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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳アーカイヴス  (最終更新日 : 2019/04/26)
『狐とリハビリ』を読む

『狐とリハビリ』を読む (2019/01/10) 昨年11月の東京大学東洋文化研究所の国際セミナーで初公開した岡村の最新作『狐とリハビリ』について、岡村の日本の実家のご近所でもある柴田靖子さんが感想を寄せてくれました。
以下、ご紹介します。

〇何もかも完璧でした
        柴田靖子著


『狐とリハビリ』は、何もかもが完璧でした。

私の知る限り、ドキュメンタリー映像のほとんどは、ある社会活動や思想の啓発・啓蒙、もしくはある知識を授けるための教育といった目的、そして授/受の方向を明確に持っています。「己の知り得た情報を、相手(視聴者)に、己が感じ得たように感じさせるために伝える」という作り手の意志と使命感は、時にフィクションの比でないほど強く、隅々まで隙なく張り巡らされた蜘蛛の巣のような緻密な演出力を駆使しています。まあ、そこが良かったり、ダメだったり。

『狐とリハビリ』と出会いで分かりました。

例え興味がまったくなさそうな、なんの出会いも期待できなさそうなタイトルでも、なぜ、その作家の作品だからといって見たくなるのか。ドキュメンタリー映像を求めるのは、そのテーマに興味がある時と決まっています。作品を観にいけば必ず聞ける監督のお話に期待してなのだろうかとも思いましたが納得できないままでした。しかしはっきり分かりました。アート、ビデオアートなのですね、岡村監督の作品は。ドキュメンタリー映像ではなく。

そこには作り手の「これを伝えたい」という意志や授けなくてはという使命感は、まったく感じられません。予想や準備はある程度あると思うのですが、あえて職人的に完璧に消し去られています。でありながら、紛れもなく作家であるカメラを構えている人の存在(息遣いや視線、所作、情動)は、はっきりと示されていきます。そして、ここが天才だと思うところですが、それがカメラなく向き合っている人の所作や心情(といっていいのでしょうか?)と全く等しいのです。つまり、次の瞬間が刹那刹那と全くの未知である、そこに偶然居合わせた人のような状態なのです。(同じ状態である)視聴者の私は、映像を観ているのではなく、瞬時にふだん暮らしているのと同じ心身の状態になり居合わせているかのようなリアルさで、視聴…いや、参加・体験しているといっても言い過ぎではない気がします。あるリーディング・ドラマを見たとき同じような体験をしたことがありますが、映像作品、ノンフィクション作品では、私の経験の中では、類するものはありません。

『狐とリハビリ』は富山妙子さんとではなく、富山妙子さんの人生と、私を出逢わせてくれました。

居合わせたといっても、そこに映る人たちと時間と空間を実際に共にしたのとはまた違うのです。その人と出会うのでは得られない、その人の人生と今後出会い続ける機会、出会い続けたいという出会い…つまり、その人と出会うのではなく、その人の人生と出会う、という奇妙にしてものすごい縁を繋いでもらうという感じです。

『狐とリハビリ』の時間は、パーフェクトな「フレーミング」でした。

写真や映画の撮影で言うところの、空間に対して使う「フレーミング」を、時間に対してこの言葉を使うのだから、奇跡、そういうものを呼べる(意図せず、とか図らずも、が時間の中に完璧に収まる)天賦の才能をお持ちとしか説明することはできません。しかし、この作品に限ったことではなく監督の作品に必要不可欠な力なのですよね。監督自らおっしゃっていたシャーマンの能力のような…。

療法士の青年は最たる奇跡でしょう。もう傑作で笑いが止まりませんでした。いわゆる福祉業の中堅が利用者(クライアントのこと)に話しかける時の典型的な口調、声のトーン、テンポ、定型文、しかも淀みなく。私は障害のあるたくさんの家族に恵まれている関係上、福祉の専門職と接する機会が多くあります。ふだんは「始まったおなじみのトークが」とばかりニヤニヤして話の中身を受け流しそれらの福祉職との関係、時間は決まって虚しいものでしたが、出会い直しの機会をいただいた気分でした。その職業上の定型化(狐…?)した振る舞いや受け答えも紛れもなくその人の人生ではないか、愛しいではないか、とまで思いました。
「療法士」や「中堅福祉職」という象徴としてではあるけれど、人生と出会った、出会い続けるだろうと感じたのは、富山さんだけではなく、この青年でもありました。

『狐とリハビリ』では最初に見た映像手法の衝撃全てが再現されていました。

初めて出会った作品『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』は、上野英信さんの遺言にガッツリ心を持って行かれ、もう一つの衝撃をすっかり忘れていましたが、先日の『消えた…』上映後に岡村監督が、あえて演壇の牧師さんを手持ちで撮っていたことや、(これは『狐とリハビリ』についてでしたが、『消えた…』でも新聞記事がそうだった)示された絵や書類を、インサートなどで観やすく示し直さないのも意図したものだ、とお話ししてくれたことで、思い出しました。隣に座る知人に「そうそう!これがもう一つの衝撃だったのっ」と思わず囁いてしまったほど嬉しかったです。これらは全て、記録者、作り手のそれではなく、視聴者と同じ状態を保つ身体表現を可能にするための技、芸、なのですね?

『狐とリハビリ』の岡村監督のセリフも…。

トンチンカンな説でお気を悪くしないでいただきたいのですが、監督がカメラから被写体に向けて発せられる、言葉を選ばず言うなら、いつも恐ろしく退屈で単調に思える質問も同じ職人芸のうちに思えてなりません。
「同じくらいの年齢の方から見て、富山さんはどうですか?」もそうでした。
演技をさせない、絶対にできなくするような問いかけとでも言いましょうか。

『狐とリハビリ』を観て、思い出したのは、ジョン・ケージの『4分33秒』、そして(これは今水戸美術館でやっているので繋がっただけかもしれませんが)10代のころ衝撃を受けた中谷扶二子の『卵を立てる』でした。

もし富山さんが、今のご自身を記録しご自身の人生を視聴者に示すために、岡村監督以外のいわゆるドキュメンタリー映像作家を選ばれたなら、私たち視聴者が受け取るものは(それが最大限に機能するものであっても)富山さんの活動のカタログに過ぎなかったでしょう。富山さんの人生が、今後、視聴した方の数と今後の出会い(時間を超えた出会い)だけ、さまざまに個性豊かに増殖していくチャンスはなかったでしょう。富山さんが岡村監督を選ばれたこと、そのご縁に、感謝の気持ちでいっぱいです。

まだまだ言い足りない感があるのですが、これ以上、拙く陳腐な言葉を連ねたのでは、作品の神秘を汚してしまわないか心配ですので、やめておきます。  


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