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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2017/05/11)
「南回帰行 橋本梧郎と水底の滝」を読む

「南回帰行 橋本梧郎と水底の滝」を読む (2011/10/04) 西暦2011年3月12日、福島原発爆発の日に、昭和誕生の地・葉山で封印を解いた「南回帰行」。
まずはこのワールドプレミア上映を主催していただいたSaudade Books主幹・淺野卓夫さんのレビューをご紹介しましょう。

路傍のミクロコスモス

在ブラジルの記録映像作家・岡村淳さんの待望の最新作、「南回帰行 橋本梧郎と水底の滝・第一部」が、2011年の初夏、いよいよ一般に公開される。長編ドキュメンタリー「パタゴニア 風に戦ぐ花」(2001年)、「ギアナ高地の伝言」(2005年)につづく、ブラジル日本人移民の植物学者、橋本梧郎先生の南米フィールドワークの同行記録だ。
青年時代、未知の植物との出会いを求め、戦争に突き進む日本から逃れるようにして移り住んだブラジル。90歳前後にしてなお、南米最南端の疾風吹きすさぶ荒野、あるいは密林の奥のテーブルマウンテンをめざす老移民の孤高の探究の歩みを記録した前作に、今を生きることへの苛烈な意志を感じた。
今回の「南回帰行」で描かれる旅は、橋本先生と岡村さんが暮らすサンパウロの隣州パラナの地をめぐるもので、これまでのパタゴニアやギアナ高地への壮大な旅に比べると、スケールはやや小さいように感じる。だがそのぶん、同行するお連れ合いのゆきさんの魅力もあいまって、「人間・橋本梧郎」の等身大の姿が、親密な視線を通じて描かれている。
けれども、岡村さんのドキュメンタリーは、口あたりのいいヒューマンドラマにはおさまらない。
作品の終盤、やわらかな午後の陽光の降り注ぐコーヒー農園の赤土の道を、粘菌を探してひとり行く橋本先生の姿をとらえたシーンは、崇高なまでに美しい。人生の落日の時に、南回帰線上の路傍に腰を下ろして朽ち葉を杖で混ぜ返し、みえざる粘菌と無言の対話を交わす翁のつぶやきには、歴史の表舞台から消えた忘れられた日本人たちの集合的な記憶の声が、文明の名の下にダムの底に沈められたパラナの失われた滝の水音が、かすかにこだまする。
記憶と歴史と野性の無時間が交差し、有情と非情が溶け合う小さな日だまり。「路傍のミクロコスモス」のなかで、橋本先生の生涯の旅が終息してゆく。この世界からいままさに決定的なかたちで失われるもの、光の中に一瞬現われては消えてゆくもの、闇に隠れてあらわれようとしないものの呼びかけに応える、岡村さんのまなざしの詩と真実。それは、観るものの感情のもっとも深いところに届けられ、忘れていた何かを呼び覚ましてくれる、かけがえのない映像の贈り物だ。
(本稿は、2011年5月4日、「メイシネマ祭」で上映された岡村淳監督「南回帰行 橋本梧郎と水底の滝・第一部」の資料として執筆した紹介文に若干の加筆・修正をおこなったものです。本作「南回帰行」をめぐる省察のロングバージョンは、近日中に当ブログで公開する予定です。)
(ブログ「Saudade Books」2011年5月4日付より
http://saudade-books.blogspot.com/2011/05/blog-post.html  )


ここで作家の星野智幸さんの玉稿を紹介させていただきます。
改めて再読しながら感無量です。

神は降りた。

ブラジル在住の記録映像作家、岡村淳さんの新作『南回帰行』。この作品を見る前日、私はツイッターに「神が降りるかも」と書いたが、神は降りた。文字どおり、神は神であることを降りた。現人神が神であることをやめ、本来の情熱に身を任せ、取り憑かれたように粘菌や植物の採集と分類に没頭したら、そこには橋本梧郎先生がいた。
「橋本梧郎と水底の滝 第1部」と副題がつくように、この作品は、ブラジル移民一世にして在野の植物学者の巨人である橋本梧郎先生のドキュメンタリーである。岡村さんのライフワークともいえる橋本梧郎シリーズは、これが4本目にしておそらく最後であろう。というのも、橋本先生は2008年に95歳で他界されているからである。その直前まで撮り続けていたのが、本作なのだ。
 第2作では90歳間近で激しい風の土地パタゴニアをめぐり、3作目では最後の秘境であるギアナ高地のテーブルマウンテンを訪れ、と、決死の冒険を岡村さんたちと続けた橋本梧郎先生は、本作で最後の旅に出る。内陸の、かつてすんでいた土地を訪ねるという、前二作とは比べものにもならない小さな旅でしかない今回の行程は、心臓手術で一命をとりとめたあとの橋本先生には、前二作以上の冒険であった。
 私にとってこの作品のクライマックスは、二つ存在した。
 ひとつは、私が冒頭の段落で描いた姿である。この作品には、「天皇」の主題がベース音のように響き続ける。ブラジルに渡ってほどないころ、まだ若き橋本先生は宮内庁からの要請で、昭和天皇のためにブラジルの粘菌を採取して贈ったことがあった。そのときのエピソードをうかがいながら、岡村さんは、橋本先生の天皇観に切り込んでいく。同じ博物学者として、同時代人として、そこから身を引きはがそうとした皇民化教育を受けた人間として、昭和天皇への複雑な思いが、元来、口の重い橋本先生からかつてないほど率直に語られていく。戦争を嫌悪し、日本が戦争へ突入する前にブラジルへ移民した橋本先生は、「戦争」や「日本人」がもたらす利害から身を引き、植物の世界に入り込んだ。岡村さんはその姿を、天皇ではなかったかもしれない昭和天皇の姿、ありえたかもしれないもう一つの日本の歴史として、描き出す。二つに分かれた粘菌の変形体が、また一つになって子実体を形成しているかのような、不思議な感覚にとらわれる、橋本先生と岡村さんの対話の時間だった。
 もうひとつのクライマックスは、橋本先生のおつれあいであるユキさんである。これまでの作品ではあまり映し出されることのなかった橋本先生の日常生活の姿が、今度の作品では前面でとらえられる。病み上がりである94歳の橋本先生の生活が、85歳のユキさんに支えてられているさまが、容赦なく描かれる。カメラの目線が次第にユキさんに同化するまでに。
 ユキさんが友だちとのゲートボールに興じる場面。気むずかしい橋本先生から開放される時間にあって、映画を見る私の目からしてもユキさんは生き生きとしている。
 そして、ゲートボール後に、淡い光の日陰で同年代の女友だちたちと3人並んで石段に腰掛け、おしゃべりをしながらおせんべいを食べるシーンの、何と美しいこと! 岡村作品史上で最も美しいシーンといっても過言ではないほどの名場面だ。ユキさんは、日ごろの橋本先生の難しさについて、淡々と愚痴る。それにユーモラスに同情しながら、おせんべいを堪能するオバたち。中上健次の路地で、若い女やオバたちが交わした挨拶の言葉、「イネ、つらいね」と声を掛け合うさまが、まず私の想像空間に浮かび上がった。さらに、小津安二郎の「小早川家の秋」で、喪服姿の原節子と司葉子が川べりに並んでしゃがみ、会話を交わす場面、アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』で、女たちがアパートでおしゃべりに興じる場面。それらの、楽ではない人生の小さなひだまりに、その楽でなさを無心に共有し合える者同士だけが手にすることのできる、かけがえのない幸福のひとときが、それを撮る岡村さんの共感のごく控えめな表明とともに、カメラに収められているのだ。
 この場面を境に、観客の反応が変わったのを私は感じた。見ている者たちがこの作品に心を開いたのを、感じた。幸福は伝染し、以後、橋本先生の偏屈をあしらうユキさん、それを楽しむ岡村さんのナレーションのたびに、この人たちをいとおしむような笑いが葉ずれの音のように起こり続けた。岡村作品で、これほど笑いが絶えない作品も初めての経験だった。人間の複雑さ、感情の奥行きの豊かさをとらえる岡村さんの手つきは、ここまで繊細で自然なあり方へと到達した。
 旅の途中で第一部は終わる。だが、この作品はこれで完成だとも言える。あるいは、終わることがないのが岡村作品だとも言える。7月には、横浜の特筆すべき映画館「ジャック&ベティ」で再映されるという、何と「グラウベル・ローシャ特集」の一環として! 映画館の深い闇と柔らかい音でこの作品と出会える機会を、逃してはならない。
(「星野智幸 言ってしまった方がよかったのに日記」2011年5月11日(土)付より
http://hoshinot.asablo.jp/blog/2011/05/07/5850279



次にフリーライターの鈴木理恵子さんに書き下ろしていただいたレビューをご紹介します。
鈴木さんの寸評が目を見張る鋭いものだったため、書下ろしをお願いしますた。
戦慄すべき書き手を発掘してしまったようです。
彼女の今後に期待してやみません。

粛々とカメラは回る。

 横浜の映画館ジャック&ベティで夢のようなイベントが開催された。ブラジル“シネマ・ノーヴォ”の旗手、グラウベル・ローシャ特集である。そしてその中で、ブラジル在住の記録映像作家・岡村淳監督の最新作『南回帰行』が特別上映された。

 在ブラジルの移民植物学者・橋本梧郎は、かつて住んでいた滝のほとりを訪ねたいと願う。副題にある水底の滝とは、巨大ダム建設で水没してしまったセッチケーダスの滝のことである。南米でのフィールドワークを記録した『パタゴニア 風に戦ぐ花』(2001年)、『ギアナ高地の伝言』(2005年)に続く本作は、橋本梧郎先生の過去を巡る旅の記録である。

 冒頭、椅子に腰かけた橋本先生と岡村監督との会話がはじまる。かつて昭和天皇に採集した粘菌を献上したことが明かされ、生物学者でもあった昭和天皇との関係が浮かび上がる。軍国化する日本を嫌いブラジルに渡った橋本先生にとって、天皇とはどのような存在なのか? 岡村監督は粘り強く質問を重ね言葉を引き出していく。

 94歳という高齢に加え、大きな持病を抱える橋本先生の日常も映し出される。制限された食事の風景、妻任せの身の回り、膨大な植物標本の管理、後継者不在の問題……。カメラは淡々とした日々の中に死の気配を感じとる。死は突然に訪れるのではなく、自らの生の内に潜んでいる。老いとは、おぼろげだった死の輪郭が次第に太く濃くなっていくことだ。

 この作品は、二つの見えざる力、「天皇」と「死」が底流となっているだろう。それは通奏低音のように鳴り響いて作品を貫いている。

 もう一人の主人公と言っていいほどの存在感を放っているのが、橋本先生の伴侶のゆきさんである。なかでもゲートボールのシークエンスは秀逸で、憂さ晴らしをするようにゲームに興じるゆきさんの姿が印象的だ。ゲームの後、石段に腰かけたゆきさんは友人たちに気難しい橋本先生への愚痴をこぼす。煎餅を食べながらゆるゆると愚痴は続く。友人から解決策のようなものが提示されることもない。ただ愚痴を聞き、うなずき、同調する。時代を超え、世代を超え、幾度となく繰り返されてきた女たちの姿である。このシーンは、一世としてブラジルに渡り生きてきたゆきさんのひそやかな楽しみを映し出すとともに、普遍的な女たちの姿をも映し込んでいるだろう。ひんやりと湿った日陰の心地よい空気が伝わってくるようだ。

 後半、さまざまな事情で出発が遅れていた旅がようやくスタートする。だが、旅先で何か劇的なことが起こるわけではない。カメラは日常の延長線上にある旅の様子を寄り添うようにすくい上げていく。こうした細部の丁寧な積み重ねが、映画という全体を豊かなものにしている。

 ラスト、長時間の運転でへとへとになっている岡村監督やゆきさんたちを連れて、橋本先生は粘菌を探すために山へ分け入っていく。残された時間を踏みしめるように、木々を避け、枯野に歩を進め、粘菌を探し回る。そこにあるはずの粘菌を幻視し、終わりのない対話を植物たちと重ねる。人生のすべてを懸けて植物学に没頭してきた老学者の恐ろしいまでの純粋と狂気が映し出されていた。そう、映画は恐ろしい。カメラはすべてをあらわにしてしまう。やがて橋本先生がぽつりと冗談をもらす。張りつめていた空気がふっと柔らかくなる。この旅が最後の旅になることを誰もが感じながら、粛々とカメラは回る。
(「ゆるゆる日記」2011-7-27  http://d.hatena.ne.jp/cheb_05/20110727/p1 より)


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