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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2017/05/31)
『ブラジルの土に生きて』改訂版を読む(更新)

『ブラジルの土に生きて』改訂版を読む(更新) (2017/05/24) ひさびさの「オカムラ作品を読む」シリーズのアップです。
西暦2016年に完成した『ブラジルの土に生きて』改訂版についてのレビューをご紹介します。

山崎邦紀監督から
(映画監督の山崎邦紀さんがツイッターとフェイスブックで発表されたレビューを加筆のうえ、掲載を快諾してくださいました。以下、ご紹介します。)

昨日、メイシネマ映画祭で岡村淳監督『ブラジルの土に生きて』改訂版を観る。戦前、10代にして「徴兵されて見ず知らずの外国人を殺すのはイヤ」とブラジルに渡った破天荒の日本人、石井延兼(のぶかね)さんと妻の敏子さんの晩年を描いている。

鶏、七面鳥(?)、牛、豚など喧騒極まる農場が素晴らしい。
最初、日本語の会話にも字幕がつくので不思議に思ったのだが、理由はすぐに分かる。延兼さん夫妻や娘夫妻の会話に現地語がポンポン入ってくるのだ。そしてこのテロップが改訂版の主な理由なのだという。

岡村監督手書きの「メイシネマ祭2017特典書き下ろし/改訂版出生秘話」によれば、5人の娘たちの家族、フランスに住む三女夫妻、アメリカに住む妹夫妻などが訪ねてきて、そこで交わされる言葉は日本語、ブラジルの公用語のポルトガル語、英語、スペイン語、フランス語の5ヶ国語に及ぶ。それが丁寧に字幕で起こされ、言葉のチャンポンぶりが実に魅力的なのだ。

先日観た『タレンタイム』もまた、多くの言語が複層的に会話され、ネパールに住んだジュンさんや英語に堪能なやみぃさんの解説も聞いたが、英語もままならないわたしが理解するのは難しい。

しかし、この『ブラジルの土に生きて』ではメインが日本語であり、懇切な字幕があるので分かりやすい。
単一の日本語ではなく、他の言語が混ざった日本語の方が豊かで、こう言ってよければ色っぽいものをわたしは感じる。沖縄の言葉や抑揚がミックスした現地の会話の魅力もそこにあったのだと、今更気づいた。沖縄で聞く日本の「標準語」は貧相だ。
期せずして、ここで岡村監督の『ブラジルの土に生きて』に出くわしたのは幸せだった。

延兼さんの妻、敬子さんは70歳で陶芸を志し、備前焼の作家として認められる。夫妻はキリスト教徒だが、特に敬子さんの信念は揺るがず、無神論に近いフランスに住む三女との対話は興味深いものだった。

三女は、時の政府により反政府活動を疑われ、逮捕されて生死も不明だったが、亡命して仏人と結婚した。底抜けに明るい人だが、宗教的信念は母と異なる。
石井夫妻は就寝前に聖書を読むが、信仰を離れた三女を心から悲しむ母。日本ではあまり見られない光景ではないか。

敬子さんの話す日本語が奥ゆかしい。わたしは『百合祭』で参加したサンパウロの映画祭(ミックス・ブラジル2003)で出会った老婦人たちを思い出した。グランプリを受賞したのも、彼女たちのおかげではないかと思ったが、古式ゆかしい日本語を話す女性たちだった。
(5月4日)


星野智幸さんから
(この作品の初版を愛された小説家の星野智幸さんに、改訂版をご覧いただきました。ウエブサイト「星野智幸 言ってしまえばよかったのに』日記掲載のレビューをリンクとともに転載いたします。)

岡村淳さんの傑作『ブラジルの土に生きて』改訂版を見る ―
http://hoshinot.asablo.jp/blog/2017/05/06/8546699
2017-05-06
 ブラジル在住の記録映像作家、岡村淳さんの長編ドキュメンタリー『ブラジルの土に生きて』改訂版を、メイシネマ祭2017で見た。2000年の完成以来、何度見てきただろうか。
 改訂版は岡村さんが昨年、すべての会話に日本語字幕をつけるという大作業の他、細かなブラッシュアップを行なったバージョンだ。新作も多々控えているなか、あえてそこまでする何かがあるのだろうと、気になっていた。 そして実際、それだけの労力をかけただけの素晴らしい作品だった。
 9年前に左耳が難聴になって以来、日本語の音声だけで字幕のない映画を見るのが少し苦痛だったので、まずは字幕があるだけでこんなに映画に集中できるのか、と、そのことが嬉しかった。
 さらに、字幕版で衝撃的だったのは、主役の一人である石井延兼さんと娘のノブエさんが交わす会話の内容が、はっきりと表されたことである。この場面は、私の記憶では、日本語とポルトガル語が混ざった会話の内容がややオブラートに包まれたようになっており、あまりにもプライベートだから立ち入ってはいけないのかな、と感じていた。けれど、今回はそれが注釈付きでつまびらかになっていて、やはりその内容に衝撃を受けたのだった。
 娘のノブエさんは、若いころに反政府活動をしている最中に行方不明となり、長い間、消息不明だった。その後、チリに亡命、さらにフランスにわたってパートナーと暮らしていることが判明、親子は再会を果たせたのだ。
 この作品では、もう再会を果たした後の、時々行われるノブエさんの里帰りが収められているのだが、延兼さんは高齢で体も悪く、次の里帰りでまた会えるのか心もとない中、会話が交わされている。その内容は、この作品を見て確かめてほしい。
 かつてこの軍政の暴力の、ごく普通の生活に刻まれたあまりに生々しい爪痕を、私はただ言葉もなく受け止めるだけだった。けれど、共謀罪が来週にも強行採決されようとしている現在、自分に降りかかりかねない出来事として、体のこわばるような感覚とともに見た。
 この日の上映会のアフタートークで岡村さんは、「私は祖国(日本)が心配です。ブラジルも大変だが、ブラジルのことはあまり心配していません。ブラジルには、すぐさま反対や異論の声を上げる人たちがたくさんいるからです。でも日本はあまり声が上がらないまま、決定的なできごとが決まっていく。祖国はどこへ行ってしまうのでしょう」というようなことを、おっしゃっていた。この作品を改訂版として改めて披露することには、この気持ちが込められているのだと、私は深く共感した。
 それにしても記憶力はいい加減なもので、覚えていないシーンがいつくもあった。今の私だからこそ、見えてくる場面や細部があるのだ。
 その一つは、石井家に集まる一族が、実に多様であることだ。日中戦争前に、軍国主義を深める日本を厭うて、ブラジルでの可能性にかけて飛び出した石井延兼さん。ろくに知らない延兼さんに嫁ぐことになってブラジルに渡った妻の敏子さん。その娘でフランスに亡命したノブエさん。スイスで医師をしている、石井さんの孫とそのおつれあいのスイス人。移民した石井家の中から、再移民している人たちがこのように混在しているのだ。それぞれのアイデンティティは、親同士、きょうだい同士でも理解できないほど、異なっている。また、明治生まれの石井夫妻の人生には、敏子さんのあまりに魅力的な生きざまを通じて、ジェンダーの問題まで深く表されている。 
 このドキュメンタリーにはつまり、世界が凝縮されている。世界で起こりうることが、この一家族を追っただけの記録に、ほとんど起こっている。今回、私が気がついて、心を奪われたのは、この事実だ。全力で生きる人の日常を、静かにじっくりしっかりと全力で見つめれば、世界は自ずとその全貌を現す。私は勝手に、これからを生きるための実に様々なメッセージを、受け取った。
 なお、岡村淳作品の上映会は、岡村さんのサイトで告知されていますが、コアな長編を見る機会としては、5月15日(月)高円寺pundit'での上映会があります。
 また、運営する私の不手際でしばらく行方不明になっていた岡村さんの文章を集めたサイト、「岡村淳 ブラジルの落書き」も、再開しました。こちらもご一読を。


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