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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2019/07/03)
松本浩治『移民Ⅱ』のどこが凄いか<上><下>

松本浩治『移民Ⅱ』のどこが凄いか<上><下> (2018/12/10) ブラジルの邦字紙のデスクを務められる畏友・松本浩治さんの写真集『移民Ⅱ』についてのレビューを『サンパウロ新聞』を西暦2016年に寄稿しました。
2回に分けて掲載された拙稿を松本さんのご快諾をいただき、拙サイトにリンクとともに収録いたします。


松本浩治『移民Ⅱ』のどこが凄いか ㊤
http://saopauloshimbun.com/松本浩治 『移民Ⅱ』のどこが凄いか㊤%E3%80%80特別寄稿/

 私がブラジルの日本語新聞の記者さんたちと関わるようになったのは、1980年代半ばにさかのぼる。テレビドキュメンタリー『すばらしい世界旅行』「大アマゾン裸族シリーズ」で日本のお茶の間の人気を博し、サンパウロの日系社会でも名士だった故・豊臣靖ディレクターの後輩としてブラジルを取材に訪れた私は、若輩の当初から邦字紙の記事として紹介していただくことが少なくなかった。
 以来、30有余年。自らもブラジルに移住して、数多くの邦字紙記者とお付き合いをしてきたが、私を取材した記事の掲載紙を送ってきたのは、旧パウリスタ新聞の女性記者と、現在のサンパウロ新聞の松本浩治記者の二人だけである。松本さんに至っては、ご自身が担当していない記事の号まで郵送してくれている。取材とは、一方的な搾取ではなく、双方向性で還元されるべきである、という原則かつ理想を貫く、誇るべき友人である。
 しかし同じ表現者として、慣れあいと妥協は戒めなければならない。ちょうど10年前に刊行された松本さんのはじめての写真集『移民Ⅰ』に、私はあえて苦言を公にした。それを海容に受け止めてもらい、友情は決裂することがなかった。
 今回、新たに編まれた『移民Ⅱ』に接する機会をいただいた私は、心して拝見した。
 まず第一に、安心して見ることのできる写真である。被写体の人に対しても写真を見る我々に対しても、ごまかし・てらいも感じられない。
 これだけの質と量の人物写真をとらえるために、松本さんが費やした時間、動いた距離、流した汗、そして消化したセルヴェージャの量。なによりも被写体の相手と過ごした時間と会話の膨大さが、フレームの周囲からにじみ出ている。
 今日、日本はおろかブラジルでも写真を撮るという行為がメモを取ることより、はるかに安易かつ無自覚なものになってしまった。写真表現とは、写真を撮るとはどういうことなのか、基本的な意義も倫理を顧みることもなく、安易さとスピードと画質、そして扇情的な度合いばかりがメディアで、もてはやされている。
 日本の炭鉱離職者を追ってブラジルにも訪れた記録文学作家・上野英信のエピソードを想い出す。上野は晩年の全精力を『写真万葉録・筑豊』の編集に捧げた。住まいに山と積まれた炭鉱夫にまつわる写真群を、全10巻に編み上げた渾身の記録だ。この写真集を手にした読み書きも不自由な炭鉱夫たちは、これを自分の仏壇に飾ってくれと言い遺していったという。
 私たちブラジルの日本人移民は、ようやく自分たちの仏壇に飾るべき写真集を手にすることができた。それがお役所仕事ではなく、自ら移民となった松本浩治という個人の志と、彼を支える在野のメディアによって成し遂げられたことが、実にうれしい。(つづく)
(2016年11月1日付)

松本浩治『移民Ⅱ』のどこが凄いか ㊦
http://saopauloshimbun.com/松本浩治 『移民Ⅱ』のどこが凄いか㊦-特別寄稿%E3%80%80/

「すべての写真は心霊写真である」。
 35年にわたって映像稼業に関わってきた私の持論である。レンズと機械を用いる映像表現では、絵画とは異なって、撮り手の制御しえない、予期しえない何かが写り込んでしまうことが、しばしばだ。
 この8月に刊行された松本浩治さんの写真集『移民Ⅱ』を例にとってみよう。松本さんが選んだ約100人の日本人移民1世がキャプションに書かれた名前と年齢、出身地とともに紹介されているが、写真によっては紹介されている主人公以外の人も写り込んでいる。
 例えばパラナ州の佐々木治夫神父の写真だ。佐々木神父の右に、石川裕之神父が写っている。石川神父は東京農大を出てからカトリックの司祭になった変わり種だ。アマゾン地域のカスタニャールに赴任していたが、西暦2007年に日本への一時帰国の途中、ニューヨークで客死された。享年48。
 私は9月に訪日する際、松本さんから、石川神父の日本の遺族にこの写真集を届けてほしいと頼まれた。私は日本で伝手をたどって石川神父の実家の住所を調べてお送りして、ご母堂から御礼の電話をいただいた。松本さんは、主人公以外に自分の写真に写り込んだ故人に対しても、岡村に頭を下げてでもこれだけの誠意を尽くしているのだ。
 姿勢を正して『移民Ⅱ』のページをめくりながら、10年前に出された『移民Ⅰ』と比べてみたくなった。これが、実にいいのだ。『移民Ⅰ』は邦字新聞社の先輩など松本さんの身近な人も取り上げられていて、その親近感がこちらにも伝わってくる。
 この10年間の松本さんの変化、あるいは進歩をうかがおうとした自分がヤボであることを思い知らされた。松本さんが10年を経ても、同じ品位と質を維持し続けていることが凄いのだ。私たちは「お袋の味」を求める時、新奇な素材や味付けを期待するのではなく、お馴染みの安心できる食を望んでいる。日本で映画『男はつらいよ』シリーズが主演の渥美清さんの逝去まで48作も続いたのは、大衆が山田洋次監督らによる質の高いマンネリを期待し続けたからだ。
 惜しいことに『移民Ⅰ』は松本さんの手元にも在庫がほとんどないという。『移民Ⅱ』出版の残務も片付いていないだろう松本さんに10年後の『移民Ⅲ』の刊行をお気軽に期待する前に、ぜひ『移民Ⅰ』の増刷をお願いしたいものだ。(おわり)
(2016年11月2日付)


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