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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2005年の日記  (最終更新日 : 2006/01/01)
2月の日記・総集編 修道院から朝帰り

2月の日記・総集編 修道院から朝帰り (2005/03/01) 2/1記 家事の合間に

サンパウロにて
昨日から子供たちの日常が再開、その他にも何かと家事あり。
映像や文章の創作以外、そして経済的価値とは無縁のことが多いが。
いやがらずにプラス思考で一つ一つやりましょ。
それぞれ何がしかの発見や喜びがある、はず。
家事の合間にお仕事、という本道に戻る。
拙作「ブラジルの土に生きて」の主人公、石井敏子さんがこの道の師匠だ。


2/2記 日本のどこかで

サンパウロにて
時事通信社配信の拙作「アマゾンの読経」紹介記事が日本各地の地方新聞に掲載され始めたようだ。
宮城、茨城、静岡といったところの方々から問い合わせをいただく。
どれも作品を見たい、という問い合わせ。
作品を上映したい、という問い合わせがあるといいんだけども。
面白いことに連絡をくださる方は何かしら、ブラジルと縁があるようだ。
こちらから作品の上映をお願いするのではなく、この作品を上映したいという自発的な動きに賭けてみたいと思う。
なにせブラジルで「家事の合間に」一人でやっているので、本業の方では、作る方に追われているもんで・・・
今、記録する必要、そして今、まとめておく必要のあるテーマがいくつかありまして、「見せる努力」より「作る努力」を優先させていただこう。
出来上がった作品それ自体の力を信じて、なんちゃって。
来週からまた地方取材の予定。
そうそう、ひとつ「アマゾンの読経」第一部の上映が3月に具体化しつつある。
場所はサンパウロですが・・・


2/3記 自作介抱

サンパウロにて
2月1日配信のドキュメンタリー映画のメールマガジン「neoneo」(vol.29-1)の「自作を解剖する」のページに拙作「アマゾンの読経」について書かせてもらった。
同誌は今どきボルテージの高い文章が多く、僕あたりは特に液晶モニターの文字では落ちこぼれてしまう感あり。
拙稿はだいぶ柔らかくさせてもらった。
それでもこの日記よりは固いぞ。
 「neoneo」★バックナンバー閲覧はこちらまで
   まぐまぐ配信   http://www.mag2.com/m/0000116642.htm
   melma!配信    http://www.melma.com/mag/39/m00098339/


2/4記 プライアの季節

サンパウロにて
知らないうちに、さるサイトで連載中の拙稿「住めばブラジル」( http://www.univer.net/1_nanbei/0501.html )が更新されていた。
タイトルは「プライアの季節」。
この程度の連載でもいろいろ問題があり。
今後の連載をどうするのか担当から連絡がないのでハテと思っていると、インフルエンザで静養中とのこと。
昨日紹介の「自作を解剖する」よりだいぶ柔らかい一般対象の文章。
オカムラらしい毒気は削がれているけど、この日記じゃ読み足りないアナタ、アクセスあれ。


2/5記 ステレオタイプ

サンパウロにて
今日からカーニバル休暇。
未明に起きて、そういえばカルナヴァルだっけ、まだテレビでドンチャカやってるだろうな、とスイッチを入れるとサンパウロのデスフィーレの生中継中。
ご苦労なこって。
数年前のサンパウロの大手新聞社による調査では、カーニバルがキライないし無関心というブラジル人が大半だった。
はばかりながら僕も大半の方。
本日付の日本の大手新聞のサイトを見てみると。
朝日「ブラジル全体が祭典の熱気に覆われている。」
読売「(リオの)街は強烈なサンバのリズム一色に染まった。」
毎日(共同)「(リオの)街中がサンバのリズムと熱気に包まれる。」
さすがにアサヒのはどうかね。
少しは本当にブラジル全体を取材したのかしら。
僕は数日中にパラナ州奥地に入るが、事前の電話取材では予想通り、カーニバル中、付近では何も特別なことはないとのこと。
昨年、カーニバルの優勝チームのパレード前夜にリオに行ったが、サンバのリズムや熱気はまるでうかがえなかった。
リオで直接話した人の多くは、カーニバル中は混乱を避けて田舎の方に行くことにしていると言う。
ステレオタイプのコピー、再生産をしてれば頭も使わなくて楽でいいですね。
ソコソコ売れるし。
うらやましい。
不器用な僕は、もうそういうのに加味しないつもり。


2/6記 男の銃後

サンパウロにて
ブラジルの義父は有機農業の技師。
カルナヴァル明けに僕がパラナ(サンパウロ州の南西に隣接する州)に取材に行く時、近くの現地からぜひ指導を、と乞われて義父を連れて行く予定だった。
先週、義父は急に体調を崩してしまい、お連れできない旨、現地に電話。
「みんなに声をかけてしまったし…こちらでも体の検査はできますよ。」
そう言われてもねえ。
その義父、さらに容態が悪くなり、入院。
今日は妻を病院に連れて行ったり。
午後、さらに大きな病院に移ることになる。
妻は付ききりに。
帰宅は未定となる。
僕はいとこのフェスタに行った子どもたちのピックアップ、夕食の世話など。
カーニバルどこじゃない。


2/7記 近親相教

サンパウロにて
カーニバル休暇で子どもたちの学校も水曜まで休み。
街も静かで結構なこと。
病院から朝帰りの妻は、午後よりまた病院等に。
夫は炊事や雑事を手がける。
ポルトガル語のメール文を作成。
親しい相手宛てなので、文法上の誤りなどかまわずに送っちゃおうと思う。
送信前に、そうだ、と思い、小6の娘に添削をしてもらう。
現在使用中のパソコンはポル語ベースに日本語ソフトをインストゥールしたもの。
ポル語のアクセント記号の出し方も娘に教えてもらった。
これまで、彼女の日本語の勉強を時々、父が見ていたのだが。
バカオヤジはポル語を話すことは日常だが、まとまったものを書くことはそうはない。
娘に見てもらうと、やはりいくつか訂正箇所あり。
これからは娘に頼もう。
在日日本人のままだったら、こういう親子関係もなかっただろうな。


2/8記 クアレズマ

サンパウロにて
夕方、飲み会に誘われてリベルダーデへ。
大鳥居に向かい大阪橋を渡らんとする時、目を見張る。
右手に広がるクアレズマの紫の花が満開。
それが西陽の逆光のなかに沈みながら妖しく映えているのだ。
そもそも熱帯、亜熱帯の花は、たいがい大味で、どぎつく感じる。
陽光に照らされたクアレズマの花など、最たるもの。
光のコンディションのおかげで、初めてこの花に心打たれた。
この味わいはビデオでもフイルムでも出せないだろうな。
いはんやデジカメをや。
さあ明日から久しぶりに車で遠出だ。


2/9記 ある物語の序章

サンパウロ→パラナ州
久しぶりに車で遠征。
520キロほど走る。
夕方、北パラナの田舎町にある目的の修道院に到着。
シスターたち全員でお葬式に行っているとの張り紙あり。
ある程度、勝手のわかっている町。
町外れの墓地に行ってみる。
お棺の到着を待機している人たちに聞くと、日本人のお年寄りの婦人が亡くなったとのこと。
生前、お会いすることのなかった日系人が、ブラジルの茶褐色の土に還っていくのに立ち会う。
午後6時前だが、まだ射るような陽ざし。
墓地の外には大豆畑が拡がる。


2/10記 ワレ戦闘状態ニ入レリ

北パラナにて
今日からこの町の託児所の新学年の始まり。
運転等の疲れが残るが、緊張のため、浅い眠り。
―イヤハヤ盛りだくさんの一日だった。
とりあえずの狙いはどうやら当たったようだ。
午前中、ここぞというところの撮影ミスを悔やむ。
ところが昼からも次々、シュートしたという充足感のあるシーンあり。
この自分の諸々の感動を、どのように人に伝えられるだろうか。
これまた自ら選んだとはいえ、大変なものに突っ込んでしまった。
どんなドキュメンタリーにしたいのか、なるのか、よく練らないと。
いくつかの別件も、家庭もあるし。
いろいろあり過ぎて・・・
製作発表まで、しばらくお待ちを。


2/11記 聖なる瞬間

北パラナにて
うちの子供たちのお世話になった保育園の園長先生の話を思い出す。
親が子供を園に迎えに来て、子供と抱き合う時は「聖なる瞬間」だと。
自分たちも入り込めない―
昨日も今日も、役場のバスで託児所の子供たちを家に送り届けるのに同行。
さまざまな聖なる瞬間の形に感動。
これだけの映像作品を作りたいぐらい。
グローバリゼーションの荒波に翻弄されて、経済的には極めて貧しい家庭が多いだけに、思いはひとしお。
これだけを見に、日本から来てもいいぐらい、と思う。
サティのピアノ曲が聞こえて来る。
そしてさらに、こうした権利すら奪われた子供たちにも心を馳せよう。


2/12記 国家と犯罪

北パラナ→サンパウロ
ふだん大都市に暮らしていると、なかなかグローバリゼーションに翻弄されていることを実感できない。
メディアのあおる大量消費・大量廃棄型の文明に脳を洗われ、身は毒され…
奥地・辺境を定点観測していると、返ってよくそれがわかる。
大変な時代にいる。
何をすべきか。
そんなことを思いつつ、550キロ走る。
世界の矛盾は就中(なかんずく)、辺境にこそ集約されるのである。しかし、それは真正面からの照りかえしとはならない。屈折に屈折を重ねた乱反射となる。複雑な光を交錯させるこの鏡には世界が隠しおおそうとしたいくつもの実像が蜃気楼のごとく映しだされるのだ。
(「国家と犯罪」船戸与一著、小学館文庫より)



2/13記 ミッション殺し

サンパウロにて
このニュースは12日午後のブラジル大手新聞のオンライン版のトップを飾った。
本13日付、我が家で購読しているポル語大手紙2紙の一面に。
パラ州(アマゾン東部)奥地で、アメリカ人のシスター、ドロシー・スタングさん(73歳)が銃撃され、暗殺された。
彼女は40年間にわたってアマゾンの小農たちに奉仕し、近年はファゼンデイロ(大地主)や材木業者たちから死の脅迫を受けていたという。
パラ州南部は、これまでにも多くの活動家が殺されてきた。
日本でアマゾンものの著書や写真集を出して、その方面では名士になっている人から、時折、最近のアマゾンネタを乞われ、無償で提供してきた。
残念ながら僕が最も心を痛めているこうしたネタは、まるで相手にされないまま。
日本の大手新聞3誌のオンライン版をチェックするが、このニュースは見当たらず。
1988年のアクレ州(アマゾン西部)のゴム採集人リーダー、シコ・メンデス暗殺の時は「アマゾンの生態学者」が殺された、という通信社配信の記事が日本の大手新聞に掲載されたのを覚えている。
アメリカ人のミッション、そして農地改革問題ではアマゾンとはいえ、日本のメディアは食いついてこないのだろう。
アマゾンの闇の深さは、僕なりに垣間見てきたつもりだ。
今回の事件は実に大きな問題だ。
アホな日本のメディアなど抜きに、国際的な問題となろう。
僕自身は今、手がけているパラナ州のシスターの記録に献身することで、喪に服し、僕なりの敵討ちをしたい。


2/14記 ピンガ報応

サンパウロにて
断食・断酒以外の時は夕べにイッパイやりたくなる。
1月にワインの里で安いワインを買い込んでソコソコたしなんだが…
やはりブラジルはピンガである。
砂糖キビ製の焼酎。
安酒・悪酒の代名詞だったが近年、ヨーロッパで評判を呼ぶようになった。
ミナスあたりのアランビッキ(この語は南蛮語になっているようで)産の高級ピンガがサンパウロでも何種類も出回るようになった。
値段の割りに、うまい、というのにまだ出会っていないが。
どうせこちとらカイピリーニャにしちゃうしね。
これはピンガにリモン(ライム)を絞り込み、氷と好みで砂糖を加えていただくカクテル。
しかも、ここのところフェイラ(市場)でリモンが1ダース1コント(レアル。40円弱)という安さ。
もらい物で余っているハチミツを溶いてリモンを加えると、見事にピンガの化学薬品臭さが消える。
いくらでもいけそう。
ブラジル暮らしの、小さな、チープな幸せ。


2/15記 観音後日譚

サンパウロ→
伊豆大島の富士見観音堂についてのうれしい後日譚。
日本の先週の連休に、拙作「アマゾンの読経」に登場する日伯かけ橋の会の有志が、再びボランティア清掃に行ってくれた。
今回の幹事さんがそのサワリをサイトで紹介してくれている。( http://www.kyururu.com/riuca/20050211
あな尊(とうと)、あな尊。
小さな継続・大きな力。


2/16記 いい夜旅立ち

→北パラナ→
前日、久々に夜行バスに乗り、またパラナへ。
ホント、久しぶりの夜行バス。
この10年、車をよく転がした。
それ以前はしょっちゅう夜行長距離バスを使ったものだ。
片道20時間以上の時は、大型の枕を持参したっけ。
車中でノミをうつされて自宅に持ち込んだり。
性病よりはいいか。
先日、「テレビ放送作品」に解説をアップした拙作「南米の‘ヘソ’シャパーダ」の主人公のジョルジとも夜行バスで知り合った。
―未明に現地着、夜まで一日、きったはった、で立ち回り、再び夜行バスに…
まるで学生時代のノリだぜ。
自分を追い込んでる感じ。
いろいろ予定がたて込んでるもんで。


2/17記 修道院から朝帰り

→サンパウロ
昨夜に引き続き、夜行バスで。
到着予定時間きっかりの午前5時15分、バハフンダのターミナル到着。
乗車時に切符の座席番号を読んで差し上げた老婦人には、若者が迎えに来ていた。
外はまだ夜明けの気配もない真っ暗だが、かなりの人の動き。
地下鉄に乗り、セー駅で乗り換え。
5時半前だが、人でごった返している。
この時間なら、新宿でもこんなに人はいないのでは。
皆さん、それなりのこざっぱりした身なり。
職場に向かう人、夜勤から家に帰る人。
こんな時間に起きて人の波に揉まれることなく、ブラジル人はナマケモノだ、なんて皮相なステレオタイプを繰り返すのはよそう。
例えば今どきの日本人は、一概に勤勉かね?


2/18記 ニャースに小判

サンパウロにて
在ポルトガルの日本人の友人がリオ経由で拙宅来訪。
付合いで午前2時過ぎまで起きていたので、眠いとのこと。
リオのスタジオでシコ・ブアルキのレコーディングに立ち会っていたという。
友人は音楽とはまるで関係のない分野が専門。
他にも親しくしている音楽家の名前が出るが、その方面には不調法な僕でも知っている大物多し。
好きな人なら大騒ぎだろうけどねえ。


2/19記 空港の物乞い

サンパウロにて
早朝、友人を車で市内のコンゴニャス空港まで送りに。
ロビーの横に停車して友人を下ろしている時、若者が寄ってくる。
カネをくれ、と言う。
こちらはすぐに発車しようとしているのに、車番のカネでもよこせというのか。
するとマリリアから飛行機で来たが、金がないのでコンソラソンまで行くバス代が欲しいと言う。
マリリアはサンパウロ州の地方都市で約430キロの距離。
コンソラソンはサンパウロ市内の中心地近くの地区。
祖国で例えるなら、羽田空港で、仙台の先ぐらいの距離の都市から飛行機で来たが、金がないので浜松町までのモノレール代を他人様にくれ、というようなものだ。
近距離を飛行機なぞ使うゼイタクしやがって、俺なら車かバスを使う距離だ。
荷物もないし、後は歩けバカヤロー!
酒酔いとも麻薬中毒ともわからず、武器を持っているかもしれない。
カネはないよ、とだけ言って振り切る。
まあ日記を一日埋める話のネタをタダでゲットしたと思おう。


2/20記 間違いメール

サンパウロにて
イヤハヤ迷惑メールは相変わらずうんざりするほど到来。
英文の怪しいのはすぐに削除だが、昨今は日本語のおねーちゃん名で送ってくるスケベ系サイトの案内が多い。
今日は件名「ありがとうございます。」ときた。
他人様に礼を言われる覚えは…ないこともない。
先方のアドレスに覚えなし。
本文は…
先日はありがとうございました。困ってたから助かりましたm(__)m
今度あう機会があったらお礼させてくださいね♪

宛名も送信者の名前もなし。
アドレス、そして文面からして日本のケータイからの発信と見た。
怪しい添付ファイルもないし、間違いメールだろうね。
お礼は歓迎だけど。


2/21記 帝の仕事

サンパウロにて
古代中国では、皇帝が暦を定めたという。
可視的な満月を基準とした人類にとって極めて伝統的な暦から、みえない新月を基準とするというのは絶大な権力ならではの所産である。
当地、昨日でサマータイムが終わり、時計を1時間戻して、今日は平常時間の平日第1日目。
まったく夏時間とはいえ、午前7時でようやく夜が白むなんざ、日本の冬並みだったぜ。
犯罪都市で早朝6時台から子どもの送迎をする身としては、今年の遅すぎるサマータイムの終了、「おかみ」にクレーム申し上げるぞ。


2/22記 ハブ・ア・ナイス・ティー

サンパウロにて
サンパウロにいる平日の日中は、ちょっとハンパじゃないデスクワークにかかっている。
お茶の類の飲料が要る。
先日、コーヒーの大量摂取者は肝がんの発生リスクが半減、との発表があった。
あの毒々しい液体でもこんな効果があるのなら、薬草茶の類はいかばかりならむ。
台所の棚の奥に、だいぶ前に買ったハブ茶を発見。
しばらくご無沙汰。
サイトでハブ茶を調べてみると、いいことづくめ。
疲労回復、胃腸の調子が悪い時等々。
そのうえ「目を明らかにする」と漢方でいい、眼精疲労に効ありというではないか!
さっぱりで飲みやすし。
しかも二番出しまでバッチリ。
ちょっとハブ茶でいってみっか。


2/23記 伯剌西爾のキリボシ

サンパウロにて
日本の知人が航空便で乾燥野菜を送ってくれたことがある。
ご好意はうれしいのだが、ことサンパウロに関しては「生」野菜が豊富で…
日本の野菜はもちろん、西洋野菜に中国野菜まで、品数は日の本よりだいぶ多い。
正直なところ、清貧のドキュメンタリストにくださるのは、かさばらない現ナマがいちばん。
作品作りには、例えばまたパラナの託児所に行くにしても、まず金が要りますもんで。
それはさておき、こちらの和風乾燥野菜の話。
近くの日本食料品店で、ブラジル産の切干大根を買ってみる。
小さな店でも2銘柄あり。
値段は100グラムで150円ぐらい。
これまで、カンピョウは戻すのがめんどくさく、切干大根は見た目が似ているのと、袋に戻し方が書いていないので敬遠していた。
戻し方なぞ書かなくても複数の銘柄が売れるのだから、ブラジルの暗黙の切干ニーズに舌を巻く。
日本からかついできた料理本に切干は2,3時間、水に戻すとある。
やってみるとこちらの切干は祖国で旧知の切干の、体積にして4倍ぐらいの太さ。
ブラジル産切干調理は初体験だが、いいセンいった。
ちなみに他の料理本やサイトを見てみると、戻しは10分程度ともある。
なかなか奥が深いぞ。


2/24記 徒歩のカチ感

サンパウロにて
今日は市内の自動車乗り入れ規制にうちの車がひっかかる。
メトロで子どもたちをそれぞれ送る。
息子の学校まで地下鉄で4駅。
途中で買い物もあり、運賃節約も兼ねて歩いてみることにする。
歩いてみると思わぬ発見、そしてよくわかることが多し。
まずはモータリゼーション社会の傲慢さ。
フォードが自動車会社を設立して、ベルトコンベヤーによる量産システムを導入したのが1903年。
まだ100年ちょっとの話である。
我々ヒトは直立歩行を始めてから、数百万年にわたって人としての「歩み」を続けてきたのだが。
いまや歩くことがおとしめられ、阻害される社会に。
我々の祖先はアジアからこの地まで歩いてきたというのに。
…真夏の朝、我が家まで1時間半はかかった。
後半は思考能力もだいぶ衰える。
アタマと脚のいい運動になった。


2/25記 倒木133本

サンパウロにて
今日の午後の嵐はなかなかだった。
雷と豪雨。
アパートの窓と雨戸を閉めていても激しく水が入り込み、ゾウキンとタライで対処。
よりによって今日は、浸水地区にある施設にいる息子を迎えに行かなくてはならない。
車にカーラジオがないので、出発前に携帯ラジオで市内の浸水・停電状況を確かめ、早めに出発。
我がアパートは高台地区にあるので浸水の心配はないが、幹線道路が停電で信号が機能停止。
信号があっても渋滞・混乱するポイントがいくつもある。
しかも交通整理の職員の存在は、極めてまれ。
こういう時は気合いで突破するもの、とカラダで学ぶ。
ようやく目的地に近づくと、手前の広場が封鎖されている!
かつて異常な渋滞に巻き込まれて迎えが遅れ、息子がパニックを起こしたことがある。
完全に車の流れが乱れるなか、わずかなスペースを見つけて車を捨て、走る。
なんと広場では巨木が倒壊していた。
時間に遅れるが、すべてが遅れたと見えて、大事に至らず。
26日付FOLHA紙によると、この嵐により市内の倒木133本、コンゴニャス空港25分閉鎖、停電により交通公社の交通情報システムが停止、とのこと。
それでラジオでは聴取者の電話情報をもとに交通情報を流していたわけだ。
そろそろカーラジオを買おうか。


2/26記 嗚呼バッキアーナ

サンパウロにて
ああ、バッキアーナが聴きたい。
土曜は平日のデスクワークを止めて、その他の雑事をすることにする。
たまりたまった古新聞の整理。
ふだんは目もとまらないカルナヴァルの記事に驚き。
今年のサルヴァドールのカルナヴァルで前代未聞のことがあった。
サルヴァドールを代表する女性歌手ダニエラ・メルクリの友人で、ヨーロッパで活躍するピアニスト、リカルド・カストロがバッハのプレリュードで続いてヴィラ・ロボスのバッキアーナ・ブラジレイラを披露したというのだ。
記事中にある彼のカルナヴァルの流行音楽観に、ニンマリ。
バッキアーナ5番のアリアの調べに接すると、カイピリーニャを口にした時同様、ブラジルを選んだことの至福感に浸ってしまう。
バッキアーナ・ブラジレイラは星野智幸さんの新作「アルカロイド・ラヴァース」のも登場するぞ。
バッキアーナのCDは、何年も前に日本に持って行ったまま。
残念なことにこちらのそこいらのCD屋には、こうした国の宝が置いていない。
たまにヴィラ・ロボスを見つけて買ってもバッキアーナ以外はなかなか…
とりあえずアカペラでうなるか。


2/27記 パイナップル・メモリー

サンパウロにて
今日は家内の実家で、義妹がご馳走を作るという。
どうやら間違って買った甘口の赤ワインがある。
サングリアでも実家で作るかなと計画。
フェイラ(路上市)にアバカシ(パイナップル)を買いに行く。
今週はちょっと高くて4コント(レアイス)、170円ぐらい。
聞くとパライバ産だという。
ブラジルの北東部。
陸路で3000キロ以上もある。
はるかなるアバカシの旅を想う。
そもそもこの植物、新大陸起源。
この類は近くの海岸山脈の大西洋森林で、着生植物として繁茂している。
そしてあのギアナ高地の、不思議なパイナップルの仲間たち。
「郷愁は夢のなかで」の西佐市さんの、マットグロッソ州の道路際の住まいの跡地はアバカシ畑になっていた。
パラナ州の奥地で土地なし農民たちの指導に当たり、共に生きた石丸春治さんの星農場にもアバカシ畑があった。
還らぬ人たち、熱い胸をよぎる…


2/28記 ワインの始末

サンパウロにて
「関連サイト」の拙連載「住めばブラジル」に『サンパウロ郊外・ワインの里』( http://www.univer.net/1_nanbei/0502.html )がアップされた。
拙日記をくまなくお読みいただき、記憶力のいい人は思い当たりますでしょう。
この1月に書いた日記をベースとしたもの。
この時、買った2リットルぶどう濃縮ジュースは開封後、3日で飲みきることとあるが、1週間でようやく半分ぐらい消費。
5リットル瓶の赤ワインをどうするか。
フェスタ・ジュニーナ(六月祭り)の時にバザーでヴィーニョ・ケンチ(ホットワイン)を作る施設にでも進呈すっか。
担いでいくのも大変。


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