、在ブラジル邦人のなかでも数少ない良心的知識人です。
庵主を慕う人たちに発信されているBen’s noteに発表された岡村作品についての論考を、庵主のご快諾をいただき、転載させていただきました。


岡村淳の世界・序文
NHKの「ハルとナツ」は岡村淳の「60年目の東京物語」を無断借用したという見方があり、例えば、「NHKはドラマの少なくとも巻頭のタイトルの中に『参考資料』として、『岡村氏撮影のドキュメンタリー記録番組作品から』と一筆入れる事は、恥でもなく、(中略)同様な作品が過去に上映されていた(のだから)現代の常識…」という第三者のコメントもあります。この盗作論争を通じて、今は稀少価値になってしまった反骨という言葉を、三島由紀夫が残した「何でも『反』と付くのは格好いいのだ」と言う台詞と供に、懐かしく思い出しています。

しかし、私見では、岡村淳氏の志はNHKの目指すコマーシャル世界とは別次元のものです。「移住しなければ、本物の移民のドキュメンタリーは作れない」という信念がこの作家には感じられ、NHKのドラマとは異質の世界を垣間見せてくれる筈です。言うまでもなく、NHKのドラマがあって岡村作品がある等ということは、事の性質上あり得ず、あり得るのは後者があって前者があることしかないと言うこと(単に時系列の話でなく)です。

岡村淳の世界・ブラジルの土に生きて
映像作家、岡村淳さんが旧作「ブラジルの土に生きて」と「郷愁は夢のなかで」の二本のビデオを送って下さった。「アマゾンの読経」と併せてブラジル無縁仏三部作をなす、と添書きにあった。
岡村作品は、風景が美しい。「ブラジルの土に生きて」は89歳で他界した老基督者の晩年を描いたものだが、ミナス・ジェライス州の田舎の景色が好い。丘の上に立った木の十字架を窓が切取る映像と老人の聴き取り難い呟き「日本ではこんな景色は見られないだろう」が醸出す雰囲気は観る人を惹きつける。丘に建つ素朴な木の十字架の景色は作品中に繰返される。老キリスト者の生き様が自然に伝わってくる。夫である彼を世話する老妻の立居振舞いとセリフが又、素晴らしく、一幅の絵になっている。全編を通じて繰返し出てくるもう一つの映像が、二人が毎晩聖書を読み祈る姿である。素朴な木のテーブル、読み古された数冊のバイブル、そしてボソボソと読み祈る二人だけの世界が何とも心を打つ。
ミナス・ジェライスの広い田舎の草原と森、餌をついばむ鶏、整然と上下する孔雀の首、じゃれる猫、屋根を激しく打つ雨水、逞しい日々草の花、お互いを気にする赤ん坊(曾孫)と猫、等々。何の変哲もない映像が所々に挿入されている。物語に与える挿絵の効果だ。
死を間近に予感してか、妹、子供達、孫達が世界の各地から訪ねて来る。「兄さん、この前会った時より随分元気だわ」「おじいちゃん、又来るからね」「お父さん、前より元気。もっと長生きしてね」と続々と集る。それを、老人が趣味のカメラで撮る、身体に心臓のペース・メーカーを埋込んでいる90歳近い老人とは思えない張切り様が伝わってくる。
人間とは、死とは、…何か? 映像は筆の力では到底叶わないことをやり遂げる。
この作品で老妻の果たす役割は、ナレーターであり、ストーリー・テラーでもある。70歳にして、長年の夢だった陶芸の道に入った。食事を作り、介護をしながらの芸術活動であるが、陶芸を通じての人間関係と収入源に発展して行く様子が覗える。彼女のお蔭で新しいライフスタイルを学んだ、というブラジル人女性、売物にならない疵物を呉れとせがむ娘(陶芸家のフランス人と南仏に住む)、窯開きに目を輝かせて集る弟子達、を映像が追う。老女が「折角移民して来たんだもの、何か役に立たなきゃ」と呟く。作者の質問に「皿に絵を描いている時には、何も考えていない」と答え、「自分が作る形よりも窯に創られる色に拘っている」と呟く。夫が逝く間際、「幸せだったか?俺と結婚してよかったか?」と訊かれ、「幸せだった、よかった」と応えたと言う。結婚とは何か、も考えさせられた。老未亡人のキリスト教信仰は素朴で、「林檎を食べちゃったのだもの、神様に救って頂かねば…」という時の笑顔は素晴らしい。その人が、子供5人、孫8人、曾孫1人、大勢の友人に囲まれているが、孤独感に襲われる、と別人のような暗い顔で洩らす。
全体に言葉が聴き取り難いので、耳をそばだてねばならない。甲高い岡村さんの声も、慣れてくると、それはそれで独特な雰囲気を作り、岡村淳の世界を構成する大事な要素であることが、分る。他人には真似できない作品だ。
リオ、11/04/2006 中村 勉


岡村淳の世界・郷愁は夢のなかで
作品は制作者の姿勢が決める。岡村淳のそれは、手抜をしない、愚直なまでの丁寧さにある。「郷愁は夢のなかで」を作る為に、一人の老人を訪ねて、何度も現地に足を運ぶ。生前のみならず、死後も日伯両国の縁の地を骨惜しみせずに訪ね歩く。
この老人のようなケースは、見方によれば、ブラジルの日系移民の中にゴロゴロしているであろう。しかし、岡村淳は、自分自身の五感で取材しまくるのである。そうして、一移民の成功と挫折、成就しなかったブラジル娘との恋、ブラジル人との友情、両親と兄弟姉妹、ブラジルの片田舎の養老院での最期、無縁仏の墓地、等を一つ一つ謎解きして行く。
生前のこの老移民は「日本の雑誌は嫌いだ。女の裸の写真が嫌だから」と岡村に語る、これを伏線として、老人の親しい友人の口を割り、実は、彼が美しいブラジル娘に恋し、恋を打明けないまヽ終った(娘にその気があったにも拘らず)ことをつきとめる。
「鶯のような声だった」娘が他の男に嫁いで行った後、上手く行っていたサンパウロ農地を売却して奥地マットグロッソに移り住む。親父に「男は一生精神修養し、人の道を踏み外すな」と叩き込まれた薩摩隼人は、移民の友一人に忘れ難い恋物語を残していた。
マットグロッソではコーヒーで成功するかに見えたが、突然コーヒーの木が枯れてしまい、得意に鼻を膨らませていた男がいっぺんに萎んでしまう。老人は、土地を売り、日本の生まれ故郷に一旦帰るが、10ヶ月後にブラジルに戻ってくる。そして、死ぬ。
何故ブラジルに戻ってきたのか?どんな最期であったのか?この映像作家が執拗に追う。老人の創作「浦島太郎物語」(老人が残したテープ・レコーダ)の中にその答えを探す、その哀愁にみちた歌うような語り口と老人の顔と粗末な住まいの映像が、老人の辿った人生を謎深くし、観る者の興味をそそる。
鹿児島に行き妹弟から、福岡に行き長姉から、男の短い日本滞在の大凡の事情を聞出す。この岡村の粘りと情熱はどこから生まれてくるのだろう。親子ほど歳の離れた長兄から、「いくら持って帰ってきた?」と訊かれて、「八万円」と小さな声で応えざるを得なかった男は、錦衣帰郷を夢見て渡伯した丈に、どれ程辛かったことだろう。浦島太郎物語に「故里は金と心を取替えてしまった、もう自分には故郷はないのだ」という哀しい調べと、「ふるさとを想うと涙するが、郷愁は夢の中にしかない」と断ずる男の独白。
男の短期日本滞在を世話した長姉は、岡村が訪ねあてた時には既に90歳になっていた。弟の行く末を思い、ブラジルに帰りたいなら帰れ、但し二度と日本に帰ってくるな、と言渡し、空港で見送りした時に、「もう一度、こちらに顔を見せて!」と叫ぶ。だが、弟は振返って呉れず、その後姿が目に焼付いていると言う。作者は、晩年の老人が日系移民やブラジルの親切な人達に囲まれて、不幸せではなかったことを男の姉妹と弟に伝える。男の弟は、男(兄)の残したパスポートを菩提寺に奉納する、と語る。
何かを「する」と言うよりも、道を外れたことは「しない」、というストイシズムがこの老人と作者岡村淳を繋いでいる。「葬儀無用、戒名不用」が作者のテーマでもあるのだろう。
リオ、2006年4月13日 中村 勉


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