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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2007年の日記  (最終更新日 : 2008/01/02)
6月の日記・総集編 事実はドキュメンタリーより

6月の日記・総集編 事実はドキュメンタリーより (2007/07/03) 6/1(金)記 櫛の歯

ブラジルにて
夕方、郊外から車で帰る。
駐車場に到着するとボンネットから発煙、異臭。
ラジエーターのオーバーヒートらしい。
2週間前にガソリンスタンドで指摘され、えらい高い冷却水を入れられたが、つかの間の対症療法だったようだ。

ブラジル人のメカニックに当たる前に、その方面に詳しい日本人の知人に連絡してみることにした。
戦後の移住者で「岡村さん、ブラジルではいい弁護士、いい歯医者、いいメカニコ(メカニック)を抑えておくことだよ」とアドバイスをくれていた人。
お嬢さんが電話に出て、亡くなったとのこと。
急だったし、ほとんど誰にも知らせずに、という。

4月の訪日以来、バタバタとこちらの日本人の知人をなくしている。
すべて戦後の移住者。

100周年だ、カサトマルだとリアリティを伴わずに騒いでいるうちに、身近な歴史が何もなされずに消えていく。


6/2(土)記 アラブ服

ブラジルにて
寒い。
夜の外出の際、セーターの上にジャンパーを着ることにする。
数日前に、家人が夫の防寒着のなさに見かねて安売りショップで買ってきたもの。
どうせ中国製だろう、と思ってチケットを見る。
すると、この国名は?
アラブ首長国連邦ではないか。
石油輸出を主とする国と記憶するが。
どんな仕組みになっているのだろう。
いずれにせよ、イスラム圏産の衣類をまとうのはこのブラジルの冬が初めてかもしれない。


6/3(日)記 第2考古学

ブラジルにて
今日初めてこんなブログのこんな記事の存在を知る。
http://blog.so-net.ne.jp/2nd-archaeology/2007-05-01
感無量。
善人なをもて往生を遂ぐ、いはんや悪人をや。
考古学も古城泰もカンボジアも関係ない人たちを想定して手がけた作品。
しかし考古学徒クズレとしては、現役で最先端の考古学に関わる人たちのこうした反応はうれしい限り。

古城さん、こんなとこでいいかしら?


6/4(月)記 ミスマッチ

ブラジルにて
近々、訪日する友人とリベルダーデで昼食。
台湾人の店で。
壁に台湾の観光パネルがいくつか。
チヌリクランの雄姿も。
ブラジルで見るとは感無量。

リベルダーデのメインストリート・ガルボンブエノ通りに最近、オープンしたやはりシネース(チャイニーズ)の経営するカフェに行ってみる。
中2階、広々としたスペース、マホガニーっぽいテーブルなど、悪くはなさそう。
各テーブルにメーカー名の入ったガラス製の醤油さしが二つずつ置かれているあたりが興ざめ。
その店の名前をかざしたスペシャルカフェを頼んでみる。
値段も安くない。
コーヒーにミルク、サケ(日本酒)、ショウガ等が入っているという。
しかもホットの飲み物がグラスで運ばれてきた。
生涯、もう飲まないであろう味。


6/5(火)記 カゼか?

ブラジルにて
深夜、そして早朝と喉が痛み、乾く。
風邪の諸症状か?と思う。
寝室のガラス窓は水蒸気に覆われ、街は冬の霧が覆っている。
空気が乾いている、と家人。
まあ用心に越したことはない。
亜熱帯の都市の冬の寒気はシャレにならない。


6/6(水)記 いちばん長い日

ブラジルにて
編集作業は「KOJO」の完成以来、およそ1年ぶり。
その前に訪日が2度あり、さらに素材チェックに時間がかかった。
編集を始めて1週間あまり、ようやく感じがつかめてきた。
イントロは何度かつなぎ直し、まあこんなところで、という雰囲気はあるか。
1年にわたる記録の、保育園の初日。
これが途方もなく長い。
今日は午前・午後と編集作業ができた。
どうなることかと思ったが、「初日」の形が少し見えてきた感じ。

僕が最初に関わったテレビドキュメンタリー「すばらしい世界旅行」。
30分番組のこの番組の、本編定尺は24分30秒。
この番組では企画も通らなかっただろうブラジルの田舎の貧しい保育園の話で、1年の記録の初日だけで軽く30分は超えそう。
思えば遠くへ来たもんだ。


6/7(木)記 げろげろ生物学

ブラジルにて
橋本梧郎先生が「読んじゃったから」と薦める本を読了。
もとは僕が頼まれて、日本で購入して担いできた本群の1冊。
購入した際に食指が動いたが、依頼主より先に新品の本を読んでしまうという「コロニア的」な行為は気が引けて、そのままお持ちした。

(前略)生物学というのは、「生きているとはどういうことか」を研究する学問である。生きているのは細胞なのだから、生物学は動物とか植物ではなくて、細胞の研究をするべきなのだ。世の中にはいろいろな動物がいるし、さまざまな植物があるけれども、生きているという点では皆同じなのだから――。
 ぼくらは学校でそのように教わった。
 だから中学でも高校でも大学でも、「生物」の授業は「細胞」から始まった。もちろん教科書もそうなっていた。ぼくらが目にしているイヌやネコや花の話はまったくなく、いきなり顕微鏡を見せられた。
 生物学が進歩するにつれて、学校で習うこともどんどんむずかしくなった。むずかしい理屈の好きな人はべつにして、みんな「生物」が嫌いになった。(後略)
「ぼくの世界博物誌 人間の文化・動物たちの文化」
日高敏隆著・玉川大学出版部(2006年)


僕の受けた生物の授業では、顕微鏡をのぞくこともなかった。
先日、会った高校時代の友人は、我々を担当した生物の先生は教育界では有名な人で…と持ち上げていた。
教育界の名声など知ったことではないが、僕にとってつまらない授業であったことは間違いない。
我々は「ババア」と呼んでいたが、あるとき授業でババアが「ニコチン酸アミド」がどうのこうのという話をしていた。
授業態度が悪いと僕を指摘して「できるもんなら何でもいいから質問してみなさい」とババアが僕を小ばかにしながら言った。
僕は「ニコチン酸アミド」のニコチンと「タバコのニコチン」は同じものなのか、そもそもニコチンとはどういうものか、と質問した。
「そんなくだらないことを…」と僕は生物教育界では名士らしいババアに嘆かれ、ますますペケに範疇分けされて嫌われていった。
もちろん僕もますます「生物」が嫌いになった。

ババアの授業など放棄して、構内でナメクジやダンゴムシでも探していた方がよかった。
その落ちこぼれ以下の男が、こちらの日本人学校に理科を教えに来た先生に、ブラジルの生物相・生態系について先方の知らないごく初歩的なことのレクチャーなどさせていただいている。

生物教育界の名士にはくだらなかっただろう、生物ずきの子供たちをふやそうという願いを僕は生物ものの娯楽ドキュメンタリーに込めてきたつもりだ。


6/8(金)記 学ぶきっかけ

ブラジルにて
昨日は「キリスト聖体」の祝日、今日は学校等は連休に。
午前中、橋本梧郎先生のところへ遠征。
「一期一会」感を強くする。
昨日、紹介した本より。

(前略)人間にとって学ぶことは、生きていくのにどうしても必要なことなのだ。だから、子どもたちは遊びながら、自分で学びとろうとする。
 そのとき大切なのは、学ぶきっかけを教えてくれる人である。ムシャムシャと食べる人がいれば、「ああ、食べられるんだ」とわかる。そういうお手本がまわりにたくさんいることが必要である。よく子どもに「自分で考えろ」という。でも、自分一人で考えたって、たぶん大したことは考えられない。広い意味での「先生」が絶対に必要だとぼくは思っている。「先に生まれた人」である。近所の八百屋のおじさんだってかまわない。おじさんが葉っぱに水をかけているのを見て、「水をかけると葉っぱがしゃんとするんだな」と思うかもしれない。「そうやって売るのはインチキじゃないのかなあ」と思うかもしれない。大事なのはきっかけである。
 きっかけさえあれば、子どもは案外すっと進んでいける。そうなれば、自分でどんどん学んでいくだろう。何かを教える必要はない。大人はちゃんと生きていればそれでいいのである。子どもはしっかり見ているものだ。そして、そこから大切な何かを学ぶはずだ。
「ぼくの世界博物誌 人間の文化・動物たちの文化」
日高敏隆著・玉川大学出版部(2006年)



6/9(土)記 食虫植物の選択

ブラジルにて
食虫植物は自分が捕食したい虫をおびき寄せるための仕組みを備えている。
しかし虫の方が勘違いして、植物の方で食いたくもないようなのが、あるいはまるでゴミが引っかかってきたらどうするか。
それを排除してもまたしつこく勘違いしてかかってきたら。

こうしたサイトを明けていると、そんなのも引っかかってくる。
そもそも失礼なそのメールを読めば、こちらの書いていることをろくに読んでいないことがよくわかる。
こちらの性分で、そんなのにも不快感を抑えて返答すると、さらにトンチンカンなことを言ってくる。
もう捨て置けばいいのだが、常識的に読めば最後通告の返信を送る。
どうぞ、よそへ行ってちょうだい。


6/10(日)記 園内散策

ブラジルにて
家庭医の許可も出て、膝にサポーターはめて郊外まで運転。
「60年目の東京物語」の森下さんを訪ねる。
万が一の時は、しっかりものの孫娘が連絡してくれるだろうが、それでも心配である。
園到着は13時過ぎ。
森下さんは車椅子で食堂にいらした。
「お三時を待っているのよ」。
職員に聞くと、ここの「お三時」は13時30分からとのこと。
今日はだいぶ暖かい。
おやつの後、許可を得て、車椅子を押して園内を散歩。
車椅子は飛行場やスーパーのカートよりよっぽど扱いが難しいと知る。
森下さんは数えで93歳。
「あと7年、がんばりたい」
とおっしゃる。
忘れていることは多いが、ぼけとは違うようだ。
各地の上映会、特に台湾では「森下さんのような素敵なおばあさんになりたい」といった感想をいただいたことを伝える。
車椅子の勝手がわからず、今度は手首を痛めてしまった。
いずれまた。


6/11(月)記 HOT CHINA

ブラジルにて
オンライン版で見た数日前の日本の新聞報道は忘れがたい。
中国製の紙ナプキンや爪楊枝の問題。
紙ナプキンには使用済みの!生理ナプキンや病院のガーゼまでが使用されているという。
爪楊枝はゴミ捨て場から「リサイクル」され、エイズウイルスも検出されたとのこと。
風評にもめげず、けっこう東洋人街の華僑のお店で食材を購入しているのだが。

先日、中国製のチューブ入りわさびを買った。
日本製より1レアルは安い。
こんなもの、そうは変わらないだろう、とタカをくくった。
ところが!
激辛である。
後頭部を麻痺させる辛さ。
家人に言わせると「日本製の4倍」。
まあ2・5倍はあるだろう。
原材料表示から確認できないが、本わさびはゼロで西洋わさびのみを着色した感じ。
まさかリサイクルものじゃないだろうが。
まさか、を実現してくれちゃう国だから。


6/12(火)記 トンデモな日

ブラジルにて
未明にPCを立ち上げる。
貴重なメールのご報告をいただく。
日本であってはならない事態が生じていた。
こちらの活動を根底から揺るがす、あるまじき卑劣な行為。
まずは早急に、誠意を持って対応するしかない。

そんなこともあって、早朝からうろたえていた。
そのせいかも。
ミクシィ日記にアップしたような二次災害が発生してしまった。


6/13(水)記 「病気にならない生き方」

ブラジルにて
ほんの少し整理した邦字紙のバックナンバーから。
「病気にならない生き方」というタイトルの、新谷弘実アルバート・アインスタイン医科大学外科教授の講演についての記事。

 (前略)コーヒー、日本茶、中国茶、紅茶、どくだみ茶、杜仲茶、人口甘味料入りのソーダ類やスポーツドリンクを飲まないようにする。日本人の胃がん発生率がアメリカの十倍に達するのは、緑茶などに含まれるカテキンが胃の細胞を傷つけるためだと説明する。
「ニッケイ新聞」2007年4月24日号


日本で報道されたら大騒ぎになりそうな。
緑茶に含まれるカテキンって、抗ガン作用があるというんじゃなかったっけ。
「あるある」あたりに検証していただきたいところ。


6/14(木)記 em greve

ブラジルにて
昨晩9時ごろ。
たまたまテレビのニュースを見ていた家人が、明日はメトロのストだ、と言う。
通常は前日、職員が構内で予告したり、車内の乗客もその話でもちきりになると言うが、昨日はその気配もなかったとのこと。
さっそくラジオをあちこち聴いてみるが、肝心なニュースはない。
地下鉄当局のサイトは、どうでもいいお知らせばかり。
なんのためのサイトだ。

未明3時過ぎのラジオのニュースで、greve(スト)突入を確認。
通常より30分以上は早く子どもたちの送り出しに出なければならない。
5時台に子どもたちを起こして出発。
外は真っ暗。

帰路の朝焼けが、黒澤映画を思わせた。
もしもスト突入を知らないでいたら、大変なことになっていた。

テレビのニュースでは、スト突入を呪う庶民の声ばかり。
市内の幹線道路は渋滞記録を更新とのこと。
遠方から満員バスでメトロのターミナルまで到着して、代用となるバスは超満員で職場に行く術がなければ、当然、呪いたくなるだろう。


6/15(金)記 昨日のキノア

ブラジルにて
昨日、近くの日本食料品店で、キノアを見つけた。
日本食屋のキノア。
日本の縄文遺跡から、炭化したキノア粒が発見されたニュース、というのはウソ。
健康食品のノリだろう。
キノア。
アカネ科の植物、チチカカ湖周辺が原産とされる。
スペイン語ではインカ麦、ペルー米とも呼ばれる。
インカ帝国を支えたともいわれる重要な穀物。
NASAが理想的な宇宙食に選んだという。

今朝、玄米と共に水に浸けておく。
まもなく発根が始まり、数時間後には数ミリに成長した細い根が折れてしまっている固体もいくつかあるほど。
水分をキャッチしたら一気に発芽を図る乾燥地帯の植物の戦略だろう。

アルチプラーノ(アンデスの高原地帯)を走り回ったのは、もう前世の昔のことのよう。
テレビ屋初期時代のこと。
あの頃も、キノアやチーニョを訳もわからず食していたことだろう。


6/16(土) ES-QUENTÃO

ブラジルにて
夕方より、子どもの学校でフェスタ・ジュニーナ(六月祭り)。
この行事について、かつてオンライン上で発表したものを引っ張り出してみると、今さら誤植発見。
こちらではいじれないので、日本の編集者にメールで連絡。

えらい冷え込みから初夏日和になり、またちょっぴり冷え込んだサンパウロ。
学校の模擬店でケントンをいただく。
エタノール化を免れたサトウキビ製の焼酎ピンガに砂糖、ショウガ、シナモンを加えたホットドリンク。
きくー。
数日ぶりのアルコールのせいか、五臓六腑にしみる。
これで1コント(レアル)、日本円で60円強、しかも学校の活動資金になる。
先週、ドルを売りに行って1ドル=1.92レアルというレアル高である。
日本に比べて高いものばかり。
お手ごろ感のある買い物は久しぶり。

さあ、自家製にチャレンジすっか。


6/17(日)記 ブランチはパンと豆腐で

ブラジルにて
日曜朝から一家でお出かけ。
妻の知人の誕生パーティ。
市内の公園で朝のカフェを飲みながら、というユニークな趣向。
ホストは公園住まいのホームレスの方ではなく、音楽家だという。
えらく広い公園で、場所にたどり着くのが一苦労。
有機野菜販売場の前の、オルガニック志向のスタンドのオープンスペースを借切りで。
小春日和、木漏れ日のもと、なんとも心地よい。
黒パンを頼むと、ムッツァレーラチーズやトーフのパテがあるという。
トーフのパテ、悪くなし。
もっとおいしいのを作ってみよう。


6/18(月)記 この日なんの日

ブラジルにて
今日は…
映像記録の大先輩、豊臣靖さんの命日。
「ブラジルの土に生きて」の石井のパパイの命日。
そして、海外移住の日。
移民の日だ。
99年前のこの日、サントス港に移民船笠戸丸の移民たちが上陸した。

早朝から、感ずるところあって郊外の老師を訪ねる。
してやったり、我が意を得たり。
紫イペーがむくむくと開花を始めた。


6/19(火)記 ゾウガメ運搬

ブラジルにて
「90近くなって先が短いとなると、なかなか気ぜわしいですよ」。
10年前の昨日、亡くなった石井のパパイの言。

こちらに齢90代のアミーゴ・アミーガが何人かいる。
頼まれごと、お見舞いなどのスケジュール調整がなかなか。
週末、遠方へのお見舞いを計画していた。
急きょ、別筋から運転手を頼まれてしまう。
僕の年齢も足すと総年齢300歳あまりの運搬である。

まるでガラパゴスのゾウガメの移動。


6/20(水)記 知られざる

ブラジルにて
楽しみにしていた本が届いた。
畏友・太田宏人さんの「知られざる日本人・南北アメリカ大陸編」オークラ出版。
まずいちばん気になっていた人物の項を拝読。
なかなか。
それから、巻頭から順に読ませていただく。
読み進めるのがもったいない。
オモシロネタがてんこ盛りである。
まともに調査と取材をしない・できない自称マスコミ関係者、自称研究者に末永くパクリ続けるであろう好著。
書名・著者名で検索してもらえば、あちこちのオンライン書店でも購入可能。


6/21(木)記 「人間が、ドラマなのだ」

ブラジルにて
昨日、ご紹介した太田宏人さんの「知られざる日本人」(オークラ出版)、期待を裏切らない、それ以上の快著だ。
折に触れて、サワリを披露させていただこう。

 移民史もしくは移住史というのは、あくまでも個人個人が移住し、生き、死んでいった時間の積み重ねでしかない。それが欠けた移民史など、ただの作文同然だ。
 ところが移住史の本というと、人間というか血とか汗とか土のにおいが感じられない、無味乾燥な全体史であったりすることが多い。
 人間が描かれているといっても、やれ何年にどこぞのエライ人が何をした、というような「ちょうちん記事」のようなものであったりする。
 誰かを祭り上げるための記事なら、まともな取材など必要ない。取材する側もされる側も、双方に都合のいい「パーツ」を寄せ集めれば、それで事足りる。
(「知られざる日本人」『人間が、ドラマなのだ』より)


太田さんが照射しているのは、移民史、移住史にとどまらないことをお分かりいただけるだろう。


6/22(金)記 事実はドキュメンタリーより

ブラジルにて
今日は、長い一日になると覚悟はしていた。
途中で、緊急事態発生。
けっきょく救急病院をハシゴすることになる。
想像もしなかった別の長い一日になってしまった。

事実は、ドキュメンタリーより奇なり。

病院での待ち時間。
「郷愁は夢のなかで」の主人公の、異国での老い、病み、そして孤独を想った。


6/23(土)記 「移民への共感」

ブラジルにて
イヤハヤ昨日はドラマチックだった。
その余韻の電話がいくつか。

太田宏人さんの好著「知られざる日本人」(オークラ出版)から、もう少し引用しよう。

 では、移民の証言を集めて、それを素(もと)に歴史を綴れば、それで名著になるのだろうか。そんなことは決してない。ポイントは、その本を書く人間の立ち位置というか「気持ちをどこにおくか」。書き手の内面の資質―理屈抜きで移民に共感できるかどうかなのだ。けれど、それができる人間は少ない。
 移民への共感は、移民側からの書き手への共感を生む。移民に共感されない、つまり認められない移民史など、滑稽すぎる冗談だ。
(前提書より)


まあ20年ばかり移民をしているが、「理屈抜きで移民に共感」というのはする気にはなれない。
誤解・偏見・無知からくる移民メーワクな「移民への共感」も少なくないことを指摘しておこう。


6/24(日)記 先史家族

ブラジルにて
未明、眠れなくなる。
起き上がらずに、この地の先史時代の家族の未明の時を想う。
岩陰や洞窟、仮小屋か掘っ立て小屋。
憩いのひと時ながら、敵や猛獣の襲撃に備える…

あまり退屈しない想定だ。


6/25(月)記 複合不調

ブラジルにて
院内感染?
いきなり長時間、不特定多数の病人と接して、ヘロヘロとなっていたしなあ。
風邪気味で起きる。
今日は再び断食をする予定だった。
家庭医に相談すると、一日断食ぐらいなら、風邪気味でも差し障りないだろうとのこと。

これはきいた。
ふらふら、ヘロヘロである。
安静と、ちょぴっと編集を繰り返す。

師匠の牛山純一を思い出す。
牛山さんは、遺作となった作品を死の床となった病院から指示をして完成させたという。
番組の放送が終わり、数日後で亡くなった。

いずれにせよ、僕の方は一人作業だからこんなことができる。


6/26(火)記 老後体験

ブラジルにて
今日の目覚めは昨日より、いい気がする。
早朝の子どもたちの送り出し。
帰ってから、安静、そして少し編集。
午後、子どもの件で徒歩で街に出る。
じつにしんどい。
待ち時間にスーパーで買い物をするが、これまで気にも留めなかった椅子がレジの向かいにあるのを発見、へたり込む。

お年寄りのしんどさって、こんな感じだろうか。

といった体調ですので、しばらく更新が滞りがちになるかと思いますが、ご勘弁を。


6/27(水)記 額のワナ

ブラジルにて
相変わらず不調。
夕方早めに、ヘロヘロになりながら夕食の支度。
お役目終了と共に横になる。
妻が体温計を探し出した。
昨日、夫は探しきれず。
月曜以来、オデコを触っても常温の感じ。

医師も驚く高熱。
オデコ以外は、全身火照っていた。
さらに生涯でもまれな高熱を記録。

晴れて病人として、闘病・静養に専念いたしませう。


6/28(木)記 キャンセル電話

ブラジルにて
どうやら高熱は治まった。
咳、だるさ等は変わらず。
今日の夜から夜行バスの旅に出るつもりだった。
先週決行のつもりが、老師が自分の方をぜひ、というので1週間ずり下げたのだ。
旅の目的は、お見舞い。
桃源郷にサンパウロのビールスを撒き散らすわけにもいかない。
先方に、再びキャンセル電話。
病人のファミリーに「お大事に」と言われる。


6/29(金)記 ねたうち

ブラジルにて
体温は、平熱に。
特に夜間から喉、胸がむずがゆくなり、咳。
横になっていると、これが続き、とても寝ていられない。

病者の複雑な心境を、ほんの少しは共有させていただいたようだ。


6/30(土)記 歯石考古学

ブラジルにて
ちょいとした合間に、新聞の整理。
ポル語の掘り出し物記事がたまらない。
このためにけっこう金と手間を投資していることになる。

当地の人類学者により、古人骨の歯石から古代人の食生活を知ろうとする試みが行なわれていた。
ブラジル南部の、4000年前の古人骨の「化石化」した「歯石」を分析、サツマイモとサトイモが食されていたことがわかったという。

0.00009グラムのサンプルがあれば分析可能というから凄い。

日本でも、古人骨の抜歯や歯の研磨加工から社会構成にアプローチしようとする試みは僕の学生時代から存在した。
骨そのものの分析から食生活に言及する研究もあった。
しかし歯石の研究は寡聞にして知らなかった。

史跡から歯石へ。
先史人は、歯がイノチ。


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